「余命数週間」と告げられたがんステージIVのママ 1才になる娘への言葉

21才でステージIVのがん宣告を受けた。23才で出産。この5月末には、「余命数週間」と告げられた。それでも彼女は「娘にさみしい思いはさせない。一緒に生きて成長を見守る」と、もうすぐ1才の誕生日を迎える娘との未来を見据えている──。
【写真9枚】娘を妊娠時、エコー画像を持つ和さん。パーカー姿。他、ウエディングドレス姿も
「今日、やっと退院できました。とはいえ体調はよくなったわけではなくて、いまも39℃の熱があります。麻薬系の強い鎮痛剤を使っているので、ぼーっとしてる感じが続いていて……。久々に娘に会えたのはものすごくうれしいけれど、かなりしんどいです」
青森県出身の遠藤和(のどか)さん(24才)は、ステージIVの大腸がんを患い、闘病中だ。『女性セブン』2021年6月10日号で掲載した記事《大腸がんステージIVのママ「10年後のあなたに会いたい」》では、愛娘の成長をなんとしても見届けたいと不屈の気持ちで闘病に臨む彼女の姿を詳報し、大きな反響を呼んだ。編集部には「和さんの生き方に私も励まされています」「絶対に元気になりましょう」といったメッセージが続々と寄せられている。
和さんは都内の病院に3週間ほど入院し、5月27日に退院。夫の遠藤将一さん(30才)と、約1か月後に1才の誕生日を迎える娘が待つ家に帰ってきた。「退院前日、担当医から『余命は数週間』と言われました。この2か月くらいは人工肛門や腎ろうの造設手術をしていたので、抗がん剤治療ができていない状態で……。 そもそも『抗がん剤の効果がなくなってしまったので、これ以上の治療は難しい』と言われている状況です。新しい治療法がなかったら、私、死んじゃうかもって思います。その一方で、新たな治療法を見つけて、うまく私に合えば治るんじゃないかと期待する気持ちも強いです」(和さん)初めて娘を抱っこ「軽すぎて怖かった」 高校時代から何度も原因不明の腹痛に襲われていた和さんは、2018年9月、21才のときに大腸がんであることが発覚。その2か月後、「ステージIV」であると宣告を受けた。「抗がん剤治療で生殖機能が損なわれるおそれがある」と医師に告げられたことから、和さんは2018年10月に卵子を採取、凍結保存していた。「本当は妊娠率が高いとされる受精卵を保存したかったのですが、当時は結婚していなかったのでかなわず、せめて卵子だけでも保存しておこうと思って。子供を持つ夢をどうしても諦めたくなかったんです」(和さん) 2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「退院前日、担当医から『余命は数週間』と言われました。この2か月くらいは人工肛門や腎ろうの造設手術をしていたので、抗がん剤治療ができていない状態で……。 そもそも『抗がん剤の効果がなくなってしまったので、これ以上の治療は難しい』と言われている状況です。新しい治療法がなかったら、私、死んじゃうかもって思います。その一方で、新たな治療法を見つけて、うまく私に合えば治るんじゃないかと期待する気持ちも強いです」(和さん)初めて娘を抱っこ「軽すぎて怖かった」 高校時代から何度も原因不明の腹痛に襲われていた和さんは、2018年9月、21才のときに大腸がんであることが発覚。その2か月後、「ステージIV」であると宣告を受けた。「抗がん剤治療で生殖機能が損なわれるおそれがある」と医師に告げられたことから、和さんは2018年10月に卵子を採取、凍結保存していた。「本当は妊娠率が高いとされる受精卵を保存したかったのですが、当時は結婚していなかったのでかなわず、せめて卵子だけでも保存しておこうと思って。子供を持つ夢をどうしても諦めたくなかったんです」(和さん) 2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
そもそも『抗がん剤の効果がなくなってしまったので、これ以上の治療は難しい』と言われている状況です。新しい治療法がなかったら、私、死んじゃうかもって思います。その一方で、新たな治療法を見つけて、うまく私に合えば治るんじゃないかと期待する気持ちも強いです」(和さん)初めて娘を抱っこ「軽すぎて怖かった」 高校時代から何度も原因不明の腹痛に襲われていた和さんは、2018年9月、21才のときに大腸がんであることが発覚。その2か月後、「ステージIV」であると宣告を受けた。「抗がん剤治療で生殖機能が損なわれるおそれがある」と医師に告げられたことから、和さんは2018年10月に卵子を採取、凍結保存していた。「本当は妊娠率が高いとされる受精卵を保存したかったのですが、当時は結婚していなかったのでかなわず、せめて卵子だけでも保存しておこうと思って。子供を持つ夢をどうしても諦めたくなかったんです」(和さん) 2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
高校時代から何度も原因不明の腹痛に襲われていた和さんは、2018年9月、21才のときに大腸がんであることが発覚。その2か月後、「ステージIV」であると宣告を受けた。「抗がん剤治療で生殖機能が損なわれるおそれがある」と医師に告げられたことから、和さんは2018年10月に卵子を採取、凍結保存していた。「本当は妊娠率が高いとされる受精卵を保存したかったのですが、当時は結婚していなかったのでかなわず、せめて卵子だけでも保存しておこうと思って。子供を持つ夢をどうしても諦めたくなかったんです」(和さん) 2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「抗がん剤治療で生殖機能が損なわれるおそれがある」と医師に告げられたことから、和さんは2018年10月に卵子を採取、凍結保存していた。「本当は妊娠率が高いとされる受精卵を保存したかったのですが、当時は結婚していなかったのでかなわず、せめて卵子だけでも保存しておこうと思って。子供を持つ夢をどうしても諦めたくなかったんです」(和さん) 2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「本当は妊娠率が高いとされる受精卵を保存したかったのですが、当時は結婚していなかったのでかなわず、せめて卵子だけでも保存しておこうと思って。子供を持つ夢をどうしても諦めたくなかったんです」(和さん) 2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
2019年12月、和さんは将一さんと結婚。体外受精のタイミングを見計らっていた2020年1月、自然妊娠が発覚し、7月に娘を出産した。ステージIVのがんを抱えながらの妊娠・出産はほぼ前例がなく、一筋縄ではいかないものだった。「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「妊娠中に、がんが卵巣に転移してしまって。赤ちゃんをできるだけ長くお腹で育ててあげたかったのですが、医師から『あなたの命がもたない』と言われ、妊娠27週で帝王切開することになりました。早産なので肺が未熟で……なんとか産声は上げてくれましたが、生まれてすぐNICU(新生児集中治療室)に運ばれました」 一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
一方の和さんも、卵巣の腫瘍が爆発的に大きくなり、体調が悪化、入院生活を続けざるを得なかった。「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「お腹が苦しいうえ、胸水もたまって呼吸がうまくできず、陸で溺れているような状態でした。歩くのもつらく、移動は車いすでした。このとき初めて『死ぬかもしれない』と思いました。でも、娘と同じ病院に入院していたから毎日会いに行けた。それが唯一の救いでした」 体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
体重わずか980gで生まれた娘は、保育器で3か月ほど育てられた。「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「呼吸が安定しないからと人工呼吸器を装着され、たくさんの管がつながっている状態でした。最初は、保育器の中に手を入れて、娘の手を握ったり、触ったりしました。壊れちゃいそうなくらい、小さかったのを覚えています」 初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
初めて“抱っこ”ができたのは、生後1か月半のこと。NICUの看護師からは、「母親と離れている期間が長いから、スキンシップが大事」と、赤ちゃんを胸に乗せて抱っこする「カンガルーケア」をすすめられたという。「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「私がリクライニングいすに座り、赤ちゃんを体の上に乗せる形でした。正直、軽すぎて『怖い!』と思いました。隣にいた(夫の)遠藤さんは娘にメロメロで、早くも『変な男がつかないか心配だ』って言ってました(笑い)」 夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
夫の将一さんは、NICUの看護師たちから“子育ての基礎”をたたき込まれていた。「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「『パパがお世話できるようにならないとダメでしょう。ほら、やってみて』と有無を言わさない雰囲気で……(笑い)。ミルクの作り方や飲ませ方、沐浴方法などみっちり教えられました」(将一さん) すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
すっかり育児が板について頼もしくなった将一さん。いまや料理や掃除といった家事全般も、問題なくこなせるようになったという。「ママだったら違うんだろうな」 闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
闘病生活が続く中、コロナ禍という暗雲が立ちはだかる。この1年で、面会を制限する病院が一気に増えた。和さんが直近まで入院していた都内の病院も同様で、夫とも、愛する娘とも一切会うことのできないつらい日々が続いた。「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「入院生活中はスマホのビデオ通話でやりとりしていました」と明かすのは、和さんの妹の遥さん(22才)。彼女は将一さんが仕事に出ている間、娘の面倒を見ている。「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「のんたん(和さん)はこの前、離乳食を食べた娘に『えらいね~、天才だね』とビデオ越しに声をかけていました。のんたんは、子育ての“司令塔”なんです。入院中もいろいろ調べて、『あの知育玩具を買ってあげたい』、『あの遊びをさせてあげて』って、娘のことをずっと考えている。私はその指示に従っている感じです」(遥さん) 1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
1才を間近にした娘は、日に日に活発になっている。人の髪の毛を引っ張ったり、家にあるものを手当たり次第集めて一気に口に入れようとしたり、とにかく元気だそうだ。「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「のんたんに教わりながらなんとか面倒は見られていますが、すごく泣きじゃくって、どうしても止まらないときは、『ママを探してるのかな、ママだったら違うんだろうな』といつも思います」(遥さん) 念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
念願の、娘との再会。和さんは、すぐに娘の成長の証を見つけたという。「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「いつの間にか、娘に歯が生え始めてたんです。妹からは、『今日の娘は昼寝もしないし声も大きい。ひさびさにママと会えたから、うれしかったんだと思うよ』と言われました。そう聞くと、やっぱりうれしいですね。 私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
私はこの1年、入院続きでほぼ育児らしいことができていないから……いまは体力が落ちていて難しいですけど、元気になってバリバリと育児をしたいなという思いはずっとあります」(和さん) 最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
最後に、7月に1才を迎える娘へのメッセージを和さんに聞いた。「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
「まずは1才おめでとう。生まれたときは、すごくちっちゃかったけど、何も問題もなくここまで大きくなってくれてありがとう。どんな子に育ってもいいから、元気でいてね」※女性セブン編集部では、遠藤和さんへの応援メッセージを受け付けています。お手紙101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1小学館 女性セブン編集部遠藤和さまメールj7otayori@shogakukan.co.jp※女性セブン2021年6月17日号
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