駅でトラブル続出、「やらかす」撮り鉄の心理

イベントで公開された車両を撮影する風景。人が多いと車両をきれいに撮影することは難しくなる(筆者撮影)
撮り鉄が、またトラブルを起こした。この記事を書き起こしている2021年4月の時点では、4月25日に西川口駅で撮影場所を巡ってトラブルになり、男子中学生が押し倒されて頭蓋骨骨折の大けがをしたという。3月24日には中央線で配給輸送列車の撮影を目当てに複数名が線路内に侵入、30分ほど列車の運行を停めるトラブルを起こしている。このほかにもトラブル事例の枚挙に暇がなく、過去のニュースを検索するだけでも結構な量になるのだが、どうして彼らはトラブルを起こすのだろうか?
いきなり「撮り鉄」という言葉を使ったが、撮り鉄とは鉄道愛好家・鉄道趣味人のうち、撮影を活動の主体をする人たちを指す。鉄道趣味の世界は完全な「分業制」で、鉄道愛好家・鉄道趣味人のなかには写真撮影をまったくやらない人もいる。手前みそで申し訳ないが、筆者も写真撮影は不得意で、鉄道趣味ライターとしての仕事でも、写真は別の人が担当しているのが実態だ。
というわけで、筆者は仕事の都合上、職業として「撮り鉄」をしている人との付き合いがある。ベテランの鉄道カメラマンに話を聞くと「最近は鉄道の写真が撮りづらくなった」という。理由は障害物の存在で、電車が走っている路線では電柱がどうしても存在するうえに、線路脇に柵ができ、さらに諸々の設備が年々増え、列車をきれいに撮影できる場所が年々少なくなっているという。
線路脇にはさまざまな設備があり、列車をきれいに撮るのは意外と難しい(筆者撮影)列車の安定運行を支えるうえで、必要な設備ばかりだが、実際にカメラを構えてみると撮影上の障害物となっているのも事実だ。写真に興味のない人から見れば「わがまま」として切り捨てられる話だが、プロとしては一定以上のクオリティがないと生き残れないのも事実で、死活問題となる。加えて、筆者の個人的な感覚だが、鉄道写真を撮影する人が以前よりも増えたように思える。最近は必ずしも珍しい列車でなくても沿線で撮影をしている人を見かけるようになったが、特に週末には人が増え、駅ホームの端でカメラを構えている姿を目にする機会が多い。 ただでさえ障害物がない状態で撮影できる場所が減っているのに、撮影する人が増えれば場所の取り合いとなるわけだ。今回、西川口駅でのトラブルで「駅撮り」という言葉が出たが、駅撮りとは、文字通り駅で列車を撮影することを指す。駅での撮影は最も手軽で、撮影地・撮影場所を探す必要もなく、交通費も節約できる。西川口駅でのトラブルでは、彼らが撮影したかった目当ての列車は快速「あしかが大藤まつり」という臨時列車で、定期運行を引退した185系を撮影したかったというのが本心となろう。西川口駅ではなく、もっと遠い場所に行けばきれいに撮影できる場所はたくさんあるのだが、遠ければ交通費がかかってしまう。子供や学生にとって片道1000円以上もかかる交通費は大金だ。この駅でのトラブルがニュースとなった後、SNS上では「#もう無理駅撮りできない」というハッシュタグのもと、数々の意見が飛び交った。だが、ここで自分の写真を出して発信したことが写真の自慢とみなされ、さらなる反感を買っているようにも見える。どうして「やらかす」のか?さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
列車の安定運行を支えるうえで、必要な設備ばかりだが、実際にカメラを構えてみると撮影上の障害物となっているのも事実だ。写真に興味のない人から見れば「わがまま」として切り捨てられる話だが、プロとしては一定以上のクオリティがないと生き残れないのも事実で、死活問題となる。加えて、筆者の個人的な感覚だが、鉄道写真を撮影する人が以前よりも増えたように思える。最近は必ずしも珍しい列車でなくても沿線で撮影をしている人を見かけるようになったが、特に週末には人が増え、駅ホームの端でカメラを構えている姿を目にする機会が多い。 ただでさえ障害物がない状態で撮影できる場所が減っているのに、撮影する人が増えれば場所の取り合いとなるわけだ。今回、西川口駅でのトラブルで「駅撮り」という言葉が出たが、駅撮りとは、文字通り駅で列車を撮影することを指す。駅での撮影は最も手軽で、撮影地・撮影場所を探す必要もなく、交通費も節約できる。西川口駅でのトラブルでは、彼らが撮影したかった目当ての列車は快速「あしかが大藤まつり」という臨時列車で、定期運行を引退した185系を撮影したかったというのが本心となろう。西川口駅ではなく、もっと遠い場所に行けばきれいに撮影できる場所はたくさんあるのだが、遠ければ交通費がかかってしまう。子供や学生にとって片道1000円以上もかかる交通費は大金だ。この駅でのトラブルがニュースとなった後、SNS上では「#もう無理駅撮りできない」というハッシュタグのもと、数々の意見が飛び交った。だが、ここで自分の写真を出して発信したことが写真の自慢とみなされ、さらなる反感を買っているようにも見える。どうして「やらかす」のか?さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
加えて、筆者の個人的な感覚だが、鉄道写真を撮影する人が以前よりも増えたように思える。最近は必ずしも珍しい列車でなくても沿線で撮影をしている人を見かけるようになったが、特に週末には人が増え、駅ホームの端でカメラを構えている姿を目にする機会が多い。 ただでさえ障害物がない状態で撮影できる場所が減っているのに、撮影する人が増えれば場所の取り合いとなるわけだ。今回、西川口駅でのトラブルで「駅撮り」という言葉が出たが、駅撮りとは、文字通り駅で列車を撮影することを指す。駅での撮影は最も手軽で、撮影地・撮影場所を探す必要もなく、交通費も節約できる。西川口駅でのトラブルでは、彼らが撮影したかった目当ての列車は快速「あしかが大藤まつり」という臨時列車で、定期運行を引退した185系を撮影したかったというのが本心となろう。西川口駅ではなく、もっと遠い場所に行けばきれいに撮影できる場所はたくさんあるのだが、遠ければ交通費がかかってしまう。子供や学生にとって片道1000円以上もかかる交通費は大金だ。この駅でのトラブルがニュースとなった後、SNS上では「#もう無理駅撮りできない」というハッシュタグのもと、数々の意見が飛び交った。だが、ここで自分の写真を出して発信したことが写真の自慢とみなされ、さらなる反感を買っているようにも見える。どうして「やらかす」のか?さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
今回、西川口駅でのトラブルで「駅撮り」という言葉が出たが、駅撮りとは、文字通り駅で列車を撮影することを指す。駅での撮影は最も手軽で、撮影地・撮影場所を探す必要もなく、交通費も節約できる。西川口駅でのトラブルでは、彼らが撮影したかった目当ての列車は快速「あしかが大藤まつり」という臨時列車で、定期運行を引退した185系を撮影したかったというのが本心となろう。西川口駅ではなく、もっと遠い場所に行けばきれいに撮影できる場所はたくさんあるのだが、遠ければ交通費がかかってしまう。子供や学生にとって片道1000円以上もかかる交通費は大金だ。この駅でのトラブルがニュースとなった後、SNS上では「#もう無理駅撮りできない」というハッシュタグのもと、数々の意見が飛び交った。だが、ここで自分の写真を出して発信したことが写真の自慢とみなされ、さらなる反感を買っているようにも見える。どうして「やらかす」のか?さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
西川口駅でのトラブルでは、彼らが撮影したかった目当ての列車は快速「あしかが大藤まつり」という臨時列車で、定期運行を引退した185系を撮影したかったというのが本心となろう。西川口駅ではなく、もっと遠い場所に行けばきれいに撮影できる場所はたくさんあるのだが、遠ければ交通費がかかってしまう。子供や学生にとって片道1000円以上もかかる交通費は大金だ。この駅でのトラブルがニュースとなった後、SNS上では「#もう無理駅撮りできない」というハッシュタグのもと、数々の意見が飛び交った。だが、ここで自分の写真を出して発信したことが写真の自慢とみなされ、さらなる反感を買っているようにも見える。どうして「やらかす」のか?さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
この駅でのトラブルがニュースとなった後、SNS上では「#もう無理駅撮りできない」というハッシュタグのもと、数々の意見が飛び交った。だが、ここで自分の写真を出して発信したことが写真の自慢とみなされ、さらなる反感を買っているようにも見える。どうして「やらかす」のか?さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
さて、撮り鉄はどうしてトラブルを繰り返すのだろうか。実のところ、これは撮り鉄に限った話ではなく、撮影機材を持たせて同じ条件で「撮ってきてください」とやれば、鉄道に関心のない人でもトラブルを起こしてしまう。もっと言うと、「撮り鉄の作法」を知らない故に、「やらかす」確率はさらに上がると言ってよいだろう。一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
一例として、鉄道と関係なく、路上で記念写真を撮るとしよう。写真を撮るためには、撮影機材を構えている自分と、撮りたい相手の間で距離を置く必要があるが、いざシャッターを切ろうとした瞬間、見知らぬ他人が割って入ってきた。シャッターを切った自分は「邪魔をされた」と不愉快になるし、撮られた側は「路上で自分の写真を勝手に撮られた」ということで不愉快になる。さあ、ケンカの始まりだ。このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
このような形で、障害物が写り込めば誰でも不愉快になる話なのだが、鉄道の場合は、あたかも撮り鉄が特別な悪さをしているように見えるから、不思議なものだ。撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
撮り鉄が私有地に勝手に入ったり、草刈りや伐採を勝手にやったりする事例も批判されるが、これは撮り鉄に限らない。コロナ禍の前の話だが、北海道では観光客が雄大な景色を見ようとして勝手に農地に入り、畑を荒らしてしまったこともあったし、京都でも観光客が住宅地に流入して生活に支障が出るといった事例もある。観光客の大半は普通の人で、こちらのほうが事態は深刻だったりするのだが、撮り鉄のトラブルがニュースになると、あっという間に忘れ去られてしまった。撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
撮り鉄をはじめ、オタク趣味では最も脂が乗る時期がある。それは若い頃で、年齢的には10代から20代前半の学生時代が主な活動時期となる。若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
若く、経験がない故に「これをやったら、どうなるか」と予想する能力が弱い。だから「やらかす」のだが、一方で、年齢が上がるにつれて「やらかす」ことのレベルも上がる。人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
人は「やらかす」ことで成長する面もあるのだが、特に鉄道の場合は、線路内の立ち入りやホームでのトラブルが事故につながりかねないが故に「やらかす」ことが致命傷となってしまう。もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
もっとも、大人になっても「これをやったら、どうなるか」を予想する能力が低い人が少なからず存在する。平たく言えば「空気の読めない人」とも言えるのだが、混雑しているホームで三脚を立ててしまったり、ホームの端ギリギリで撮影をしたりというのが撮り鉄の例となろう。一般の人なら、ホームでやりがちなスマートフォンの「ながら歩き」もこれに近い。いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
いずれの事例も、利用者どうしの衝突・トラブルや、ホームからの転落の原因となるのだが、仮に事故が発生した場合、悪者は誰か?という話になる。最も悪いのは事故を発生させた当事者なのだが、それを放置した鉄道会社側も責任を問われる。では、鉄道会社としてどういう対応を取るかと考えれば、それは撮影制限につながりかねない。結果として自分の行動が首を締めることになるわけだが、そこまで思いが行き着かないと、なりふり構わず「撮りたい」という欲求が勝ってしまう。踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
踏切から線路内に立ち入って撮影する事例も、自分が列車に接触するリスクがあるとか、そもそも線路内に立ち入ることが法律に触れるということを考えないのだろう。一定の割合で存在する、「おかしな人」元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
元2ちゃんねる管理人で有名な西村博之氏によると、どのコミュニティにも一定の割合で「おかしな人」が存在するという。撮り鉄に当てはめてみると、大勢の人がいる中で暴れてしまう輩や、撮影場所を横取りして自分だけいい構図で撮影してしまう輩が実際にいるのだが、明らかに「おかしな人」であろう。世の中は善人ばかりではないということを思い知らされる。人というものは、不合理な獣でもあるのだ。 「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
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「おかしな人」は自分が「おかしい」ということに気づかない。「おかしな人が絡んできた」と思ったら、相手に非があっても直ちに撮影をやめ、撤収しなければ自分の身に危害が及ぶことになる。以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。
以上、ライターの分際でもっともらしいことを書いてきたが、オジサンとなった鉄道趣味ライターの過去を思い出してみると、未熟さゆえに散々やらかし、そのたびに大人たちに尻ぬぐいをさせ、叱らたり、諭されたりしたものだ。SNSが発達した現在は「やらかす」ことが一気に拡散して「火消し」ができないほど燃え広がってしまううえ、「魚拓」を取られて未来永劫、罪人として覚えられてしまう。「バイトテロ」がいい事例だが、「若さ故の過ち」がいつまでも覚えられる世の中は、果たして健全なのかとも思ってしまう。