不倫相手と密会した夜、自宅に帰ると… 不惑の恋を終わらせた“マネキン人形”と妻の“居直り”

そもそも「不倫をいけないもの」だと考える人がいることは理解しているが、現実に「不倫している人がいる」のも真実。不倫に陥ってしまったとき、どういう言動をとるのかは人それぞれで、善悪の判断はできない。【亀山早苗/フリーライター】
高田陽一郎さん(45歳・仮名=以下同)にとって、不倫の恋は遊びではなかった。同時に家庭への責任もより痛感するようになって、自身が引き裂かれるような矛盾に苦しんだという。
「恋したのはマキという女性で、僕が40歳のとき。彼女は28歳、ちょうど一回り下で独身でした。仕事関係で出会った頃、彼女には婚約者がいたんですよ。だけど僕が結婚するなと言ってしまった。相手の男性も知っていたけど、彼がいい人だとは思えなかったから。とはいえ、僕が責任をとることはできない。離婚しようかと思ったこともあったけど、妻には非がないのだから」
妻に非はないが、相性としては良くなかったから、陽一郎さんは悶々とした結婚生活を送っていた。結婚したのは28歳のときで、妻となったヒロコさんは29歳だった。押しかけ婚だと陽一郎さんは苦笑する。
「ヒロコは結婚するつもりで僕に近づいてきたんだと思います。同じ会社の違うフロアで仕事をしていたんですが、同期の友人に言わせると、当時、彼女は親からの“結婚しろ圧力”に苦しんで焦っていたそう。そこで誰か独身はいないかと見渡して僕に白羽の矢が立ったみたいなんです(笑)。僕はどこといって取り柄のない人間ですが、彼女は社内でも美人で物事をはっきり言う女性として有名だった。急に近づいてきた彼女に、最初びっくりしましたけど、そんな美人に言い寄られて悪い気はしませんでした。ただ、あとから聞くと、『陽一郎さんだったら尻に敷けるわよ』と、みんなで焚きつけたらしい。まあ、それは間違っていないんですけどね」 そう言って陽一郎さんは「へへへ」と笑った。確かに妻が尻に敷けそうな夫に見える。だが彼には彼なりのプライドもあるはずだ。「尻に敷かれる生活はそれなりに楽なんですよ。男の沽券みたいなつまらないプライドを捨てればそれですむ。だけど、ひとり息子が8歳になったころかなあ、専業主婦だった妻が仕事に出たんです。それが悪いわけではないけど、妻はけっこうあっけなく、かなりの収入を得るようになった。そうしたらあからさまに僕をバカにし始めて。僕自身、妻が専業主婦のときだって『養っている』とか『オレが稼いでいる』とか言ったことはありません。なのに妻は自分が稼いだら、『あなたももうちょっと頭を使って稼いだら?』と言う。会社員がどうやって収入を増やすんですか。妻の仕事の内容はよくわからないんだけど、ちょっと怪しい事務所に出入りしていて、僕が思うにネズミ講みたいなことをしていたんじゃないかと……。だから心配したんですよ。そうしたら、妻は『自分が稼げないからって嫉妬しないでよ』と言う始末で」 そんなことから陽一郎さんの心は妻から離れていった。いや、以前から寄り添ってはいなかったのかもしれない。それまでは尻に敷かれていることをよしとしているだけで、実際には妻への心からの愛情は持ち合わせていなかったのではないだろうか。「妻がそんなだからマキとつきあったというわけではないと、自分では思っています。マキを逃げ場にしたみたいに受け取られると、彼女がかわいそうだから。ただ、40歳になってもどこか満たされず、心がさまよっていたのは確かだと思います」マキさんからの挑発 マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
そう言って陽一郎さんは「へへへ」と笑った。確かに妻が尻に敷けそうな夫に見える。だが彼には彼なりのプライドもあるはずだ。「尻に敷かれる生活はそれなりに楽なんですよ。男の沽券みたいなつまらないプライドを捨てればそれですむ。だけど、ひとり息子が8歳になったころかなあ、専業主婦だった妻が仕事に出たんです。それが悪いわけではないけど、妻はけっこうあっけなく、かなりの収入を得るようになった。そうしたらあからさまに僕をバカにし始めて。僕自身、妻が専業主婦のときだって『養っている』とか『オレが稼いでいる』とか言ったことはありません。なのに妻は自分が稼いだら、『あなたももうちょっと頭を使って稼いだら?』と言う。会社員がどうやって収入を増やすんですか。妻の仕事の内容はよくわからないんだけど、ちょっと怪しい事務所に出入りしていて、僕が思うにネズミ講みたいなことをしていたんじゃないかと……。だから心配したんですよ。そうしたら、妻は『自分が稼げないからって嫉妬しないでよ』と言う始末で」 そんなことから陽一郎さんの心は妻から離れていった。いや、以前から寄り添ってはいなかったのかもしれない。それまでは尻に敷かれていることをよしとしているだけで、実際には妻への心からの愛情は持ち合わせていなかったのではないだろうか。「妻がそんなだからマキとつきあったというわけではないと、自分では思っています。マキを逃げ場にしたみたいに受け取られると、彼女がかわいそうだから。ただ、40歳になってもどこか満たされず、心がさまよっていたのは確かだと思います」マキさんからの挑発 マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「尻に敷かれる生活はそれなりに楽なんですよ。男の沽券みたいなつまらないプライドを捨てればそれですむ。だけど、ひとり息子が8歳になったころかなあ、専業主婦だった妻が仕事に出たんです。それが悪いわけではないけど、妻はけっこうあっけなく、かなりの収入を得るようになった。そうしたらあからさまに僕をバカにし始めて。僕自身、妻が専業主婦のときだって『養っている』とか『オレが稼いでいる』とか言ったことはありません。なのに妻は自分が稼いだら、『あなたももうちょっと頭を使って稼いだら?』と言う。会社員がどうやって収入を増やすんですか。妻の仕事の内容はよくわからないんだけど、ちょっと怪しい事務所に出入りしていて、僕が思うにネズミ講みたいなことをしていたんじゃないかと……。だから心配したんですよ。そうしたら、妻は『自分が稼げないからって嫉妬しないでよ』と言う始末で」 そんなことから陽一郎さんの心は妻から離れていった。いや、以前から寄り添ってはいなかったのかもしれない。それまでは尻に敷かれていることをよしとしているだけで、実際には妻への心からの愛情は持ち合わせていなかったのではないだろうか。「妻がそんなだからマキとつきあったというわけではないと、自分では思っています。マキを逃げ場にしたみたいに受け取られると、彼女がかわいそうだから。ただ、40歳になってもどこか満たされず、心がさまよっていたのは確かだと思います」マキさんからの挑発 マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
そんなことから陽一郎さんの心は妻から離れていった。いや、以前から寄り添ってはいなかったのかもしれない。それまでは尻に敷かれていることをよしとしているだけで、実際には妻への心からの愛情は持ち合わせていなかったのではないだろうか。「妻がそんなだからマキとつきあったというわけではないと、自分では思っています。マキを逃げ場にしたみたいに受け取られると、彼女がかわいそうだから。ただ、40歳になってもどこか満たされず、心がさまよっていたのは確かだと思います」マキさんからの挑発 マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「妻がそんなだからマキとつきあったというわけではないと、自分では思っています。マキを逃げ場にしたみたいに受け取られると、彼女がかわいそうだから。ただ、40歳になってもどこか満たされず、心がさまよっていたのは確かだと思います」マキさんからの挑発 マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」ある晩、帰宅すると… しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
しかし、1年半ほど前のこと。ある日、彼女と会って終電近くの電車で帰宅すると、家の中が真っ暗だった。そういえば息子は修学旅行に出かけていると言っていたな、ヒロコは仕事なのかな……そう思って陽一郎さんがリビングに足を踏み入れたとたん、和室との境目に何かがぶら下がっているのが薄明かりの中、目に入った。「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」 それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」 彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
彼は言葉を失ったという。「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「今でもあのときのことをうまく言葉にできないんです。ショックだったし、ヒロコのやり方が卑怯だとも思う。怒りがわいたのはもっと後のこと。あのときの自分の心理は言葉にならない、ただひたすらショックで何も考えられなかった」 浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
浮気に気づいていた妻は、慌てふためく夫を見てしてやったりという顔をしていたが、妻がどういうつもりであんな過激な方法をとったのか、陽一郎さんには今も理解できないままだ。「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「人の生き死にを冗談事にしてはいけないと、僕は幼い頃から親に言われていました。だからどんなに頭に来ても冗談であっても、人に『死ね』とは絶対に言わないし、息子にもそれは厳しく言い聞かせてきた。妻も知っているはずなんです。それなのにあんなことをするとは……」 彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
彼は妻に対して一気に不信感を抱いた。妻は「あなたが隠れて不倫なんかしているからよ。私は悪くない」と言い放ったという。「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」 連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」 夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
夫の不倫で傷ついたかもしれない妻、妻の報復でショックを受けた夫。どちらの傷がより深いかを争っても意味がない。この先、ふたりはどうしていこうとしているのだろう。「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
「ギクシャクしながら1年以上、変わらず生活しています。日常生活の惰性と習慣は、そう簡単に変わらないんですね。妻とはあまり話はしませんが、険悪な感じでもない。夫婦の真価が問われるのは、息子が独立してからかもしれません」 夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
夫婦ともに相手を責めてはいない。だがあの一件をお互いに気にしているのはわかっている。あえて話し合うこともせず、日常の流れに身を任せているのだ。客観的に見れば、ふたりともメンタル強いよと内心、ツッコミたくなった。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
デイリー新潮取材班編集2021年7月14日 掲載
2021年7月14日 掲載