【徳 瑠里香】「役割を終えたら解散してもいい」林真理子が考える、人生100年時代の家族のかたち

デビューから40年、第一線で書き続けている作家・林真理子さんの最新作『小説8050』(新潮社)。
街で歯科医院を営む大澤正樹と専業主婦の妻・節子、一流企業に勤める娘の由依、一見恵まれた家庭の中には、「引きこもり」という外からは見えない“爆弾”が潜んでいた。見てみぬふりをすることでじりじりと火が近づいてくる恐怖。正樹は父親として7年越しに引きこもりの息子・翔太と向き合う覚悟を決める。家族が破綻して取り返しがつかないことになるその日の前に──。
親子とは? 夫婦とは? 家族とは? 正解のない問いに迫る。
林真理子さん(撮影:林直幸)

――いじめた子たちに裁判で「復讐」をしようと腹を括った正樹が、翔太に本気を見せるために「父さんと死のう」という場面も衝撃的でした。私は親として娘にここまでのことを言えるだろうか。親は子どもに対してどこまで責任を果たすべきなのかと……。
母と娘ではここまでの展開にはならないと思いますよ。娘の暴力は手に負えないほどにはならないだろうし、お母さんは及び腰になっちゃうんじゃないかな。やっぱり女性と男性は体力が違いますから。だから今回は、父と息子の物語にしたんですね。
私自身は親っていうのは、子どもを社会人にする責任はあると思っています。同時に、成人したら子どもは家を出ていくべきだと。だから引きこもってそれができなくなってしまうことには、親にも責任がありますよね。我が家はちょうど娘が今年から、社会人として働き始めました。なので親としての責任はもう果たしたと思っています。いまは娘に対してこうなってほしいという期待はないですね。元気でいてくれれば。まあ急にうつになって引きこもるかもしれないし、これから先どうなるかはわからないんですけれど。――子育てに悩む妻の節子に、友人の奈津子がかける「子どもの出来なんて、籤(くじ)みたいなもん」という言葉にもハッとしました。なかなかそう割り切るのは難しいですが……。“子どもの出来なんて、籤みたいなもんだと思わない?(省略)私たちはたまたまハズレをひいちゃった。これは誰も悪いわけじゃない、原因を探したってどうしようもないって、私は思うことにしているの。――『小説8050』より”奈津子は節子を励ますために言ったんだと思いますけどね。親が子どもに対していい学校を出ていい道に進んでほしいと思うのは当然のことでしょう。誰もが子どもに最低限の学歴はつけさせたいと思うはずです。正樹も医者になってほしいと息子を中高一貫の受験校に進学させる。そこで翔太はいじめに遭って登校拒否になってしまうわけですけれど。経済的なことも含めどれだけ親が環境を用意しても、子どもはそのレールから外れちゃうこともあるわけで。そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
我が家はちょうど娘が今年から、社会人として働き始めました。なので親としての責任はもう果たしたと思っています。いまは娘に対してこうなってほしいという期待はないですね。元気でいてくれれば。まあ急にうつになって引きこもるかもしれないし、これから先どうなるかはわからないんですけれど。――子育てに悩む妻の節子に、友人の奈津子がかける「子どもの出来なんて、籤(くじ)みたいなもん」という言葉にもハッとしました。なかなかそう割り切るのは難しいですが……。“子どもの出来なんて、籤みたいなもんだと思わない?(省略)私たちはたまたまハズレをひいちゃった。これは誰も悪いわけじゃない、原因を探したってどうしようもないって、私は思うことにしているの。――『小説8050』より”奈津子は節子を励ますために言ったんだと思いますけどね。親が子どもに対していい学校を出ていい道に進んでほしいと思うのは当然のことでしょう。誰もが子どもに最低限の学歴はつけさせたいと思うはずです。正樹も医者になってほしいと息子を中高一貫の受験校に進学させる。そこで翔太はいじめに遭って登校拒否になってしまうわけですけれど。経済的なことも含めどれだけ親が環境を用意しても、子どもはそのレールから外れちゃうこともあるわけで。そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――子育てに悩む妻の節子に、友人の奈津子がかける「子どもの出来なんて、籤(くじ)みたいなもん」という言葉にもハッとしました。なかなかそう割り切るのは難しいですが……。“子どもの出来なんて、籤みたいなもんだと思わない?(省略)私たちはたまたまハズレをひいちゃった。これは誰も悪いわけじゃない、原因を探したってどうしようもないって、私は思うことにしているの。――『小説8050』より”奈津子は節子を励ますために言ったんだと思いますけどね。親が子どもに対していい学校を出ていい道に進んでほしいと思うのは当然のことでしょう。誰もが子どもに最低限の学歴はつけさせたいと思うはずです。正樹も医者になってほしいと息子を中高一貫の受験校に進学させる。そこで翔太はいじめに遭って登校拒否になってしまうわけですけれど。経済的なことも含めどれだけ親が環境を用意しても、子どもはそのレールから外れちゃうこともあるわけで。そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
“子どもの出来なんて、籤みたいなもんだと思わない?(省略)私たちはたまたまハズレをひいちゃった。これは誰も悪いわけじゃない、原因を探したってどうしようもないって、私は思うことにしているの。――『小説8050』より”奈津子は節子を励ますために言ったんだと思いますけどね。親が子どもに対していい学校を出ていい道に進んでほしいと思うのは当然のことでしょう。誰もが子どもに最低限の学歴はつけさせたいと思うはずです。正樹も医者になってほしいと息子を中高一貫の受験校に進学させる。そこで翔太はいじめに遭って登校拒否になってしまうわけですけれど。経済的なことも含めどれだけ親が環境を用意しても、子どもはそのレールから外れちゃうこともあるわけで。そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
奈津子は節子を励ますために言ったんだと思いますけどね。親が子どもに対していい学校を出ていい道に進んでほしいと思うのは当然のことでしょう。誰もが子どもに最低限の学歴はつけさせたいと思うはずです。正樹も医者になってほしいと息子を中高一貫の受験校に進学させる。そこで翔太はいじめに遭って登校拒否になってしまうわけですけれど。経済的なことも含めどれだけ親が環境を用意しても、子どもはそのレールから外れちゃうこともあるわけで。そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
正樹も医者になってほしいと息子を中高一貫の受験校に進学させる。そこで翔太はいじめに遭って登校拒否になってしまうわけですけれど。経済的なことも含めどれだけ親が環境を用意しても、子どもはそのレールから外れちゃうこともあるわけで。そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
そうなったら親としては、また必死に新しいレールを引くか、子どもが自分でレールを引くのを応援するかのどちらかだとは思います。それでも子どもの人生は親がコントロールできるものではありません。私は努力した人は報われるべきだって思っていますけど、子どものことは努力だけではどうにもならないこともある。籤引き、くらいに思っていたほうが楽になれることもあるんじゃないですか?……ってそんなの子どもがかわいそうとか言われちゃうんですけど。「嫌いな人のために人生無駄にしてたまるかっ!」――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――子どもに対する過去のいじめを親が知っていく場面も胸が苦しかったです。実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
実際に受験校は、勉強勉強で抑圧されているからいじめが多いみたいなんです。いじめのシーンは名門校で学ばれた親しい友人に聞いたリアルな話で。若いうちの引きこもりのほとんどは学校でのいじめが原因だと聞いたので、深刻な問題ですよね。――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――親として自分の子どもがいじめられたときに気づけるのか、何ができるのか、不安にもなりました。たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
たぶんほとんどの親が、驚き、狼狽し、そして怒るんじゃないですか。なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
なだめすかして、なんとか学校に行かせようと必死になることと思います。子どもが登校拒否になった時、冷静に対応できる親はまずいないと思います。それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
それは仕方のないことですよね。が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
が、うちの中でだけ隠そうとするのではなく、他の人の力を借りる、ということが非常に大切だと思います。公の力を使ってでも、なんとか早いうちに子どもを引っぱり出さなくてはならないのではないでしょうか。それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
それから今の現状に固執しない。もし偏差値の高い学校に通っていたとしても、子どもの心の健康にはかえられません。今は不登校の子どものためにいろいろな学校があります。選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
選択肢を広げてあげるのも、親の大切な使命かと。 ――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――翔太は7年の空白があったものの、自分の人生を取り戻そうと一歩を踏み出しました。いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
いじめられた子は自殺をして復讐をしようと思うのかもしれないけど、いじめた子は社会的制裁も受けず、傷を負わずに生きていくことができてしまう。相手を殺したら自分の人生も台無しなる。だったら、ちゃんと生きるために闘わないと。結局最後は、自分を救えるのは自分しかいないと思うんです。この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
この小説でのいじめっ子たちに対する裁判の判決に対して「もっと裁かれるべきだ」とも思ったんですけどね。翔太くんは裁判を起こしたことで、「復讐したい」というあらぶる魂をおさめるピリオドは打てたわけだから。彼はまだ完全に立ち直っているわけではないけど、これから新規まき直しができると思いますよ。「夫婦円満」なんて本当に稀なこと――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――息子の受験期に舅の介護を担っていた妻・節子の訴えに耳を傾けてこなかった正樹。世間体を捨てたところから親子関係が再生に向かう一方、夫婦関係は保てなくなっていった。親子と夫婦、その関係の違いはどこにあるんでしょう。やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
やっぱり子どもは何があっても添い遂げなければいけない存在だけれど、夫婦はいつでも別れられますから。昭和の価値観を引きずっている正樹は、子育ての責任と介護の負担を妻に押し付けておいて、言っちゃいけないこともたくさん言ってますからね。「お前の子育てが悪かったんだ」とか。子どもが成人するまではなんとか耐えられたとしても、人生を添い遂げるには限界があります。――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――たしかに。子どものために捨て身になることはできても、夫のために捨て身にはなれません(笑)そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
そりゃそうですよ。この小説を書くにあたって専門家に取材をしていたら、「夫婦が円満じゃない家庭に引きこもりは起こりやすい」って聞いて。夫婦関係が悪いから子どもが引きこもりになるのか、子どもが引きこもりだから夫婦関係が悪くなるのか、卵が先か鶏が先かは難しいところなんですけれど。でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
でもそんなこと言ったら、日本中の家庭に起こりうることじゃないですかね?まあ日本の統計上の引きこもり人口が100万人で実際には500万人くらいいるって話も聞いたので、予備軍も含めたら、そういうことなんでしょうけど。「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
「夫婦円満、幸せな家庭」なんて本当に稀ですよ。私の周りで仲のいい夫婦なんて見たことないし、うちもそうですが(笑)。 ――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――林さんのエッセイにもよくご登場されますよね。耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
耐えながら、ネタを提供してくれていると思って、エッセイに悪口を書くことでなんとか成り立っています(笑)。でもそうやって、みんなこんなもんかなって騙し騙しやっているんじゃない? 多くの人は一人で生きていけるほど強くないから、家庭を築こうとするわけで。騙し騙しやっていくしかない。もちろん結婚しない選択肢もありますけれど。「解散」する家族のかたちもある?――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――林さんは『不機嫌な果実』(1996年文藝春秋)、『下流の宴』(2013年文藝春秋)など時代に沿った家族の物語を書いてきましたが、家族観の変化を感じていますか?『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
『不機嫌な果実』は不倫がテーマでしたけど、今の時代、特に有名な人はできなくなっちゃいましたね。週刊誌もネットでもこぞって叩いて失うものが大きすぎる。昔はもっと気楽にガス抜き的に浮気をして調整できたでしょうに。それで家庭を円満に保っていたところもあったかもしれないけど、家庭だけの問題では済まされなくなっちゃったから。夫の不倫に対して妻が謝罪するのもおかしな話。家族だからと言って、そこまでの責任は負わなくていいと思う。今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
今はコロナ禍になって、家族が一つの場所に寄り集まらないといけないから、お互いの欠点が見えてきて、つらいですよね。浮気をしたわけでも暴力を振るったわけでもない。決定的なことがなくてもじわじわと歯車が狂っていってしまう。 ――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――そんな今の時代に、家族関係をどう捉えていったらいいんでしょう?だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
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だからね、小説の中で娘の由依さんが母の節子にかける言葉があるでしょう?私もそう思うようになりました。“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
“家族なんて、その時の役割を果たしたら、解散したっていいんじゃないの。(省略)もっとドライになりなよ。家族ってそんなに有り難がるものじゃないんじゃないの?――『小説8050』より”子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
子どもを社会人にするという親としての役割を果たしたら、夫婦の関係を見直していいと思うんです。夫の介護をしたくない、一緒にいたくないって思ったら離れる選択肢もある。だって人生100年時代にずっと家族でいるなんて本当に大変なことですよ。私は無理だと思う。やってらんない。別に離婚をしなくても、介護の問題とか、誰かに負担が重くのしかかって、家族のかたちがいびつになっていくのなら、一旦解散してもいいんじゃないのかなって。それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
それでもやっぱり必要だって思ったらまた集合してもいいわけだから。この夫婦も別居することにはなったけど、また一緒に暮らすことがあるかもしれない。今は働いている女性も多いし、経済的な自立ができるなら、アメーバみたいにその時々で家族のかたちを変化させていくともできると思う。逆に言えば、いやな夫と我慢してずっと一緒にいなくていいように、女性は絶対に経済力をつけておいたほうがいいですよ。――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
――子育てを終えたら一旦解散!という選択肢もある。そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
そう思います。でもだから、子どもが自立するまでが大変よね。騙し騙しなんとかやってるのに、子どもの存在は、夫婦としてちゃんと生きてるか?親としてちゃんと向き合っているのか?って突きつけてくるわけだから。その一つの答えが「引きこもり」という家庭の問題として現れてくる。世間体のいい話じゃないから、隠したがりますよ。いまは引きこもりに限らず、多くの家族が外からは見えない小さな“爆弾”を抱えているのかもしれませんね。──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
──だからこそ『小説8050』が多くの人の心を捉えているのだと思います。最後に、今後の野心はありますか?いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!
いや、これで燃え尽きちゃって(笑)。まずはせっかく大きな反響をいただいているので、この本をもっと多くの人に届けていきたいですね。今年は新しい連載も始まるので、地方取材にも行ってきます。30年ぶりくらいに書き下ろしにもチャレンジしたいですし。この本の稲刈り(プロモーション)と、今年の苗つけ(連載)と、来年の籾蒔き(企画の仕込み)、全部がんばります!