道の駅に停めた車から降りる制服姿の10代少女 車上生活者”か母娘に尋ねると…

「年金だけでは家賃が払えない」「DVから逃れるため」「他人との関わりが煩わしい」……。さまざまな理由で車上での生活を余儀なくされる人たちがいる。
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そうした人々の生活実態に迫り、大きな反響を呼んだのがNHK製作の『車中の人々 駐車場の片隅で』(2020年2月放送)だ。ここでは、同番組の取材を行ったディレクター、記者、カメラマンたちによる渾身のルポルタージュ『NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で』(宝島社)の一部を抜粋。車上で暮らす人々の知られざる暮らしに迫る。(全2回の1回目/後編を読む)
写真提供=NHKスペシャル
◆◆◆
2019年12月中旬、私はディレクターとともに東京から離れた地にいた。0歳と1歳の子どもを連れた“車上家族”が道の駅にいるとの情報を得たからだ。
朝5時、ホテルを出て道の駅に向かう。4人の家族が暮らすというその道の駅は市の中心部から車で30分ほど。水銀灯の青白い灯りに照らされた数台の車が駐車場に停まっていた。
寄せられた情報では、家族が暮らすのは“地元のナンバープレートをつけた白い車”ということだった。暗い駐車場ではすべての車が鈍い鉛色に光って見える。遠目ではどれが白い車なのか見分けがつかない。乗ってきた車を降りて二手に分かれて探すことにした。
師走の空気は冷たく、あまりの寒さに徐々につま先の感覚がなくなっていく。暗がりに浮かぶ車はお互いに距離をとり、息を潜めるように停まっていた。他人を寄せつけない緊張感が漂っている。 駐車場のいちばん奥に、地元ナンバーの白いコンパクトカーが停まっているのが見えた。「いた!」 思わず声が出る。ディレクターに手を挙げて合図を送った。情報どおりだった。 二人で車に近づく。フロントガラスには布で目張り。サイドガラスにもタオルで目張りがしてある。車内の様子はまったくわからなかったが、事前の情報と合致する点が多い。何よりもガラスを覆う目張りが車の中に人がいることを示している。 まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは… 1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
駐車場のいちばん奥に、地元ナンバーの白いコンパクトカーが停まっているのが見えた。「いた!」 思わず声が出る。ディレクターに手を挙げて合図を送った。情報どおりだった。 二人で車に近づく。フロントガラスには布で目張り。サイドガラスにもタオルで目張りがしてある。車内の様子はまったくわからなかったが、事前の情報と合致する点が多い。何よりもガラスを覆う目張りが車の中に人がいることを示している。 まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは… 1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
「いた!」 思わず声が出る。ディレクターに手を挙げて合図を送った。情報どおりだった。 二人で車に近づく。フロントガラスには布で目張り。サイドガラスにもタオルで目張りがしてある。車内の様子はまったくわからなかったが、事前の情報と合致する点が多い。何よりもガラスを覆う目張りが車の中に人がいることを示している。 まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは… 1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
思わず声が出る。ディレクターに手を挙げて合図を送った。情報どおりだった。 二人で車に近づく。フロントガラスには布で目張り。サイドガラスにもタオルで目張りがしてある。車内の様子はまったくわからなかったが、事前の情報と合致する点が多い。何よりもガラスを覆う目張りが車の中に人がいることを示している。 まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは… 1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
二人で車に近づく。フロントガラスには布で目張り。サイドガラスにもタオルで目張りがしてある。車内の様子はまったくわからなかったが、事前の情報と合致する点が多い。何よりもガラスを覆う目張りが車の中に人がいることを示している。 まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは… 1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは… 1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。 車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」 短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。 15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
15分ほど経つと突然車が動き始めた。(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
(どこに行くのか?) 一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
一瞬、頭の中が真っ白になった。 ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
ゆっくりと距離を保ちつつ同じ方向に移動する。車は駐車場内を移動し、道の駅の建物の正面に停まった。絶対に降りてくると確信したその瞬間、スライドドアが開いた。 降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
降りてきたのは学校の制服を着た少女。身長からして高校生ぐらいに思えた。「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
「えっ!」 私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
私とディレクターから同時に声が漏れる。事前の情報では子どもは未就学児だったはず。目の前にいる女性はどう見ても10代半ばを超えている。違った……。 その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
その後、駐車場に停まっていた他の車も見てみたが、幼子を連れた家族は乗っていなかった。4人家族を追いかけていた私たちにとって、この日の取材は非常に残念な結果に終わってしまった。見覚えのある白い車 翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
翌朝も同じ時間にホテルを出発し道の駅に向かう。 今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
今日こそ4人家族に出会いたいと願いつつ道の駅に到着したが、駐車場の車の台数は昨日より少なかった。また“空振り”か。半ば諦めつつ車を降りると、見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
「あれ? 昨日の車と似てるよね?」 私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
私が気づいたのと同じタイミングで、ディレクターは前日メモ帳に書き記した車のナンバーを確認していた。4桁の数字、すべてが一致した。「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
「もしかして、あの女性たちは車上で生活しているのか─?」 前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
前日とほぼ同じ時刻に目張りが外され、白い車が移動を始めた。停車した車から降りてきたのは昨日と同じ40代ぐらい、そして高校生ぐらいの女性二人組。 この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
この状況をどう受け止めればいいのか。一瞬迷ったが、とにかく確認しなければならない。ディレクターは二人を追いかけ、私は彼女たちの乗っていた車に向かった。女性たちが乗っていた車の窓ガラスの内側には水滴がびっしりとついていた。エンジンを切った冬の車内で数時間を過ごさなければ、こんな水滴のつき方はしないだろう。 およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
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およそ30分後、白い車に戻っていく二人を見た。少女が少し先を歩きつつ、時折会話をしながら歩く二人。一見すると普通の母と娘にしか見えない。本当に車上で生活しているのか? 私たちは声をかけることすらできず、ただ眺めるしかなかった。 もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
もはや当初取材をするつもりだった4人家族よりも、この二人の女性のほうが気になった。違和感のある母と娘 一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
一見するとやはり母と娘の親子のように見える。しかし、私とディレクターはいくつか違和感を覚えていた。母親と思われる女性の服装は2日間ともまったく同じであったこと。遠目には普通に会話しているように見えたが、二人の表情が思いのほか険しかったこと。あとはなぜか、年配の女性がドアを開けないと後部座席からもう一人の女性が降りてこないこと。車外に危険のある場合ならわかるが、ほとんど人のいない早朝の道の駅の駐車場である。ましてや当人は制服を着た10代の女性。幼稚園や小学生の子どもではない。 この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
この二人にはどんな事情があるのだろうか? 仮に車上で生活しているのであれば、なんらかの支援が必要なのではないか? 私たちは貧困支援を行っている地元のNPOと連絡をとった。しかし担当者も女性二人の車上生活者は見たことがないという。ただ、もしかするとこの二人はDVの被害者で、家族の暴力から逃れるために一時的に車中で生活をしているのかもしれないということだった。 DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
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DVの恐怖と冬の寒さに耐えつつ、さらに車で寝泊まりしながら学校に通わなければいけない生活。もしもそんな状況に置かれているのだとしたら、そのつらさは想像すらできない。 あいにくNPOの担当者は緊急の支援を行う案件に対応しており、今すぐ彼女たちに手を差し伸べることができない状況だという。なんとか支援につなげたいというディレクターの思いから、翌日こちらから声をかけることになった。 正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
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正しい表現ではないかもしれないが、今回の番組の取材は「観察」からすべてが始まっている。 現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
現場に臨む際、我々が知っているのは、車上生活者が“そこにいるかもしれない”ということだけ。年齢、風貌、健康状態。いつから車上生活を始めたのか、そしていつまでこの車での暮らしを続けるつもりなのか……。取材対象がどういう人物かを語る上で、最低限の情報すら持ち合わせていない。つまりほとんど何も知らないのだ。だから、ひたすら観察するしかなかった。「この3日間、早朝からこの道の駅に来ていないか」と聞くと… 3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
3日目の朝、白い車はこの日も道の駅に停まっていた。いつもと同じ、敷地内で最も暗い奥側の駐車枠だった。 午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
午前7時過ぎ、以前とまったく同じ時間に目張りが外され、駐車場内を移動する。車から二人が降りてきた。年上の女性は3日間まったく同じ服装、少女は今日も制服を着ていた。女性たちが向かった先は道の駅のトイレ。洗面所で身支度を整えているのだろうか? 30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
30分ほどが経ち、年上の女性が先に出てきた。遠目に見てもかなり痩せているのがわかる。さらに10分ほどあとに少女も出てきた。道の駅の正面、広場のようになった幅広い歩道を並んで歩く二人にディレクターが近づく。「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
「おはようございます。NHKですが」 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。道の駅を去った母娘 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。【続きを読む】「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
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「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは へ続く(NHKスペシャル取材班)
(NHKスペシャル取材班)