韓国と「価値観を共有しない」となぜ今宣言するのか? – 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

最初は外務省のHP、そして閣議決定の文言、さらには「2015年版の外交青書」でも、日本政府は韓国を「価値観を共有する国」という表現を削除するようです。具体的には4月7日の閣議に報告がされる予定ですが、すでに報道されているところでは「自由、民主主義、基本的人権などの価値を共有」という2014年版までの表現は削除されており、「最も重要な隣国」と表記するにとどまっているそうです。

これは大変な問題だと思います。

第2次大戦が終結し、中国には共産党政権が成立して台湾の国民党政権と対立、そして38度線によって韓国の南北が分断されたことで冷戦が始まりました。ただ、その冷戦における台湾と韓国は、いずれも厳しい途上国独裁の政体であったわけであり、悪くいえば「左の独裁と右の独裁が対決していた」だけでした。

80~90年代にかけて欧州では、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体されることで、冷戦は終結していきました。東アジアの方は冷戦的な構造が続いているとされていますが、実は、東アジアの場合は質的な変化がありました。

東アジアの場合は、台湾も韓国も途上国型の軍事独裁政権が終焉して、公選制の民主主義の政体へと移行していったのです。ということは、自由陣営が「ご都合主義的に軍事独裁政権を味方にしていた」という状態から、東アジアの自由陣営は「自由と民主主義」という価値観を獲得し、理念の同盟としてあらためて日本やアメリカとの協調関係を強固なものとしていったのです。

では、韓国はそうした政体から「国のかたち」を変えたのでしょうか? つまり自由陣営の共通の価値である「自由と民主主義」を捨てたのでしょうか?

そうではありません。

確かに日本から見れば、「大統領に関する、たかがネット上のうわさ話を紹介しただけで、名誉棄損で起訴されて8カ月も帰国できない」という事態は異常であり、司法制度ということでは、日本とは異なる未成熟な国だということはあると思います。また領土や歴史をめぐる確執がエスカレートする中で、日韓の間に終わりのない論争が続いているということもあるでしょう。

ですが国際社会から見れば、韓国は自由陣営の国であり、公選制の民主主義ということで日本とは共通の価値を持った国です。ですから、抑止力の維持ということでは、日本、アメリカ、韓国、台湾の4カ国は20世紀からずっと、軍事的には共同の行動を取ってきましたし、今も同様です。

日本として、韓国に対してモノ申したいことが多々あるのはわかります。ですが、それにしても「価値観を共有する」という言葉を削除するというのは問題だと思います。国際社会に対して誤解を与えるからです。今でも、そして今後も、東アジアのパワーバランスという点では、日米韓台が中国とバランスを取り、その上で、中国を加えて日米韓中で北朝鮮が勝手な行動を取らないように協調するというのが、「全体の安全」を確保する上での大前提である、このことは不変です。

日本としては、そのような大前提の下で「韓国との価値観の共有」を否定することには、何のメリットもありません。むしろ、ジワジワと東アジアのパワーバランスが崩れていくように、そして理念の同盟が崩れていくように、日本が積極的に崩壊を仕掛けている、事実上そのように見られる危険性が否定できないのです。

仮に、東アジアの軍事のパワーバランスと、理念のパワーバランスが崩れていった場合には、日本の外交と安全保障は根底から揺さぶられてしまいます。そう考えれば「価値観の共有」を否定するというのは大変なことであり、この2015年の4月に必要な措置であるとは思えません。