「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」が当たり前… “エアマックス95”が巻き起こした“異様な熱狂”の裏話

“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは から続く
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広末涼子や木村拓哉、イチローなど多くの有名人に愛され、高値で取引されるようになったエア マックス95。人気はどんどん過熱し、若者らの間でエア マックス95を履いている人を襲撃する「エア マックス狩り」が横行するほど、異様な熱狂が広がった。一足のスニーカーがなぜそれほどまでに人々を夢中にさせたのだろうか。
フリー編集者小澤匡行氏の著書『1995年のエア マックス』(中公新書ラクレ)の一部を再編集し、紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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◆◆◆
日本での「エア マックス95」人気は、1997年の前半まで上昇の一途を辿っていた。
結局、OG(オリジナル)と呼ばれる初期カラーは全部で8色出たが、最初期の「イエローグラデ」がやはり人気で、市場価格は桁違いに跳ね上がっていき、未使用のデッドストックは15万円を超える値段で販売されるようになった。

著者としては、SMAP のヒット曲「SHAKE」(ビクターエンタテインメント)のシングルCDジャケットで木村拓哉が着用していたのが印象的だった。なおモノクロ写真が使われていたにもかかわらず、著者が「イエローグラデ」であることをすぐに判別できたのは、8色あるオリジナルカラーのうち、それが唯一の黒ソールだったからに相違ない。
この頃、スニーカーファン以外を巻き込んだ発展途上のマーケットは、ストリートと言うより、スラム街とでも呼びたくなるような惨状を呈していた。 アメリカでの買い付けも既に限界を超えており、全米中の「エア マックス」は、ほとんど日本人によって奪取されたと言って過言ではないだろう。「そこからここまで全部」「店にあるサイズは全部買います」「倉庫のストックを見せてもらえますか?」。バイヤーたちの猟奇的と言えそうな行為や言動に、現地のショップも次第に訝しむ目つきを向けるようになった。 日本ではバブル経済の崩壊後、基本的に円高の流れが続いていた。国内の投資家の海外投資の引き揚げや1994年末のメキシコ通貨危機の影響もあり、1995年に初めて1ドル=80円割れを記録している。それだけに、この頃は人気スニーカーを現地で仕入れられれば、得られる利幅が大きかったのである。 たとえば、全米中に点在するフットロッカーやフットアクションといったチェーンストアで現行モデルを100ドルで買えば8000円。日本で倍の値段を付けても1万6000円と、消費者からすれば、日本での定価より少し高い程度の出費で済む。 価値があるナイキのシューズだと納得していれば、2万円台後半くらいまでは、高校生でも躊躇なくお金を払っていた時代である。何よりこの出会いのタイミングを逃せば次はない、店内にいる他の誰かに買われてしまう、という焦燥感が消費者に染み付いていた。値上がりの理由は“円安”と“仲介業者” しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
アメリカでの買い付けも既に限界を超えており、全米中の「エア マックス」は、ほとんど日本人によって奪取されたと言って過言ではないだろう。「そこからここまで全部」「店にあるサイズは全部買います」「倉庫のストックを見せてもらえますか?」。バイヤーたちの猟奇的と言えそうな行為や言動に、現地のショップも次第に訝しむ目つきを向けるようになった。 日本ではバブル経済の崩壊後、基本的に円高の流れが続いていた。国内の投資家の海外投資の引き揚げや1994年末のメキシコ通貨危機の影響もあり、1995年に初めて1ドル=80円割れを記録している。それだけに、この頃は人気スニーカーを現地で仕入れられれば、得られる利幅が大きかったのである。 たとえば、全米中に点在するフットロッカーやフットアクションといったチェーンストアで現行モデルを100ドルで買えば8000円。日本で倍の値段を付けても1万6000円と、消費者からすれば、日本での定価より少し高い程度の出費で済む。 価値があるナイキのシューズだと納得していれば、2万円台後半くらいまでは、高校生でも躊躇なくお金を払っていた時代である。何よりこの出会いのタイミングを逃せば次はない、店内にいる他の誰かに買われてしまう、という焦燥感が消費者に染み付いていた。値上がりの理由は“円安”と“仲介業者” しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
日本ではバブル経済の崩壊後、基本的に円高の流れが続いていた。国内の投資家の海外投資の引き揚げや1994年末のメキシコ通貨危機の影響もあり、1995年に初めて1ドル=80円割れを記録している。それだけに、この頃は人気スニーカーを現地で仕入れられれば、得られる利幅が大きかったのである。 たとえば、全米中に点在するフットロッカーやフットアクションといったチェーンストアで現行モデルを100ドルで買えば8000円。日本で倍の値段を付けても1万6000円と、消費者からすれば、日本での定価より少し高い程度の出費で済む。 価値があるナイキのシューズだと納得していれば、2万円台後半くらいまでは、高校生でも躊躇なくお金を払っていた時代である。何よりこの出会いのタイミングを逃せば次はない、店内にいる他の誰かに買われてしまう、という焦燥感が消費者に染み付いていた。値上がりの理由は“円安”と“仲介業者” しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
たとえば、全米中に点在するフットロッカーやフットアクションといったチェーンストアで現行モデルを100ドルで買えば8000円。日本で倍の値段を付けても1万6000円と、消費者からすれば、日本での定価より少し高い程度の出費で済む。 価値があるナイキのシューズだと納得していれば、2万円台後半くらいまでは、高校生でも躊躇なくお金を払っていた時代である。何よりこの出会いのタイミングを逃せば次はない、店内にいる他の誰かに買われてしまう、という焦燥感が消費者に染み付いていた。値上がりの理由は“円安”と“仲介業者” しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
価値があるナイキのシューズだと納得していれば、2万円台後半くらいまでは、高校生でも躊躇なくお金を払っていた時代である。何よりこの出会いのタイミングを逃せば次はない、店内にいる他の誰かに買われてしまう、という焦燥感が消費者に染み付いていた。値上がりの理由は“円安”と“仲介業者” しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
価値があるナイキのシューズだと納得していれば、2万円台後半くらいまでは、高校生でも躊躇なくお金を払っていた時代である。何よりこの出会いのタイミングを逃せば次はない、店内にいる他の誰かに買われてしまう、という焦燥感が消費者に染み付いていた。値上がりの理由は“円安”と“仲介業者” しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
しかし同年7月、日米協調介入などが実施され、アメリカの長期景気回復による経済対策としてドルが高く設定されていく。年末には1ドル=103円台まで上昇。その後は円安と言うべきか、本来の正常値に戻っていった。さらに1996年末には115円台、1997年末には130円台を推移するようになった。 こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
こうなると、同じ100ドルのシューズの価値は、2年間で5000円も変わったことになる。身銭を切ってでも消費者に人気シューズを適正価格で届けたい、という懇篤(こんとく)なショップであれば話は別だが、そうは問屋が卸さない。人気シューズの値がどんどん高くなっていく現象を、若者たちは「人気だからだろう」と納得していたかもしれないが、実はそうした急激な円安傾向が大きな影響を及ぼしていた。 そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
そして次は、仲介業者の介入だ。この頃になると、「エア マックス」人気を新聞やニュース、ワイドショーが取り上げるようになった。世の中にインパクトを与えるべく、メディアは「こんなに高い」「こんなに売れる」「こんなに欲しい」とブームの狂騒の一部を切り取るようになり、世の中の認識とファッション業界の感覚との間にズレが生じていった。 テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
テレビで特集されたら、健全なブームはピークだ。「10万円でも売れるから」と5万円で販売しているショップに行って買い付ける同業者なども現れ、お金に目が眩(くら)むショップは世の中の感覚に歩みを揃えるかのように値上げするようになる。白けていく消費者 全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
全国各地で増え続け、競争が激化した並行輸入店も、話題作りに必死になった。とにかく目玉商品を置かなくてはならない。そのために個人間売買のフリーマーケットで購入したシューズを美中古として販売したり、委託販売を行ったりするお店も急増した。委託の手数料は安くても20%なので、小遣い稼ぎをしたい個人はその分値付けを高くし、ますますマーケットは混沌を深めていく。 そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
そうした状況下、消費者側は徐々に白けていく。 特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
特にブーム前夜にデザインの魅力にいち早く気づき、定価もしくはそれに近い値段で購入できた高感度なユーザーたちは、自分たちの履いているシューズが、俗の対象になっているとわかったことで、早々に狂騒の渦から去っていった。彼らは常に「次のおしゃれ」を探し続ける、生来のハンターなのだ。「エア マックス狩り」「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
「エア マックス95」人気を背景に、1996年後半くらいから新聞やニュースでプレミア化や強奪といった、ブームをネガティブに扱う報道が徐々に増えていったことを覚えている読者も多いだろう。 特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
特に「エア マックス95」はフェイク品が多く出回ったため、手を焼いたナイキジャパンも同年に初めて偽物の販売業者を告訴。商標法違反容疑で警察による家宅捜索も行われた。「エア マックス狩り」という言葉がメディアを通じて、目立ち始めたのもこの頃だ。 もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
もともとスニーカーに限らず、ヴィンテージジーンズやレッド・ウィングのブーツなどが高価格で販売され、それが暴力団やチーマーの資金源になっていると噂されるなど、若者周辺の風紀や治安は今より悪かった。「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
「狩られる」「絡まれる」「盗まれる」。 今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
今振り返ると、悲しいかな、「エア マックス95」だけに限らず、そんな危険とファッションアイテムが隣り合わせにあることが当たり前の時代でもあった。金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
金品となったスニーカー 駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
駅に屯(たむろ)している不良集団の目を避けるため、駅構内のトイレで着替えてから改札を出たり、人混みの中に意図的に埋もれたり。また最寄りではなくとも、安全な駅で降り遠回りして帰路に着くなど、若者側も“宝物”を守るために必死だった。 学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
学校内でも、陸上部やバスケットボール部の部室が荒らされるという事件が頻発。つい少し前まで部室の棚に裸で入れていた、脱ぎ散らかしていたはずのシューズが、ある日から“金品”となってしまったのだ。そのため、部員たちはシューズを巾着袋に入れ、持ち歩いて管理するのが当たり前となった。 また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
また、入り口で靴を脱ぐスタイルの居酒屋でも、酒の力を借りて気が大きくなった若者たちによるスニーカーの窃盗が多数起きたと聞く。その影響か、今や鍵付きの下駄箱を用意する居酒屋がほとんどになっている。 こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
こうした日本の混沌とした状況を前に、一足のスポーツシューズに、スポーツシューズ以上の価値があることを世界は知る。特にアメリカのような「古いものや使い古されたものには価値がない」という概念を持つ国にとって、そのブームは寝耳に水だったと思われる。【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
【前編を読む】“禁じられたバッシュ” が発売30年後も人気を博す意外なワケ 「エア ジョーダン 1」誕生時の知られざる“真実”とは(小澤 匡行)
(小澤 匡行)