「記憶から消えた時が本当の死だ」 警察官だった息子へ、祈る

広島県内で全国最多の150人(災害関連死41人を含む)が亡くなった西日本豪雨から3年がたった6日、各地で追悼行事が開かれた。
遺族や被災者らは犠牲者に祈りを捧げた。土石流が発生した静岡県熱海市の行方不明者の安否を気づかい、災害の教訓を風化させないことを誓った。
■警察官の息子 忘れない
「息子のことを思い出さない日はありません」。19人(災害関連死含む)が死亡、1248棟の住宅に被害が出た広島市安芸区の追悼式で、遺族代表の会社員晋川(しんかわ)芳宏さん(57)は声を絞り出すように語った。
あの日、息子の尚人さん(当時28)を亡くした。県警呉署員として土砂崩れで立ち往生していた車の避難誘導をしていた午後8時ごろ、土砂に襲われたとみられる。11日後、近くの川から遺体で発見された。
責任感が強い息子だった。刑事ドラマが好きで、大学時代に東日本大震災の募金活動をした経験から「人の役に立ちたい」と警察官を志した。亡くなる前年に家を建て、長男は2歳になったばかりだった。
被災後、芳宏さんは次々に整備されていく砂防ダムを目にすると、悲しく、やりきれない気持ちになったという。「3年前にできあがっていれば……。心の傷痕は一生消えません」 それでも心に決めているのは、尚人さんを忘れず、思い続けて生きることだ。「話題がある間は、その人の命は続いている。愛してくれた人の記憶から消えた時、それが本当の死だ」。追悼の言葉をこう締めた。 広島市安芸区の市立矢野幼稚園では園児24人や先生が、隣接する矢野小学校の正門前の災害碑前で黙(もくとう)し、犠牲者を悼んだ。 園には当時、1メートル超の高さの土砂が流れ込み、園舎の1階が完全に埋もれた。夜だったため園児に被害はなかったが、約4カ月間、園舎が使えなかった。被災後、園では大雨警報が出たらすぐに2階に逃げる「垂直避難」の訓練を開始。土石流の恐怖を伝える防災教育も進めている。 岡田幸子園長は園児に被災当時の園舎の写真を見せながら、「みんなが今も生きていられるのは、おうちの人が助けてくれたから。感謝の気持ちを持ち、失われた命にお祈りしましょう」と語りかけた。静岡県熱海市の土石流について「災害はいつ起こるかわからない。子どもたちには3年前を思い出し、命を守る大切さを学んでほしい」と話した。(福冨旅史)■父へ 前を向くよ 大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。
それでも心に決めているのは、尚人さんを忘れず、思い続けて生きることだ。「話題がある間は、その人の命は続いている。愛してくれた人の記憶から消えた時、それが本当の死だ」。追悼の言葉をこう締めた。 広島市安芸区の市立矢野幼稚園では園児24人や先生が、隣接する矢野小学校の正門前の災害碑前で黙(もくとう)し、犠牲者を悼んだ。 園には当時、1メートル超の高さの土砂が流れ込み、園舎の1階が完全に埋もれた。夜だったため園児に被害はなかったが、約4カ月間、園舎が使えなかった。被災後、園では大雨警報が出たらすぐに2階に逃げる「垂直避難」の訓練を開始。土石流の恐怖を伝える防災教育も進めている。 岡田幸子園長は園児に被災当時の園舎の写真を見せながら、「みんなが今も生きていられるのは、おうちの人が助けてくれたから。感謝の気持ちを持ち、失われた命にお祈りしましょう」と語りかけた。静岡県熱海市の土石流について「災害はいつ起こるかわからない。子どもたちには3年前を思い出し、命を守る大切さを学んでほしい」と話した。(福冨旅史)■父へ 前を向くよ 大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。
広島市安芸区の市立矢野幼稚園では園児24人や先生が、隣接する矢野小学校の正門前の災害碑前で黙(もくとう)し、犠牲者を悼んだ。 園には当時、1メートル超の高さの土砂が流れ込み、園舎の1階が完全に埋もれた。夜だったため園児に被害はなかったが、約4カ月間、園舎が使えなかった。被災後、園では大雨警報が出たらすぐに2階に逃げる「垂直避難」の訓練を開始。土石流の恐怖を伝える防災教育も進めている。 岡田幸子園長は園児に被災当時の園舎の写真を見せながら、「みんなが今も生きていられるのは、おうちの人が助けてくれたから。感謝の気持ちを持ち、失われた命にお祈りしましょう」と語りかけた。静岡県熱海市の土石流について「災害はいつ起こるかわからない。子どもたちには3年前を思い出し、命を守る大切さを学んでほしい」と話した。(福冨旅史)■父へ 前を向くよ 大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。
園には当時、1メートル超の高さの土砂が流れ込み、園舎の1階が完全に埋もれた。夜だったため園児に被害はなかったが、約4カ月間、園舎が使えなかった。被災後、園では大雨警報が出たらすぐに2階に逃げる「垂直避難」の訓練を開始。土石流の恐怖を伝える防災教育も進めている。 岡田幸子園長は園児に被災当時の園舎の写真を見せながら、「みんなが今も生きていられるのは、おうちの人が助けてくれたから。感謝の気持ちを持ち、失われた命にお祈りしましょう」と語りかけた。静岡県熱海市の土石流について「災害はいつ起こるかわからない。子どもたちには3年前を思い出し、命を守る大切さを学んでほしい」と話した。(福冨旅史)■父へ 前を向くよ 大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。
岡田幸子園長は園児に被災当時の園舎の写真を見せながら、「みんなが今も生きていられるのは、おうちの人が助けてくれたから。感謝の気持ちを持ち、失われた命にお祈りしましょう」と語りかけた。静岡県熱海市の土石流について「災害はいつ起こるかわからない。子どもたちには3年前を思い出し、命を守る大切さを学んでほしい」と話した。(福冨旅史)■父へ 前を向くよ 大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。
■父へ 前を向くよ 大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。
大規模な土石流に見舞われ3人が死亡した呉市安浦町の市原集落では、住民主催の追悼集会が開かれた。遺族ら約30人が出席し、土石流が襲った現場に向かって黙(もくとう)し、献花した。