我が子2人を殺めた「タイ人妻」事件 姑に土下座、法廷で明かされた“壮絶イジメ”

「子供を殺した――」
昨年3月23日午前、東京都内のある繁華街の駅前交番にタイ国籍の女性が出頭した。
交番から約200メートルほど離れた女性の自宅マンションに捜査員らが向かうと、部屋には中学1年と小学4年の兄妹の遺体が横たわっていた。ふたりには刃物による多数の刺し傷があり、兄の遺体の足元には黄色の、妹の遺体の右脇にはピンク色のカーネーションの花束がそれぞれ置かれていた。
同日、殺人容疑で逮捕されたのは、母親のフルカワ・ルディーポン(当時41)。逮捕当時、夫との間に親権をめぐるトラブルがあったと報じられていたが、裁判員裁判では、長年にわたる“婚家の壮絶ないじめ”が明らかになった。【高橋ユキ/傍聴ライター】
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長男(13=当時)と長女(10=同)に対する殺人罪で起訴された母親、フルカワ被告に対する裁判員裁判は、今年6月7日から東京地裁立川支部で開かれた。公判当初より、犯行当時のフルカワ被告が心神耗弱状態にあったことに争いはなく、また被告は起訴事実を全て認めていた。
検察から懲役20年が求刑されたが、6月17日に下された判決は懲役7年。控訴せず、刑は確定した。河村俊哉裁判長は、「見知らぬ外国での暮らし、孤立無援のなか、夫の一族から生活や子育てにいたるまで10年以上叱責を受け、複雑性心的外傷ストレス障害を発症していた。そのなかで、突然離婚と単身での帰国を迫られ、子供を残して帰国せざるを得ない状況に追い込まれ、子供らに会えなくなると急性ストレス障害を発症した」 と、被告の精神疾患の原因が夫の親族からのいじめにあると認定している。一家総出の「ファミリー・ビジネス」 タイに住んでいたフルカワ被告は、宝石展示会で出会った夫と2006年に結婚し、日本にやってきた。翌年には長男が、09年には長女が誕生している。義理の両親は宝石販売会社を営んでおり、長男である夫も二代目として奮闘していた。事件現場となった駅前の高級マンションに家族4人で暮らしていたが、埼玉県への出店が決まったのち、夫は単身赴任していた。 公判調書では、義母は「ファミリー・ビジネス」という言葉を繰り返し使っている。フルカワ被告と夫のみならず、義弟とその妻も両親の会社を支えていたという。フルカワ被告が担当していたのは、東京の店舗での接客や事務作業だった。被告に命を奪われた子供たちもそんな家族を見て育ち、とくに“三代目”として大事に育てられていた長男は、すでにその自覚が芽生えていたようだ。担任の教師が調書でこう振り返っている。「すでに跡取りとなることを意識していて、おばあさんの話をよくしていたほか、店の仕事を一部任されていると言っていました。『お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている』と話していたので『先生が最初のお客さんになってあげるよ』と言うと『もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった』と言っていました」 一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「見知らぬ外国での暮らし、孤立無援のなか、夫の一族から生活や子育てにいたるまで10年以上叱責を受け、複雑性心的外傷ストレス障害を発症していた。そのなかで、突然離婚と単身での帰国を迫られ、子供を残して帰国せざるを得ない状況に追い込まれ、子供らに会えなくなると急性ストレス障害を発症した」 と、被告の精神疾患の原因が夫の親族からのいじめにあると認定している。一家総出の「ファミリー・ビジネス」 タイに住んでいたフルカワ被告は、宝石展示会で出会った夫と2006年に結婚し、日本にやってきた。翌年には長男が、09年には長女が誕生している。義理の両親は宝石販売会社を営んでおり、長男である夫も二代目として奮闘していた。事件現場となった駅前の高級マンションに家族4人で暮らしていたが、埼玉県への出店が決まったのち、夫は単身赴任していた。 公判調書では、義母は「ファミリー・ビジネス」という言葉を繰り返し使っている。フルカワ被告と夫のみならず、義弟とその妻も両親の会社を支えていたという。フルカワ被告が担当していたのは、東京の店舗での接客や事務作業だった。被告に命を奪われた子供たちもそんな家族を見て育ち、とくに“三代目”として大事に育てられていた長男は、すでにその自覚が芽生えていたようだ。担任の教師が調書でこう振り返っている。「すでに跡取りとなることを意識していて、おばあさんの話をよくしていたほか、店の仕事を一部任されていると言っていました。『お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている』と話していたので『先生が最初のお客さんになってあげるよ』と言うと『もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった』と言っていました」 一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
と、被告の精神疾患の原因が夫の親族からのいじめにあると認定している。一家総出の「ファミリー・ビジネス」 タイに住んでいたフルカワ被告は、宝石展示会で出会った夫と2006年に結婚し、日本にやってきた。翌年には長男が、09年には長女が誕生している。義理の両親は宝石販売会社を営んでおり、長男である夫も二代目として奮闘していた。事件現場となった駅前の高級マンションに家族4人で暮らしていたが、埼玉県への出店が決まったのち、夫は単身赴任していた。 公判調書では、義母は「ファミリー・ビジネス」という言葉を繰り返し使っている。フルカワ被告と夫のみならず、義弟とその妻も両親の会社を支えていたという。フルカワ被告が担当していたのは、東京の店舗での接客や事務作業だった。被告に命を奪われた子供たちもそんな家族を見て育ち、とくに“三代目”として大事に育てられていた長男は、すでにその自覚が芽生えていたようだ。担任の教師が調書でこう振り返っている。「すでに跡取りとなることを意識していて、おばあさんの話をよくしていたほか、店の仕事を一部任されていると言っていました。『お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている』と話していたので『先生が最初のお客さんになってあげるよ』と言うと『もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった』と言っていました」 一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
タイに住んでいたフルカワ被告は、宝石展示会で出会った夫と2006年に結婚し、日本にやってきた。翌年には長男が、09年には長女が誕生している。義理の両親は宝石販売会社を営んでおり、長男である夫も二代目として奮闘していた。事件現場となった駅前の高級マンションに家族4人で暮らしていたが、埼玉県への出店が決まったのち、夫は単身赴任していた。 公判調書では、義母は「ファミリー・ビジネス」という言葉を繰り返し使っている。フルカワ被告と夫のみならず、義弟とその妻も両親の会社を支えていたという。フルカワ被告が担当していたのは、東京の店舗での接客や事務作業だった。被告に命を奪われた子供たちもそんな家族を見て育ち、とくに“三代目”として大事に育てられていた長男は、すでにその自覚が芽生えていたようだ。担任の教師が調書でこう振り返っている。「すでに跡取りとなることを意識していて、おばあさんの話をよくしていたほか、店の仕事を一部任されていると言っていました。『お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている』と話していたので『先生が最初のお客さんになってあげるよ』と言うと『もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった』と言っていました」 一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
公判調書では、義母は「ファミリー・ビジネス」という言葉を繰り返し使っている。フルカワ被告と夫のみならず、義弟とその妻も両親の会社を支えていたという。フルカワ被告が担当していたのは、東京の店舗での接客や事務作業だった。被告に命を奪われた子供たちもそんな家族を見て育ち、とくに“三代目”として大事に育てられていた長男は、すでにその自覚が芽生えていたようだ。担任の教師が調書でこう振り返っている。「すでに跡取りとなることを意識していて、おばあさんの話をよくしていたほか、店の仕事を一部任されていると言っていました。『お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている』と話していたので『先生が最初のお客さんになってあげるよ』と言うと『もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった』と言っていました」 一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「すでに跡取りとなることを意識していて、おばあさんの話をよくしていたほか、店の仕事を一部任されていると言っていました。『お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている』と話していたので『先生が最初のお客さんになってあげるよ』と言うと『もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった』と言っていました」 一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
一方、“ファミリー・ビジネス”を営む家族から見て、フルカワ被告は“出来た嫁”ではなかったようだ。義母は調書で次のように語っている。「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1~2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』。離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」 夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
夫から持ち上がった別れ話――。離婚してひとりでタイに帰国することをフルカワ被告に求めたが、彼女はそれをも望んではいなかった。だが他の家族もこれに同調し、事件2日前には、フルカワ被告は義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されてもいる。事件を起こした日は、サインさせられた離婚届を家族に渡す予定になっていたという。夫が法廷で述べた「妻批判」 証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
証人出廷した夫は、義母と同様、被告の全てを否定した。証言台と傍聴席の間に立てられた衝立でその姿は見えない。「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「(被告は)子供にみすぼらしい弁当を持たせていた。私学に行っているとは思えない、ひどい弁当でした。握り飯と、ちょっとの魚が入った弁当ですよ。なぜだと聞くと被告は『ただのいじめです』と。おかしな親子関係だと思いましたね。子供には被告から遺伝した貧血の持病があり、通院していました。医師に言われたのは、鉄分を摂るようにと。17品目作るように言われていたんですよ。でも被告はそれができなかった。 そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
そして粉ミルクを息子にあげるときも、普通なら温度をチェックすると思いますが、非常に煮えたぎってるお湯を入れて、そのまま飲ませようとしたところを見ました。私は『あっ、この人にはもう育児を任せられない』と。 会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
会社でも、自分のことを『マダム』とか『オーナー』とかそういうふうに客や子供に吹聴する。客から『それは違うでしょ』と言われても見栄を張って……」 金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
金に汚く、接客態度も悪く、育児もできない妻……。夫の真偽不明な批判は止まらない。その間、側にいたフルカワ被告は、首をたびたび横に振りながら否定の意思を示していた。このほか義妹からは「被告が夫(義弟)と不倫をしていた」そして義母からも「夫(義父)と不倫をしていた」といった証言まで飛び出した。正反対の“いじめ”証言も… 第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
第三者から見た家族像は、これと大きく異なる。宝石店に派遣されていた社員は、供述調書に「起こるべきして起こった事件」と告白をしている。「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた」「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンさんに集中し、土下座もさせていた」「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」 加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
加えて、派遣会社の社長は「宝石店とは15年ぐらいの付き合いがある。平成31年4月から令和2年3月まで61人派遣した」としたうえで、「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「なぜこんなに多いかと言うと、一回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから。毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。ルディーポンの土下座を見るのが辛いといって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」 義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
義母については、被告に手を出していたことも認めている。が、それはあくまでも被告に非があったとの主張だ。「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「被告には問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書) さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
さて、当のフルカワ被告は法廷でどう語ったか。裁判所も認定した婚家のいじめが存在したにもかかわらず、被告人質問では「私は夫と離婚することを全く考えたことがなかった。彼のことを愛していたし、家族のことも愛していた」と涙ながらに語り、動機を次のように明かした。「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら一ヶ月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。私は子供と離れ離れになりたくなかった。以前、義母から『これから子供たちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子供に会えないと思った」 離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
離婚に応じてしまえば、一人でタイに帰国することになり、子供たちにも二度と会えなくなる。事件当日の朝に「子供を殺そうと、包丁を取って、何度も躊躇ったが、一緒に暮らせないなら殺そうと決めた」という。「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
「そのときは自分、わからない、きっと頭おかしかった。きっと子供たちは悲しんでいたと思う。母親が悪いことをして、悲しかったと思うし、とても痛かったと思う……」 泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
泣きながら語っていたが、子供たちはもう戻ってはこない。 検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
検察の論告では、「大人の事情を子供に向けるのは筋違い。まさしく子供の命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と指摘。一方、判決時には、周囲にママ友も相談できる知人もいなかった被告を「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し、犯行に及んだ」と認定している。高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
高橋ユキ(たかはし・ゆき)傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
デイリー新潮取材班編集2021年7月15日 掲載
2021年7月15日 掲載