「母を助けられなかった」 熱海土石流 82歳女性死亡 嘆く長男

「母はいつも優しく、ユーモアにあふれた人でした」。静岡県熱海市を襲った土石流災害で、伊豆山(いずさん)地区に住む鈴木チヨセさん(82)の死亡が4日、確認された。ともに暮らしていた長男、仁史さん(56)と次男、英治さん(50)は激しい土石流から母を助けられなかったことを悔やみ「たくさんある思い出を思い返すと、気持ちが崩れそう」と嘆いた。
【土石流で孤立した建物から救助される女性】
最初の土石流があった3日午前、英治さんは神奈川県に出張中で、高台の自宅には仁史さんとチヨセさんがいた。午前10時半ごろ、「地鳴りのようにすさまじく大きな音が外で鳴り響いた」。直後に停電したため、仁史さんが状況を確認するために数メートルほど離れた通りに出ると、大量の土砂が海側に向かって流れ落ちていく様子を目の当たりにした。自宅前の道路も瞬く間に泥に覆われ、深さは20センチ近くになった。
しばらくすると、ごう音とともに土石流が再び襲ってきた。命の危険が迫るのを感じ、「母を連れて避難しよう」と自宅に戻ろうとしたが、パトロール中の警察官に制止された。「自宅に戻るのは危険だ。今すぐ逃げろ」。土石流はその後何度も押し寄せた。母を警察官らに任せて、自身は家を離れざるを得なかった。
結局、母の安否をつかめぬまま、仁史さんは避難所になった市立熱海中学校の体育館で眠れぬ夜を過ごした。食事も喉を通らなかった。翌4日、チヨセさんが救助されて市内の病院に搬送され、「容体は良くない」と職員から伝えられた。「早く会いたい」。ただ生きていることを願い、病院に急行。英治さんも駆けつけた。
だが、母は帰らぬ人となった。 チヨセさんは15年前に夫を亡くし、以来親子3人暮らしだった。英治さんは「母は膝を手術したこともあって足が悪く、耳も遠かった。土石流の音や避難の呼びかけが聞こえず、避難が遅れたのかもしれません」と肩を落とす。 6月23日、久しぶりに散髪に出掛けたチヨセさんは「やっと行けてさっぱりした」と喜び、にこにこと笑った。自分とそっくりの髪の分け目を見て、英治さんも「自分を見てるみたいだね」と笑い合い、写真を撮った。 4日夜、2人は病院から市内の遺体安置所に向かった。「災害時で警察に促されて避難したとはいえ、今となっては母を残して避難したことが悔やまれます。本当に、全てにおいて優しい人でした」。仁史さんはそう言って最愛の母を悼んだ。【太田圭介、木原真希】
チヨセさんは15年前に夫を亡くし、以来親子3人暮らしだった。英治さんは「母は膝を手術したこともあって足が悪く、耳も遠かった。土石流の音や避難の呼びかけが聞こえず、避難が遅れたのかもしれません」と肩を落とす。 6月23日、久しぶりに散髪に出掛けたチヨセさんは「やっと行けてさっぱりした」と喜び、にこにこと笑った。自分とそっくりの髪の分け目を見て、英治さんも「自分を見てるみたいだね」と笑い合い、写真を撮った。 4日夜、2人は病院から市内の遺体安置所に向かった。「災害時で警察に促されて避難したとはいえ、今となっては母を残して避難したことが悔やまれます。本当に、全てにおいて優しい人でした」。仁史さんはそう言って最愛の母を悼んだ。【太田圭介、木原真希】
6月23日、久しぶりに散髪に出掛けたチヨセさんは「やっと行けてさっぱりした」と喜び、にこにこと笑った。自分とそっくりの髪の分け目を見て、英治さんも「自分を見てるみたいだね」と笑い合い、写真を撮った。 4日夜、2人は病院から市内の遺体安置所に向かった。「災害時で警察に促されて避難したとはいえ、今となっては母を残して避難したことが悔やまれます。本当に、全てにおいて優しい人でした」。仁史さんはそう言って最愛の母を悼んだ。【太田圭介、木原真希】
4日夜、2人は病院から市内の遺体安置所に向かった。「災害時で警察に促されて避難したとはいえ、今となっては母を残して避難したことが悔やまれます。本当に、全てにおいて優しい人でした」。仁史さんはそう言って最愛の母を悼んだ。【太田圭介、木原真希】