東京から90分! 「シン・エヴァ」第3村のモデルになった“絶景すぎる棚田”へ行ってみた

人気アニメ「エヴァンゲリオン」シリーズの完結編として製作された「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(庵野秀明総監督)。新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発出され、東京都内や大阪府内の映画館には休業要請がなされる中での上映となった。だが、3月8日の封切りから5月末までに、563万人以上が映画館に足を運ぶというヒット作となっている。
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物語の前半で、極めて印象的なシーンとして描かれるのは、登場人物の「アヤナミレイ」が初めて体験する棚田での田植えだ(この部分は公式サイトで一部公開)。「第3村」と呼ばれる集落で汗を流し、泥にまみれ、だからこそ生きているのだと実感する。誰かの頭の中で考えられた空想的な「幸福」とは対極にある、地に足が着き、土の香りのする幸せだろう。
人間臭さに乏しい「アヤナミレイ」だからこそ、心に残る場面だ。そして、物語の後半になればなるほど、映画の訴える問題意識とクロスして、田植えの情景が頭に浮かぶことになる。
この棚田には、モデルがある。千葉県鴨川市の「大山千枚田」だ。
南房総の標高90~150メートルの中山間地にあり、375枚の水田が皿のように重なっている。
保護管理しているのは特定非営利活動(NPO)法人の大山千枚田保存会(石田三示理事長)だ。「私達への事前の取材はなかったのですが、封切りの少し前にモデルとして使わせてもらったという連絡がありました」と事務局は話す。
実は、この千枚田、普通の棚田ではない。一面に皿を重ねたような大山千枚田が広がる 農業体験や視察で年間約6000人が訪れる「人気スポット」なのだ。最も美しいのは、水面に青い空が映し出される田植え時期、そして稲が黄金色に実る収穫時期だが、これ以外の季節にも、20台ほど停められる駐車場がいっぱいになるほど人が来る。こうした見学者も含めると、年間の来訪者は軽く1万人を超えるのではなかろうか。「特に新型コロナの流行後は増えました。ずっと外出自粛を求められてきた人々が、棚田があるような場所なら安全だと、せめてもの息抜きに来るのでしょうか。都内ナンバーが目立ちます。バイクや自転車のツーリングで立ち寄るグループもいて、まるで原宿の竹下通りかと思うようなことさえあります」(事務局) 都内からだと手頃なドライブコースで、高速を使えば都心からでも90分ほどしかかからない。「かつては滅びゆく棚田の一つでした」 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
一面に皿を重ねたような大山千枚田が広がる 農業体験や視察で年間約6000人が訪れる「人気スポット」なのだ。最も美しいのは、水面に青い空が映し出される田植え時期、そして稲が黄金色に実る収穫時期だが、これ以外の季節にも、20台ほど停められる駐車場がいっぱいになるほど人が来る。こうした見学者も含めると、年間の来訪者は軽く1万人を超えるのではなかろうか。「特に新型コロナの流行後は増えました。ずっと外出自粛を求められてきた人々が、棚田があるような場所なら安全だと、せめてもの息抜きに来るのでしょうか。都内ナンバーが目立ちます。バイクや自転車のツーリングで立ち寄るグループもいて、まるで原宿の竹下通りかと思うようなことさえあります」(事務局) 都内からだと手頃なドライブコースで、高速を使えば都心からでも90分ほどしかかからない。「かつては滅びゆく棚田の一つでした」 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
農業体験や視察で年間約6000人が訪れる「人気スポット」なのだ。最も美しいのは、水面に青い空が映し出される田植え時期、そして稲が黄金色に実る収穫時期だが、これ以外の季節にも、20台ほど停められる駐車場がいっぱいになるほど人が来る。こうした見学者も含めると、年間の来訪者は軽く1万人を超えるのではなかろうか。「特に新型コロナの流行後は増えました。ずっと外出自粛を求められてきた人々が、棚田があるような場所なら安全だと、せめてもの息抜きに来るのでしょうか。都内ナンバーが目立ちます。バイクや自転車のツーリングで立ち寄るグループもいて、まるで原宿の竹下通りかと思うようなことさえあります」(事務局) 都内からだと手頃なドライブコースで、高速を使えば都心からでも90分ほどしかかからない。「かつては滅びゆく棚田の一つでした」 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「特に新型コロナの流行後は増えました。ずっと外出自粛を求められてきた人々が、棚田があるような場所なら安全だと、せめてもの息抜きに来るのでしょうか。都内ナンバーが目立ちます。バイクや自転車のツーリングで立ち寄るグループもいて、まるで原宿の竹下通りかと思うようなことさえあります」(事務局) 都内からだと手頃なドライブコースで、高速を使えば都心からでも90分ほどしかかからない。「かつては滅びゆく棚田の一つでした」 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
都内からだと手頃なドライブコースで、高速を使えば都心からでも90分ほどしかかからない。「かつては滅びゆく棚田の一つでした」 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「かつては滅びゆく棚田の一つでした」 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。 棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
棚田のある大山地区は、典型的な中山間地の農業地帯で、都市部に出て行く跡取りが多かった。山の中腹までひらかれた棚田の多くが森林に戻り、1990年代には大山千枚田でも耕作放棄地が出現し始めていた。「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「農家の石田理事長らが危機感を抱き、なんとかして大山地区を元気にしなければと模索していました」と浅田さんは話す。 鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
鴨川市役所にも同じような問題意識があった。地域と協力して都市と交流しようと構想を練っていた。そうした両者の思いが合致して、大山での仕掛けが始まっていく。「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「東京に一番近い棚田」の戦略 ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
ただ、何をすべきか、最初はターゲットが絞れなかった。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、棚田に焦点を当てたのは、「逆に言えば、棚田しかないような地区だったのです」と浅田さんは笑う。当時はまだ、「大山千枚田」という名前もなく、普通の棚田の一つだった。 まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
まず、大山の各地区から代表を選び、97年に保存会を結成した(2003年にNPO法人化)。99年には、農水省の「日本の棚田百選」に認定された。2000年からは棚田のオーナー制度を始めた。都市部の住民に棚田を1枚、有償で貸し、田植えから、草刈り、稲刈り、脱穀までの農作業に、年に7回ほど来てもらうのである。「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「東京に一番近い棚田」をうたい文句にオーナーを募集したが、それでも春から秋にかけて7回も往復するのは大変だ。しかも、全国の「棚田百選」では唯一、川がなく、雨水だけで耕作している。漏水すれば稲作ができなくなってしまいかねないので、田んぼの畦(あぜ)を塗り固める作業には神経を使う。 下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
下の田んぼは、上からあふれてくる水が頼りだ。災害で畦が壊れれば、田んぼ全体に影響が及びかねず、居住していないからといって放置はできない。オーナーと“気を遣わない関係”を築く それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
それでも、毎年募集枠いっぱいの申し込みがある。今年は160区画に対し、158組のオーナーが借りた。応募者は東京都や千葉県の都市部に住む人が多い。これとは別に約20の企業や団体もオーナーになっている。残りは地権者の農家らで作付けする田んぼだ。 手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
手間のかかる農作業に人気が集まる秘密は何なのか。「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「棚田のオーナー制度は全国的に広まっていますが、オーナーを『お客さま扱い』する地区が多いのが実情です。私達はそうではなく、一緒に地域の課題を解決する仲間と位置づけています。だから、お互いに思ったことを遠慮なく言い合う。人手が足りなくなった時には『助けに来て』などと救援も求める。こうしてよそから来てくれる人は、地域の良さを見つけてくれます。『発見』を地域の元気に結びつけたいと考えているのです」と浅田さんは語る。 気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
気を遣わない関係。しかも、地域のために役立っているという実感が参加したいという気持ちをかき立てるのかもしれない。「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「東京に近いから人が来るのだろう」と言われることもあるそうだが、「都市は全国にあります。どの棚田も人に来てもらえる可能性はあるのです」と浅田さんは力を込める。より気軽に参加できる“トラスト制度” 大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
大山千枚田は、千葉県で最も高い愛宕山(標高408メートル)を擁する嶺岡山系の麓にある。同山系の一帯は、地球内部のマントルから噴出した蛇紋岩(じゃもんがん)由来の地質だ。蛇紋岩は永い年月をかけて風化すると粘土質の肥沃な土壌になる。だからこそ、雨水だけで水稲が栽培できるのだが、収穫できる米もひと味違う。これも、オーナーの希望者が多い理由だろう。 保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
保存会の活動は、オーナー制度を核にして、どんどん広がった。 懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
懇親会で「食べる米も重要だけど、酒にする米も欲しい」という声が出て、「酒づくりオーナー制度」を始めた。食米としてはコシヒカリを作付けるが、酒米用には新潟生まれの酒造好適米・五百万石を植える。収穫後は、地元の酒造会社に委託醸造し、オーナーはそれぞれラベルやぐい飲みづくりを行う。 四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
四半世紀にもなる活動だけに、保存会設立に関わった農家も引退したり、亡くなったりする。そうした農家に跡取りがいなければ、遺言のようにして「あとを頼む」と保存会に栽培を託す場合がある。託された棚田には、トラスト制度を導入し、共同で作業に当たる人を募集した。「これだと負担感が少なく、オーナー制度への導入として加わる人がいます」と浅田さんが説明する。行政の補助金に頼っていては続かない 耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
耕作放棄されてから年月が経ち、水田として使うのが難しくなった田んぼには、大豆を植えるトラスト制度を導入した。これも作業は共同で行い、収穫後は手作り味噌などの原料にする。 放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
放棄地ではオーガニックコットンや藍(あい)を育てるトラスト制度も始めた。乾燥地ではないので、決して栽培に適しているわけではないが、「日本人はもともと自分に必要な物を自分で作っていた。その技術を見直そう」とメニュー化した。染色には藍だけでなく、間伐材や増えすぎて伐採した竹、梅などにつく苔(こけ)も原料にしている。苔を使うと紫色に染まる。 千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
千枚田に出入りする人の中からは、毎年のように大山地区などへの移住者が出る。古民家を改修して住む場合には、できるだけ国産材を使ってもらい、作業の一部を大工の指導でやらせてもらう「家づくり体験塾」も開いている。「移住希望者の参加が多いのですが、建築士や設計士、ハウスメーカーの社員が実際に家づくりを自分の手で行いたいと申し込む場合もあります」と浅田さんは話す。 保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
保存会のスタッフは浅田さんら3人で、同種のNPO法人としては多い方だ。「行政の補助金に頼るのではなく、固有の職員を採用して自前の事業を行い、給料を払えるようにしないと活動が続かない」という考えからだ。「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「もちろん給料は安いのですが、出費とストレスの多い都市部の生活と比べると、こちらの暮らしの方がはるかに満足度が高いですよ」と浅田さんは断言する。 浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。 他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」 浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。 毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。 大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。 近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「土の香りがするリアルな世界」に触れること 農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。 もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。 土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
(葉上 太郎)