立川ホテル殺害事件に同業女性が慟哭「名前が出てしまうんですね」

SNSに平気で仕事や日常を投稿するような人でも、顔だけ写さない、モザイクをかけるなどして匿名であることにこだわる人は少なくない。だが、ひとたび社会的な事件や事故に巻き込まれると、本人の意向とは関わりなく実名が広く知られてしまう。犯罪被害者のはずなのに――俳人で著作家の日野百草氏が、同業者が殺人事件に巻き込まれて実名報道されたことに動揺する女性の、悲しみと諦めについてレポートする。
【写真】改正少年法が参院本会議において賛成多数で可決、成立した時の様子。記者会見する性風俗事業者の代理人弁護士も
* * *「私も、殺されたらデリ嬢で名前が出るのでしょうか、それが不安です」
SAYAさん(30代女性・仮名)の文面は切実なものだった。彼女はデリバリーヘルス(派遣型風俗店、いわゆる”デリ”)に登録している”デリ嬢”(デリヘル嬢)だが、事件を知って他人事ではないと筆者に直接DMをくれた。他、もうひとり20代の女性からもいただいたが、そちらは切実な生活の厳しさが主なので、別途取材を進めている。
「私たちの仕事なんて名前はあってないようなもの、でも殺されると出てしまうんですね」 彼女の恐れは実名報道だった。事件は6月1日、東京都立川市のホテルで女性が70カ所以上を刺されて殺害されたという凄惨なものだった。容疑者は19歳の少年、店を利用するのも初めてなら被害者の女性とも面識はないという。店とはSAYAさんと同様、デリだった。容疑者は未成年なので名前は出ないが、殺された被害女性の名前は全国に晒された。それもデリ嬢として。「(名前を)出す必要あるんですか、よくわかりません」 本稿は構成上、DMのやりとりを整理、起こしたものであり、あえて不明瞭な箇所や若い女性特有の特殊なスラングなどは置き換えている。「殺された子(女性)はデリ(嬢)だから名前出て、少年だから出ないなんておかしいです」 SAYAさんの気持ちはよくわかる。この事件のわずか10日前、5月21日に可決した改正少年法は結局、先の民法改正で成人としたはずの18歳、19歳を「特定少年」なる意味不明の位置づけでお茶を濁す結果となった。2022年4月1日から民法上18歳、19歳は成人となるが、改正法は引き続き「少年」であり、「少年の健全育成」という保護名目から外されることはなくなった(ただし逆送後の起訴で実名報道は可能となる)。「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
彼女の恐れは実名報道だった。事件は6月1日、東京都立川市のホテルで女性が70カ所以上を刺されて殺害されたという凄惨なものだった。容疑者は19歳の少年、店を利用するのも初めてなら被害者の女性とも面識はないという。店とはSAYAさんと同様、デリだった。容疑者は未成年なので名前は出ないが、殺された被害女性の名前は全国に晒された。それもデリ嬢として。「(名前を)出す必要あるんですか、よくわかりません」 本稿は構成上、DMのやりとりを整理、起こしたものであり、あえて不明瞭な箇所や若い女性特有の特殊なスラングなどは置き換えている。「殺された子(女性)はデリ(嬢)だから名前出て、少年だから出ないなんておかしいです」 SAYAさんの気持ちはよくわかる。この事件のわずか10日前、5月21日に可決した改正少年法は結局、先の民法改正で成人としたはずの18歳、19歳を「特定少年」なる意味不明の位置づけでお茶を濁す結果となった。2022年4月1日から民法上18歳、19歳は成人となるが、改正法は引き続き「少年」であり、「少年の健全育成」という保護名目から外されることはなくなった(ただし逆送後の起訴で実名報道は可能となる)。「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「(名前を)出す必要あるんですか、よくわかりません」 本稿は構成上、DMのやりとりを整理、起こしたものであり、あえて不明瞭な箇所や若い女性特有の特殊なスラングなどは置き換えている。「殺された子(女性)はデリ(嬢)だから名前出て、少年だから出ないなんておかしいです」 SAYAさんの気持ちはよくわかる。この事件のわずか10日前、5月21日に可決した改正少年法は結局、先の民法改正で成人としたはずの18歳、19歳を「特定少年」なる意味不明の位置づけでお茶を濁す結果となった。2022年4月1日から民法上18歳、19歳は成人となるが、改正法は引き続き「少年」であり、「少年の健全育成」という保護名目から外されることはなくなった(ただし逆送後の起訴で実名報道は可能となる)。「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
本稿は構成上、DMのやりとりを整理、起こしたものであり、あえて不明瞭な箇所や若い女性特有の特殊なスラングなどは置き換えている。「殺された子(女性)はデリ(嬢)だから名前出て、少年だから出ないなんておかしいです」 SAYAさんの気持ちはよくわかる。この事件のわずか10日前、5月21日に可決した改正少年法は結局、先の民法改正で成人としたはずの18歳、19歳を「特定少年」なる意味不明の位置づけでお茶を濁す結果となった。2022年4月1日から民法上18歳、19歳は成人となるが、改正法は引き続き「少年」であり、「少年の健全育成」という保護名目から外されることはなくなった(ただし逆送後の起訴で実名報道は可能となる)。「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「殺された子(女性)はデリ(嬢)だから名前出て、少年だから出ないなんておかしいです」 SAYAさんの気持ちはよくわかる。この事件のわずか10日前、5月21日に可決した改正少年法は結局、先の民法改正で成人としたはずの18歳、19歳を「特定少年」なる意味不明の位置づけでお茶を濁す結果となった。2022年4月1日から民法上18歳、19歳は成人となるが、改正法は引き続き「少年」であり、「少年の健全育成」という保護名目から外されることはなくなった(ただし逆送後の起訴で実名報道は可能となる)。「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
SAYAさんの気持ちはよくわかる。この事件のわずか10日前、5月21日に可決した改正少年法は結局、先の民法改正で成人としたはずの18歳、19歳を「特定少年」なる意味不明の位置づけでお茶を濁す結果となった。2022年4月1日から民法上18歳、19歳は成人となるが、改正法は引き続き「少年」であり、「少年の健全育成」という保護名目から外されることはなくなった(ただし逆送後の起訴で実名報道は可能となる)。「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「19歳って少年じゃないです」 あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
あくまでSAYAさんの意見だが法の施行は来年4月から。逮捕されたばかりの19歳の少年は名前が出ない。しかし被害者である彼女の名前はデリ嬢として出てしまう。SAYAさんも怖い思いをしたことがあるのか。「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「(怖いお客さんは)何考えてるかわからない人です。わかりやすいオラオラな人は楽しい人が多いけど、ネクラな感じで”死のうかな”とか話しだしたり、”女の子を飼育したい”とか(言ってくる)気持ち悪い人が一番怖い」 いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
いわゆる”病み客”と呼ばれる客層のことで、わかりやすい”クソ客”よりも嬢を壊す。壊すどころか猟奇的な趣味を実行するかもしれず、店では最大のNG客だ。しかしデリは箱(店舗)ではないので即対処というわけにはいかない。駆けつけるにも(車で待機するパターンであっても)時間がかかる。派遣なので女の子は基本、一人で客が指定する部屋に行く。生活のためとはいえ、尋常でない怖さだろう。ましてやこのコロナ禍だ。「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「コロナでデリやってる私もヤバいけど、コロナでデリ呼ぶ人ってのもヤバい」 それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
それでも客は減ったという。SAYAさんもお金のために仕方なく、多少は嫌な客でも機嫌をとって次の指名に繋げるという。名前を出してもいい存在。わかっていても、悲しい「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「立川のデリは都心に比べたら稼げません」 これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
これもまたSAYAさんの感想で、筆者も詳しくはないのだが、コロナ禍で風俗も壊滅的だ。店舗に比べればデリはマシと聞くが、都下や地方となると事情は変わるのかもしれない。「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「冷たい店も多いです。同じ仕事してる子たちともやり取りすると愚痴ばかりです。ドラ(デリヘルのドライバーのこと)は優しい人多いですけど、在籍スタ(デリヘルの事務所スタッフ)はやる気ないし」 店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
店にもよるのだろうが、コロナ禍の長期化と不景気は夜の店関連も女性の買い手市場へと大きく変貌した。「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「(私たちは)商品ですからね。私はあまり信用しません」 いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
いろいろと事情があるようだが個人的な話なので割愛する。事件ではスタッフもデリ嬢のSOSに駆けつけて怪我をしているが、そのスタッフの名前は出なかった。「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「デリ嬢だけ名前出すって、結局そうなんだろうなって思います。死んでもいいし名前を出してもいい存在、わかってはいますが、悲しいです」 SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
SAYAさん、人とうまくやれるタイプではないから箱ではなくデリだという。自走(デリ嬢が自分で運転して派遣先に向かう行為)ができるのもデリの気楽さだが、エッセンシャルワーカー全般の問題として(筆者はこの職業定義に貴賤なしと考える)お客様すべてを満足させるのは難しい。匿名掲示板で”殺されて当然の存在”のような書き込みを見ると落ち込むという。某地域別の匿名掲示板などは客による嬢に対する誹謗中傷が跋扈している。「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「いろいろあってこの仕事をしてます。自分で選んだ仕事です。わかってます。でも書かれると傷つくし、殺されたら(日本中に)デリ(嬢)が死んだって名前出されて、デリなんか死んで当然って、あんまりです」 被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」 ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」 夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」 冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。 曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。 ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」 容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」 京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。 真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
「風俗業の人間はいなくていいと思った」これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。