「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」口にタオルをくわえさせ後頭部で縛り殺害…“鬼畜夫婦”の残酷な犯行

「もうムリって思って、相手にすんのをやめたんです…」加減することなく息子を殴り、ウサギ用ケージに監禁…犬を次々と死なせた夫婦の言い訳 から続く
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2013年、東京都足立区で起きた虐待死事件。夫婦は3歳の次男をウサギ用ケージに監禁し、口にタオルを巻きつけ殺害した。また次女にも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて、歩き回れないようにしていた。
一体なぜこのような“鬼畜夫婦”が生まれてしまったのか。一度は子育てについて、行政に相談した夫婦。しかし、虐待が止まることはなく、事件は起きてしまった。ノンフィクション作家・石井光太氏による『「鬼畜」の家―わが子を殺す親たち―』(新潮社)から一部抜粋して、事件の背景について紹介する。(全2回の2回目/#1を読む)
◆◆◆
皆川忍=30歳。朋美の夫。4児の父。皆川朋美=27歳。忍の妻。4児の母であり、5人目を妊娠している。
※すべて事件当時の経歴である。

忍と朋美は知り合って1ヵ月も経たないうちに同棲を開始した。2人は毎年のように子供をつくっていく。長女の他、2008年には長男、2009年には事件の被害者である次男・玲空斗君、2010年には次女が生まれた。忍は結婚後に運送会社で派遣社員として働きだすが、給料だけで生計を立てていけず、万引きや詐欺といった犯罪に手を染めていた。
なぜ、行政の支援を受け入れなかったのか。この理由について、忍は「しゃべれねえ奴とどうやって面接するんだ」という思いがあったとか、児童相談所が約束を破ったので「こいつら口だけだな。もういいや」と思ったとうそぶいている。朋美も、これまで相談しても何もしてくれなかった「行政への不信感」があったと語る。 だが、この時期すでに虐待がはじまっていたことを考え合わせると、行政に介入されれば玲空斗君の体のアザがバレる、と恐れていたのではないだろうか。虐待だと認定され、子供たちが一時保護されたら、生活の糧としていた多額の手当が失われる。だからこそ、自ら相談しておきながら、行政が面会や保護の話を具体的に進めようとした途端に、一方的に関係を絶ったと推測できるのである。 ウサギ用ケージでの監禁がはじまったのは、まさにそうした流れからだったのだろう。12月の上旬、玲空斗君がいつものように台所の食材を床にぶちまけてしまう。朋美は、これまでたまっていたものを爆発させるかのように、家にあったケージを指さして忍に言った。「玲空斗が暴れないように、ここに閉じ込めておこうよ!」 忍はそれに同意して、玲空斗君を閉じ込めることにしたのだ。 ケージは、ピンクの台に白い柵がついているものだ。大きさは縦40センチ、横57センチ、高さ46センチ。身長約90センチの玲空斗君が入れられれば、中で膝を抱えて頭を垂れた姿勢をとるのが精一杯だ。体の向きを変えることすらままならない。 監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
だが、この時期すでに虐待がはじまっていたことを考え合わせると、行政に介入されれば玲空斗君の体のアザがバレる、と恐れていたのではないだろうか。虐待だと認定され、子供たちが一時保護されたら、生活の糧としていた多額の手当が失われる。だからこそ、自ら相談しておきながら、行政が面会や保護の話を具体的に進めようとした途端に、一方的に関係を絶ったと推測できるのである。 ウサギ用ケージでの監禁がはじまったのは、まさにそうした流れからだったのだろう。12月の上旬、玲空斗君がいつものように台所の食材を床にぶちまけてしまう。朋美は、これまでたまっていたものを爆発させるかのように、家にあったケージを指さして忍に言った。「玲空斗が暴れないように、ここに閉じ込めておこうよ!」 忍はそれに同意して、玲空斗君を閉じ込めることにしたのだ。 ケージは、ピンクの台に白い柵がついているものだ。大きさは縦40センチ、横57センチ、高さ46センチ。身長約90センチの玲空斗君が入れられれば、中で膝を抱えて頭を垂れた姿勢をとるのが精一杯だ。体の向きを変えることすらままならない。 監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
ウサギ用ケージでの監禁がはじまったのは、まさにそうした流れからだったのだろう。12月の上旬、玲空斗君がいつものように台所の食材を床にぶちまけてしまう。朋美は、これまでたまっていたものを爆発させるかのように、家にあったケージを指さして忍に言った。「玲空斗が暴れないように、ここに閉じ込めておこうよ!」 忍はそれに同意して、玲空斗君を閉じ込めることにしたのだ。 ケージは、ピンクの台に白い柵がついているものだ。大きさは縦40センチ、横57センチ、高さ46センチ。身長約90センチの玲空斗君が入れられれば、中で膝を抱えて頭を垂れた姿勢をとるのが精一杯だ。体の向きを変えることすらままならない。 監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「玲空斗が暴れないように、ここに閉じ込めておこうよ!」 忍はそれに同意して、玲空斗君を閉じ込めることにしたのだ。 ケージは、ピンクの台に白い柵がついているものだ。大きさは縦40センチ、横57センチ、高さ46センチ。身長約90センチの玲空斗君が入れられれば、中で膝を抱えて頭を垂れた姿勢をとるのが精一杯だ。体の向きを変えることすらままならない。 監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
忍はそれに同意して、玲空斗君を閉じ込めることにしたのだ。 ケージは、ピンクの台に白い柵がついているものだ。大きさは縦40センチ、横57センチ、高さ46センチ。身長約90センチの玲空斗君が入れられれば、中で膝を抱えて頭を垂れた姿勢をとるのが精一杯だ。体の向きを変えることすらままならない。 監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
ケージは、ピンクの台に白い柵がついているものだ。大きさは縦40センチ、横57センチ、高さ46センチ。身長約90センチの玲空斗君が入れられれば、中で膝を抱えて頭を垂れた姿勢をとるのが精一杯だ。体の向きを変えることすらままならない。 監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
監禁がはじまって何日間か、玲空斗君は嫌がって、何度もケージの扉を開けて逃げ出した。だが、夫婦は容赦しなかった。ケージの上の扉に重石として英語教材やダンベルを載せ、横の扉は結束バンドで結わえて抜け出せないようにした。同時に、玲花ちゃんにも犬用の首輪をつけ、リードをベッドの脚などに結びつけて歩き回れないようにした。※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
※写真はイメージです iStock.com 夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
夫婦は、こうした行為を虐待と自覚しておらず、あくまで「しつけ」であって、食事やトイレの時に外へ出していたことから自由を与えていたと考えている。まさにウサギや犬を飼うのと同じ感覚だったのだろう。だが、監禁は日ましにエスカレートしていき、年末からは正月の三が日を除けば毎日24時間、行われるようになった。きっかけは、実家でのクリスマスパーティーにあった。うさぎのケージに監禁し始める その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
その日、夫婦は玲空斗君たち子供を実家である小百合の家に預け、外出した。預けられた玲空斗君は、パーティーの最中に朋美の弟のピザを食べてしまった。夫婦がもどってきてから、小百合がその一件を報告したところ、朋美が激怒して忍に命じた。「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「この子、また食べ物取ったんだって! 怒りなよ!」 忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
忍は朋美の言いなりになって、玄関で玲空斗君の首をつかみ宙に持ち上げて顔を近づけると、「おめえ、何やってんだ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君は怯えて泣き、「さい! さい!」(ごめんなさいの意)と必死に謝った。 あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
あまりに玲空斗君が怖がるので、小百合が見るに見かねて朋美に「やめさせな!」と言った。朋美が仕方なしに「もうやめてあげて」と制して、ようやく収まった。これが、2人の虐待が目撃された唯一の場面である。だが、ケージへの監禁の経緯も含め、おそらく足立区のアパートでは、この場面のように朋美が激怒して忍に折檻を命じることがくり返されていたと思われる。 この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
この晩、夫婦は子供たちをつれてアパートに帰ったが、そこでも玲空斗君は別の子供のお菓子を取って食べてしまう。これで夫婦は、「もうずっと閉じ込めなきゃダメだ」と考えるようになり、朝から晩まで毎日ケージに入れておくことにしたのである。 ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
ケージの中で身動きさえとれない日々を過ごすうちに、玲空斗君は日に日に衰弱していった。初めの頃はケージを揺さぶったり、「わー」と大声を上げたりしていたが、騒ぐ回数は徐々に減っていった。やがて言葉すら発しなくなって、ケージの中から家族を恨めしそうにじっと見つめるだけになった。 朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
朋美は、ケージの玲空斗君の眼差しが気持ち悪くてならなかった。ある日、忍を呼んで「玲空斗と目が合うのが嫌だから」と、ケージを何かで覆うように命じた。彼は、二つ返事でケージを段ボールで囲ってしまった。こうして玲空斗君は、ケージの外を見ることすらできなくなった。 夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
夫婦は、こうしたことの残虐性を認識しつつも、「しょうがないこと」と考えていた。2人が有紗の家に遊びに来た時、有紗に向かって忍が平然とした顔でこう言ったことがあった。「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「夜中に玲空斗が、ご飯の残り物とか冷蔵庫の中身とかを勝手に食べちゃうんだよね。だから、ケージに入れてるんだ」玲空斗くんの成長の跡 隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
隣にいた朋美も、当然のように相槌を打つ。「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「閉じ込めてる時は、ずっとTシャツとオムツ1枚にしてる。玲空斗はまだトイレができないから汚しちゃうんだよ」 2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
2人の言葉に驚いた有紗は、「そんなのダメだよ」と注意した。ところが、2人に悪いことをしているという意識はないようで、聞き流していた。 ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
ここまでやっても、2人は罪の意識がなく、寝る前の1、2時間だけ外に出して他の子供と遊ばせていたことから、ちゃんと育児をしているつもりでいた。だがこれから先、玲空斗君をどうするかはまったく考えていなかった。朋美は「成長とともに(玲空斗君がケージに)入らなくなってしまうと思ってました」としか考えていなかったし、忍にしてもその場しのぎの性格を考えれば、計画などなかっただろう。彼は最初から最後まで、朋美に言われたことを何の思慮もなしに実行するか、その時の感情に流されて動くかするだけだった。 2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
2013年の2月に入る頃には、ケージの中の玲空斗君は衰弱が著しくなり、食事もろくに口にしなくなっていた。おそらく足腰の筋力は衰えて、立ち上がったり、何かを訴えたりするような気力すら残っていなかったと思われる。だが夫婦は、「(玲空斗が)食べなければお漏らしすることもない」と、2、3日に1度しか食事を与えないことにする。 こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
こうして、その日が訪れるのである。 3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
3月2日は晴れた土曜日だった。夫婦は朝7時に起き、長女と長男を車に乗せてショッピングモールに遊びに出かけた。玲空斗君と玲花ちゃんはアパートに置き去りにされていたが、すでにこの頃、外出の際はかならず監禁したままにするのが習慣になっていた。 丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
丸一日ショッピングモールで遊んだ後、午後8時頃には自宅近くの「華屋与兵衛」竹の塚店に寄り、しゃぶしゃぶ食べ放題のコースを注文した。「ベーシックコース」なら大人1人2000円強、小学生は半額だから、最低でも6000円超になったはずだ。 一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
一家は9時過ぎに帰宅し、忍は玲空斗君をケージから出してオムツを交換、夕飯にすいとんを食べさせた。忍が調理したもので、玲花ちゃんも一緒に食べる。玲空斗君は床にぺたんとすわって食べさせてもらいながら、「おいしい」とつぶやいた。この頃の玲空斗君はゆっくりとではあるが成長の跡をみせていて、嬉しかったり、よかったりすると、すべて「おいしい」と言っていたのだ。「口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った」 夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
夕飯を終えると、長男と長女はテレビを見て過ごし、玲空斗君は1人でブロックのおもちゃで遊んでいた。午後11時、あと1週間後に出産を控えていた朋美が先に寝室に入った。長男と長女も丸1日遊んだ疲れから、つづいて布団にもぐり込んだ。 忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
忍は3人が寝静まると、玲空斗君を再びケージに入れて、1人リビングで携帯電話をいじっていた。異変が起きたのは、午前2時のことだ。突然、ケージの玲空斗君が、「あー」とか「わー」とかいう奇声を上げだしたのだ。 朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
朋美たちが起きてしまう──。そう思った忍は、ケージに歩み寄って「静かにしろ!」と怒鳴りつけた。玲空斗君がしゅんとして静かになる。だが、その場を離れると、また「あー」「わー」と叫び声を上げる。何度注意しても、玲空斗君は叫ぶのをやめようとしない。 忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
忍は、「新手の嫌がらせをはじめやがった」と思った。それなら力ずくで静かにさせよう。忍はケージを開け、玲空斗君の口にタオルをくわえさせ後頭部で縛った。声を出せなくなった玲空斗君は、膝を抱えた姿勢で頭を垂れて押し黙った。忍によれば、それから何度かケージをのぞき込んで確認し、4時半頃には睡魔に襲われて眠りについたそうだ。 翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
翌朝の日の出は、6時過ぎだった。窓の外が白みはじめても、朋美は子供たちとともに眠りについていた。そんな静寂を、リビングから響いてきた忍の叫び声が破った。6時半頃のことだった。「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「や、やべえ!」 寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
寝室の朋美は、あまりの大声に飛び起きた。何が起きたのかとリビングに行くと、忍がケージの中の玲空斗君をのぞき込んでいた。玲空斗君は口にタオルをくわえさせられ、鼻から白い細かな泡の固まりを出してぐったりしている。泡は、ピンポン玉ぐらいの大きさだった。 朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
朋美は目を疑った。「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「な、何してんの!」「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「夜、うっせえからこうしたんだ」「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「なんで、そんなことすんのよ!」 歩み寄ると、玲空斗君の呼吸はすでに止まっていた。 忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
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忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
忍は玲空斗君を床に横たえ、心臓マッサージを施した。小さな体は、力なく左右に揺れるだけだ。 しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
しばらくそれを見ていた朋美が、いてもたってもいられなくなり、玲空斗君の体に触れた。まだぬくもりがある。水をかければ目を覚ますかもしれない、と思い立って玲空斗君を浴室へ運び、服の上からシャワーで水をかけた。玲空斗君はそれでも目を開けない。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。 朋美は青ざめた。「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
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「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
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「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。(石井 光太)
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(石井 光太)