9万4000円の不正引き出しに「ダメ。何もできない」…日本郵政グループの深刻な“病気”

銀行に預けたお金が抜き取られ、お金を取り戻したくても当の銀行は手も貸さない。そんな仕打ちを多くの顧客が受けた。ゆうちょ銀行で実際に起きた話である。
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たとえば千葉県に住む高校教諭の藤本祥子さん(仮名、20代)は昨年8月9日、光熱費の支払いなどに使っていたゆうちょ口座から、計9万4000円が抜き取られていることに気づいた。お金の行き先は「ウェルネット」という聞いたこともない会社だ。
藤本さんの名前や銀行口座、4ケタの暗証番号などを不正に入手した何者かが、ウェルネットの決済アプリに藤本名義のアカウントをつくり、ゆうちょ銀行の口座振替サービスを通じてお金を抜き取ったとみられる。のちにNTTドコモの決済サービス「ドコモ口座」で多くの被害が判明したのも、こうした手口によるものだ。
だが、昨夏に被害を受けた藤本さんがゆうちょ銀行のコールセンターに電話しても、キャッシュカードを止めるだけで、補償はしてもらえなかった。郵便局の窓口でも相談したが、優しそうな女性の郵便局員が「上司に相談してもダメだった。何もできない」と返すだけだった。
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縁もゆかりもないウェルネット社に連絡して返金や補償を求めると、同社からは「弊社・ゆうちょ銀行では対応できかねる」「当社としては返金対象外の扱い」と突き放された。警察からも「お手上げ」と言われ、年明けに泣き寝入りを決めた。10万円の特別定額給付金が出たときには「これで差し引き6000円のプラス」と自分を慰めるしかなかった。
ところが、今秋に「ドコモ口座」で同じような被害が続出し、ゆうちょ銀行が補償する方針だとニュースで知った。1年ぶりに同行のコールセンターに連絡すると、今度は「補償を検討する」と態度が一変。ドコモ口座の問題がマスコミで取り沙汰されなければ、今も補償されないままだったのではないか。
一連の不正引き出し被害が突出して多かったゆうちょ銀行は11月9日、「社長直轄のタスクフォースによるセキュリティーの総点検」と題した仰々しい発表を行った。要は、追加のセキュリティー対策も講じたうえで、安全性が十分かを業界団体の指針と比べながら検証したものだ。

自前のプリペイド機能付きデビットカード「mijica(ミヂカ)」は、安全性が不十分な項目が多く、サービスを抜本的に見直すことにした。一方、ドコモ口座などの決済サービスとの口座振替は、追加策も踏まえて「問題なし」と判定。提携先の安全性も確認したうえで、再開の準備に取りかかる。
だが、形ばかりの対策では、同じような不祥事はまた起きる。問題の根本原因を解明していないからだ。
じつは、今回の不正引き出しは2017年夏から起き始め、藤本さんのような被害は昨年までの判明分だけで180件を超える。このうち補償すべきなのに補償されずにいた被害者は、少なくとも80人程度で、長い人は3年以上も放置されたという。
2017年来の被害は、主要な経営幹部も参加するゆうちょ銀行のコンプライアンス委員会に加え、親会社の日本郵政にも報告されていた。

では、銀行に預けたお金を理不尽に奪われた顧客がいることを認識した経営幹部はどんな報告を受け、どんな対応を指示したのか。顧客にとっては無関係の決済事業者に対応を丸投げし、長く補償されず連絡もしない例が数多くあることを、どれだけの人が知っていたのか。そうした顧客がお金を奪われたまま放置されている間、どんな思いで何をしていたのか。
これこそが原因を解明して改善策を講じるべき「核心」であり、ゆうちょ銀行の「リスク感度が弱かった」「補償ルールが未整備だった」といった釈明で済まされるはずがない。
保険の不正販売が大量発覚したかんぽ生命や日本郵便も、同じ問題を抱えている。
2018年4月のNHK番組で、郵便局員にだまされたという高齢客の悲痛な声が大々的に報じられた。それを郵政経営陣は「放送内容は事実だが、ごく一部の悪質事例」と片付けるだけで、被害者を助けるどころか話を聞き直すことさえしなかった。当の被害者に損金を返すのは、放送から2年半以上が過ぎた今年11月のことだ。
不正が横行する実態は多くの郵便局員らが認識し、その情報は支社や内部通報窓口にも届いた。かんぽと日本郵便の担当幹部も、不正と疑われる契約累計が毎月何千件もあるのを共有しながら、眼前の被害者を助けようとしないばかりか、問題発覚後は「まさか不正があるとは」としらを切り、問題の核心部分にふたをかぶせてしまった。
報道された被害事例を「事実」と認めながら、そこにいる被害者を助けようともしない。常識では想像もつかないような行動がなぜ平気で繰り返されるのか。
特殊な歴史や企業体質にも由来する「根本原因」が特定されなければ、適切な薬が処方されることはなく、郵政グループの病気が治って再建するということも望みようがない。

詳しくは「文藝春秋」12月号および「文藝春秋digital」掲載のレポート「郵政グループ 腐った『だんご3兄弟』」をお読みください。
(藤田 知也/文藝春秋 2020年12月号)