北方領土に旧日本軍の地下要塞か ロシア研究者が調査

北方領土の択捉島に残る飛行場や陣地など旧日本軍関係の施設について、ロシアの歴史家らによる調査が行われ、その概要をサハリン州のネットメディア「サハリン・インフォ」が報じた。
北方領土のこうした施設は現在、日本側からの調査がきわめて難しく、貴重な記録となっている。
旧日本軍施設などの概要をまとめたのは、サハリン州郷土博物館を拠点に、千島列島の日本関係の施設を長年調べてきたイーゴリ・サマリン氏ら。サマリン氏らは昨年9月から10月にかけ、真珠湾攻撃のため旧日本海軍が集結した単冠(ひとかっぷ)湾に残る旧天寧飛行場など、択捉島中部から北部の遺構の状況をまとめた。
■一升瓶や皿の破片も
調査によると、旧天寧飛行場の滑走路跡は、ロシア軍のプレベストニク飛行場の滑走路と並行して残されていた。飛行場近くの海岸地帯には、小型防御用陣地「トーチカ」が数十メートルの間隔でいくつも並んでおり、中には壁の厚さが4メートルのものもあった。旧日本軍のものと見られるが、一部は旧ソ連がつくった可能性もあるという。
サマリン氏らは、島北部の別飛(べっとぶ)から北のオホーツク海沿いに残る旧日本陸軍の飛行場跡も調べた。トウロ沼近くにある飛行場の滑走路は縦5メートル、横4メートルのコンクリート床板を並べてつくられ、一升瓶や皿の破片といった軍部隊で使われた遺物も見つかった。
活火山の硫黄岳を望む最北部太平洋側のトシルリ周辺の海岸には、旧日本軍の大規模な地下要塞(ようさい)とみられる遺構もあった。