父のように息子に暴力を振るう自分が止められない。虐待を受けた人たちが苦しむ子育ての壁〈後編〉

親から子に対する、耳を疑うような虐待のニュースが、残念ながら後を絶たない。もしその親自身も虐待を受けた過去があったとしたら──後編は、父から暴力を受けてきた男性の事例です。(取材・文=大塚玲子)
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前編よりつづく
女性だけでなく、虐待を受けた男性も同様の苦しみを訴える。13年前に離婚した正さん(48歳)は、小・中学生のときに父親から激しい暴力を受けていた。アルコールに依存していた父親は、仕事が終わって帰宅すると、寝ている正さんを起こして殴る蹴るの暴行を加えた。
「毎晩のことだったので、怖いという感覚も麻痺していた感じです。よく投げ飛ばされて頭をぶつけていたので、今でも頭の形がちょっと歪んでいます」
学校の先生にも誰にも相談はできず、あざや傷があっても心配してくれる大人はいなかったという。
「父が暴れているとき、母は近くにはいませんでした。自分も危害を加えられると思って、私を助けられなかったんでしょう。小学生の頃から、『早くひとり立ちして家を出たい』と考えていましたね」
大学に入ってひとり暮らしを始めてから、正さんは一度も実家に帰っていない。大人になってからは普通の生活を送れるようになっていたものの、前出のももこさんと同様に、結婚し、息子が生まれてから苦しむようになった。「乳児の頃はすごく可愛かったんですけれど、2、3歳で駄々をこねたりするようになったとき、自分も父のように息子に暴力をふるってしまうんじゃないかと怖くなりました。それに息子を見ていると、父からされたことを思い出してしまって……」実際に子どもに手をあげそうになったとき、「このまま一緒にいるより、離婚したほうが子どもにとってはいいのかもしれない」と思い至り、本当の理由は話さずに妻に離婚を切り出した。「離婚したことで、息子に暴力をふるわずに済んでよかったと思います」と話す正さんだが、子どもと離れて暮らす今もフラッシュバックが起き、その頻度は年々増えているという。両親は今も健在だが、会いたいとは思わないし、もし介護が必要になっても、「首を絞めてしまうかもしれない」と不安になる。親と仲よく接している人がうらやましいと話した。妻にはよく「暴力的だ」と指摘され小学生と保育園児の息子をもつ勇さん(36歳)は、父親から暴力を受けて育ち、自身も子どもを虐待してしまい離婚した男性だ。「殴られたことや、車のトランクに入れられたことは覚えています。虐待されていたという認識ではなく、『行きすぎた親父だな』というくらいの印象でした。でも当然、父親のことは嫌いで、自分が親になっても父のようにはならないし、自分は大丈夫だろうと思っていました」父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「乳児の頃はすごく可愛かったんですけれど、2、3歳で駄々をこねたりするようになったとき、自分も父のように息子に暴力をふるってしまうんじゃないかと怖くなりました。それに息子を見ていると、父からされたことを思い出してしまって……」実際に子どもに手をあげそうになったとき、「このまま一緒にいるより、離婚したほうが子どもにとってはいいのかもしれない」と思い至り、本当の理由は話さずに妻に離婚を切り出した。「離婚したことで、息子に暴力をふるわずに済んでよかったと思います」と話す正さんだが、子どもと離れて暮らす今もフラッシュバックが起き、その頻度は年々増えているという。両親は今も健在だが、会いたいとは思わないし、もし介護が必要になっても、「首を絞めてしまうかもしれない」と不安になる。親と仲よく接している人がうらやましいと話した。妻にはよく「暴力的だ」と指摘され小学生と保育園児の息子をもつ勇さん(36歳)は、父親から暴力を受けて育ち、自身も子どもを虐待してしまい離婚した男性だ。「殴られたことや、車のトランクに入れられたことは覚えています。虐待されていたという認識ではなく、『行きすぎた親父だな』というくらいの印象でした。でも当然、父親のことは嫌いで、自分が親になっても父のようにはならないし、自分は大丈夫だろうと思っていました」父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
実際に子どもに手をあげそうになったとき、「このまま一緒にいるより、離婚したほうが子どもにとってはいいのかもしれない」と思い至り、本当の理由は話さずに妻に離婚を切り出した。「離婚したことで、息子に暴力をふるわずに済んでよかったと思います」と話す正さんだが、子どもと離れて暮らす今もフラッシュバックが起き、その頻度は年々増えているという。両親は今も健在だが、会いたいとは思わないし、もし介護が必要になっても、「首を絞めてしまうかもしれない」と不安になる。親と仲よく接している人がうらやましいと話した。妻にはよく「暴力的だ」と指摘され小学生と保育園児の息子をもつ勇さん(36歳)は、父親から暴力を受けて育ち、自身も子どもを虐待してしまい離婚した男性だ。「殴られたことや、車のトランクに入れられたことは覚えています。虐待されていたという認識ではなく、『行きすぎた親父だな』というくらいの印象でした。でも当然、父親のことは嫌いで、自分が親になっても父のようにはならないし、自分は大丈夫だろうと思っていました」父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「離婚したことで、息子に暴力をふるわずに済んでよかったと思います」と話す正さんだが、子どもと離れて暮らす今もフラッシュバックが起き、その頻度は年々増えているという。両親は今も健在だが、会いたいとは思わないし、もし介護が必要になっても、「首を絞めてしまうかもしれない」と不安になる。親と仲よく接している人がうらやましいと話した。妻にはよく「暴力的だ」と指摘され小学生と保育園児の息子をもつ勇さん(36歳)は、父親から暴力を受けて育ち、自身も子どもを虐待してしまい離婚した男性だ。「殴られたことや、車のトランクに入れられたことは覚えています。虐待されていたという認識ではなく、『行きすぎた親父だな』というくらいの印象でした。でも当然、父親のことは嫌いで、自分が親になっても父のようにはならないし、自分は大丈夫だろうと思っていました」父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
小学生と保育園児の息子をもつ勇さん(36歳)は、父親から暴力を受けて育ち、自身も子どもを虐待してしまい離婚した男性だ。「殴られたことや、車のトランクに入れられたことは覚えています。虐待されていたという認識ではなく、『行きすぎた親父だな』というくらいの印象でした。でも当然、父親のことは嫌いで、自分が親になっても父のようにはならないし、自分は大丈夫だろうと思っていました」父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「殴られたことや、車のトランクに入れられたことは覚えています。虐待されていたという認識ではなく、『行きすぎた親父だな』というくらいの印象でした。でも当然、父親のことは嫌いで、自分が親になっても父のようにはならないし、自分は大丈夫だろうと思っていました」父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
父親は寡黙な人物で、話をした記憶はほとんどなく、声も思い出せないくらいだと、勇さんは話す。また母親は穏やかな人だったが、勇さんを助けてくれることもなかった。勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。自らの傷を認識し必要なケアを受けるには「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
イメージ(写真提供:写真AC)では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」責めるだけでは虐待はなくならないでは、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
では、彼女ら・彼らはどうしたら救われるのか。信田さんは「こういった人が精神科や心療内科を訪れたときに生育歴をていねいに聞かれるだけでも違うはず。保険診療では難しいかもしれませんが」と話す。トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
トラウマという視点をもつ必要があるのは専門家だけではない。すべての人が、自分や身近な人が過去に虐待を受けているかもしれないと意識することで、次なる被害を食い止められる可能性がある。「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
「子どもにやたらと当たってしまう、家族への暴力行為が止まらないなどの場合、『何らかの被害経験とつながっているのかもしれない』という視点をもって専門家につながることがとても大事です。『トラウマ症状はクライシス(危機的な状況)が去った後にやってくるもの』と知っていれば、妻や夫が問題行動を起こしたとき、その人を責めずに済むでしょう」ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。
ただ責めるだけでは、虐待はなくならない。虐待の一歩手前で「子育てがつらい」とサインを出す人たちにどう寄り添っていけるか、私たちは考えていく必要があるだろう。