「“何者にもならない”人を書きたい」新直木賞作家・澤田瞳子が〈時給940円のアルバイト〉を15年続ける理由

――このたびは『星落ちて、なお』の直木賞受賞、おめでとうございます。昨日は発表までどのように過ごされたのですか。
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澤田 担当の方たちと数名でご連絡を待っていたのですが、久留米で東山彰良さんが葉室麟さんのお友達の方たちと一緒に待ち会をしてくださっていて、そちらとビデオ通話をしたりしていました。
そんな最中に高校時代の後輩から、「直木賞にノミネートされているなんて知らなかった!」ってメッセージがきたりして。スマホが光るたびに担当編集者さんがちらっちらっと気にしてらっしゃる状態が長く続き、その挙句の果ての受賞の連絡でした(笑)。
澤田瞳子さん
――楽しそう(笑)。受賞作『星落ちて、なお』は明治期の話で、主人公は日本画家、浮世絵師の河鍋暁斎の娘、とよ(河鍋暁翠)ですね。
澤田 天才の子どもに興味があったのです。その一方で、河鍋暁斎にもずっと関心はあったんですが、ああいう非凡な絵師を主人公にすると以前書いた『若冲』と同じことになる。暁斎の子どもたちも絵師になっているということで、天才の近くで生きざるをえなかった彼らを書いてみたいと思いました。
兄の周三郎も絵師になりましたが、とよさんは子孫の方が今も生きているということと、彼女の子どもたちは絵師にならなかったというところに特に惹かれました。――澤田さんはこれまで奈良や平安といった古代を書くことが多かったですよね。それに比べると明治期に関しては史料が多いと思いますが。澤田 たくさん史料がある中から何を作るか考えるのは楽しかったです。たとえば栗原玉葉は史実を見る限り、とよが女子美術学校で教えていたのとほぼ入れ替わりで入学しているので、ひきつぎなどの際にすれ違っている可能性もあるなと考えました。同じ時代なのに二人の絵はなぜこんなに違いがあったのかということも興味深くて。 彫刻家の北村四海とも弟の縁で接点があってもおかしくないから、彼が博覧会で自分の作品を破壊した「霞事件」も絡んでくるだろう、などと想像していきました。「何者にもならない人」のほうを書きたい――周囲の人物が個性的ななか、とよさんは地味といえば地味ですよね。自分のことを父には及ばないとも自覚している。そういう人を主人公にしているところがいいなと思いました。澤田 実際にとよさんを知っている方にお話を聞くと、怒った顔を見たことがないそうです。とても我慢強い方だったようですね。だからこそ、彼女の苦しみだったり、周囲が幅をきかせるなかで小さくならざるを得なかったところを掬いあげたいなと思いました。 人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――澤田さんはこれまで奈良や平安といった古代を書くことが多かったですよね。それに比べると明治期に関しては史料が多いと思いますが。澤田 たくさん史料がある中から何を作るか考えるのは楽しかったです。たとえば栗原玉葉は史実を見る限り、とよが女子美術学校で教えていたのとほぼ入れ替わりで入学しているので、ひきつぎなどの際にすれ違っている可能性もあるなと考えました。同じ時代なのに二人の絵はなぜこんなに違いがあったのかということも興味深くて。 彫刻家の北村四海とも弟の縁で接点があってもおかしくないから、彼が博覧会で自分の作品を破壊した「霞事件」も絡んでくるだろう、などと想像していきました。「何者にもならない人」のほうを書きたい――周囲の人物が個性的ななか、とよさんは地味といえば地味ですよね。自分のことを父には及ばないとも自覚している。そういう人を主人公にしているところがいいなと思いました。澤田 実際にとよさんを知っている方にお話を聞くと、怒った顔を見たことがないそうです。とても我慢強い方だったようですね。だからこそ、彼女の苦しみだったり、周囲が幅をきかせるなかで小さくならざるを得なかったところを掬いあげたいなと思いました。 人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 たくさん史料がある中から何を作るか考えるのは楽しかったです。たとえば栗原玉葉は史実を見る限り、とよが女子美術学校で教えていたのとほぼ入れ替わりで入学しているので、ひきつぎなどの際にすれ違っている可能性もあるなと考えました。同じ時代なのに二人の絵はなぜこんなに違いがあったのかということも興味深くて。 彫刻家の北村四海とも弟の縁で接点があってもおかしくないから、彼が博覧会で自分の作品を破壊した「霞事件」も絡んでくるだろう、などと想像していきました。「何者にもならない人」のほうを書きたい――周囲の人物が個性的ななか、とよさんは地味といえば地味ですよね。自分のことを父には及ばないとも自覚している。そういう人を主人公にしているところがいいなと思いました。澤田 実際にとよさんを知っている方にお話を聞くと、怒った顔を見たことがないそうです。とても我慢強い方だったようですね。だからこそ、彼女の苦しみだったり、周囲が幅をきかせるなかで小さくならざるを得なかったところを掬いあげたいなと思いました。 人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
彫刻家の北村四海とも弟の縁で接点があってもおかしくないから、彼が博覧会で自分の作品を破壊した「霞事件」も絡んでくるだろう、などと想像していきました。「何者にもならない人」のほうを書きたい――周囲の人物が個性的ななか、とよさんは地味といえば地味ですよね。自分のことを父には及ばないとも自覚している。そういう人を主人公にしているところがいいなと思いました。澤田 実際にとよさんを知っている方にお話を聞くと、怒った顔を見たことがないそうです。とても我慢強い方だったようですね。だからこそ、彼女の苦しみだったり、周囲が幅をきかせるなかで小さくならざるを得なかったところを掬いあげたいなと思いました。 人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――周囲の人物が個性的ななか、とよさんは地味といえば地味ですよね。自分のことを父には及ばないとも自覚している。そういう人を主人公にしているところがいいなと思いました。澤田 実際にとよさんを知っている方にお話を聞くと、怒った顔を見たことがないそうです。とても我慢強い方だったようですね。だからこそ、彼女の苦しみだったり、周囲が幅をきかせるなかで小さくならざるを得なかったところを掬いあげたいなと思いました。 人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 実際にとよさんを知っている方にお話を聞くと、怒った顔を見たことがないそうです。とても我慢強い方だったようですね。だからこそ、彼女の苦しみだったり、周囲が幅をきかせるなかで小さくならざるを得なかったところを掬いあげたいなと思いました。 人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
人が何者かになる物語を書くのは簡単ですが、何かになれる人は本当はそう沢山はいませんよね。多くの人は何かになろうとすら意識せずに一生を終えていく。英雄ではなく、そういう歴史の中で目立たない人の方を書いてみたいんです。人生って毎日の中で小さな幸福な気づきがあって、それで自分自身を肯定することができたら、とても幸せなのじゃないかという思いがあります。――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――明治は、絵画の流行も大きく変わっていく時期。求められるものが変わり、絵師たちも振り回されていく。そこも読みどころですね。澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 その点で、画壇の変化に振り回された栗原玉葉などはある意味悲劇的な人ですね。数年単位で変わっていくものに流されていく人は本当に多い。時代の変化に乗っかって成功していく人を書くほうが簡単かもしれませんが、でも乗っからないからこそ見えるもの、その奥にあるものに惹かれます。それをどういうふうに書けるかなと思っていましたが、今回とよさんを通じて一つの答えを出せたのは嬉しかったです。――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――とよさんは変わらなかったからこそ、冷静に振り回される人たちを眺めることができましたね。澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 変わらない人が一番強いんじゃないですかね。ちょっと話が外れるかもしれませんが、歴史小説ってそもそももう決まってしまった過去、つまり変わらないものを書くじゃないですか。現代の社会はどんどん変わっていくけれど、過去は変わらない。だからこそ、変わらないものを書きたいのかもしれません。15年続けている、「時給940円のアルバイト」――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――澤田さんは最近、江戸や近代ものを書くことも増えていますよね。澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 時代が平成から令和に変わったというのは大きいですね。このお仕事を始めて11年になりますが、平成から令和になって、明治や大正も書いてもいいんじゃない? という雰囲気を感じます。今後は明治大正が歴史小説のひとつの主戦場になるんじゃないかと思っています。この時代、今まで書かれていないけれど魅力的な人がいっぱいいるんですもん。――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――そもそも歴史がお好きだったのですか。澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 私は知らないことが知りたいんです。明治大正であっても戦国であっても、知らないことが知りたい。その中で、古代というのはやっぱりわからないことが多いので、惹かれる割合が高いです。――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――それで、大学でも歴史を専攻されて。澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 研究者志望で、大学院を出ました。研究者って九分九厘まで事実を積み上げて、その上でほんのわずかなところに推測をもたせるんですね。ところが私は7割くらい積み上げた段階で、「もういいや」ってはしごを下ろしちゃうんですよ。私は推測のほうが楽しいんだなと気づきました。 たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
たとえば『夢も定かに』という奈良時代の女官たちの話で、生理休暇があるって書いたんですよね。読者さんからも「そんな記録があるんですか」と訊かれたんですが、実はそういう史料はないです。だけど、血が汚れだった時代において、やっぱり生理の時期は強制的にお休みさせられたんじゃないのかなと想像すると、古代の姿がちょっとはっきりする。史料にないから証明できないことも、推測で明らかになることがあれば推測したくなるので、やっぱり自分は研究には向いていないな、となりました。 それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
それで飛び出すように大学院を辞めて、どういうふうに歴史にアプローチできるかなと考え、最初は歴史エッセイを書き、もうちょっと長く手に取ってもらえる何かを、と考えて、結局小説を書き始めました。 でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
でも、大学院をやめるまでの間にどこか就職口があれば、きっとそっちに進んでいたと思います。博物館の学芸員さんとか、自治体の文化財課職員とか。今でも私は貪欲なので、他の道も諦めたくないんです。だから、いまだに大学で事務員のアルバイトもしています。時給940円でコピーとったりお茶くみしたりしてますよ。学生さんに「はい、プリント」って対応したり。今度の土曜日もバイトですよ。――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――あれ、御名刺に客員教授とありましたが。澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 えっと、「同志社大学客員教授兼アルバイト職員」というのが私の正式な肩書です。 客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
客員教授については高等研究教育院という組織が学内にあって、今年度からそこが開催しているプログラムで文章の書き方のようなものを教えてほしいと頼まれました。アルバイト職員のほうはかれこれもう15年ほど続けています。そちらは博物館学芸員課程という、学芸員さんを養成するための講座があり、そこの研究室のアルバイトです。――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――アルバイトしていると、史料が見られるなどのメリットがあるとか?澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 そこまで大げさなものじゃなくて、もともとアルバイト職員になったのは大学図書館を使えると言われたからなんです。今は状況が変わってしまったのですが、それを差し引いてもいろんな大学・博物館にご所属の研究者の方々に、わからないことを直接お尋ねできるというメリットもあるんです。論文にも書かれていないような、しょうもないことでも。例えば平安時代の仏師について、「先生、あの人って髪型は坊主頭だったと思う?」などと訊ける。 それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
それともうひとつ、先ほど少し言いましたように、他の人生を諦めたくないのです。小説家であることに溺れ自分を甘やかし、他のことが見えなくなるのが怖いです。小説家って、大事にしてもらえるじゃないですか。そこに溺れる自分が嫌で、時給940円でコピーをとって、そ知らぬ顔で書類抱えて学内を走ってます。関心は「能」、「火山」、「パンデミック」……――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――昨日に記者会見で、「葉室さんにどんな時も書けと言われたけれど、私はつい遊んでしまう」とおっしゃっていましたよね。遊ぶって、何をされるんだろうと思って。澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 だいたい猫と戯れています。あとは読書と。――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――コロナ禍なので難しいですが、出掛けるのは好きですか。お能もお好きだと思うので観劇とか……。澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 大学で、サークルの能楽部に入っていたんです。他の方は大学を出て就職なさったり結婚なさって子どもができたりしてやめられていくんですけれど、私は就職もしていないし子どももいないしで、ずるずると長く続けています。その関係で、まあ不肖の弟子で、あまりお稽古日には姿を見せず、師匠とはご飯を食べにいくだけの関係みたいな部分もありますが。――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――古典芸能のなかでも、能に惹かれたのはどうしてですか。澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 高校生の時に観たら全然面白くなくて、でも面白いと言っている人がいる。ひょっとしたら、習ったら面白みがわかるのかなと思い、それで能楽部に入りました。面白いところもあるとはわかりましたが、眠たい演目はいまだに爆睡します。――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――知らないことを知りたいアンテナが多方面に向かっているのですね。澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 そうかもしれません。いま光文社さんの『小説宝石』で、平安時代に富士山が噴火する「赫夜」という話を書いているんです。火山とか地学とかもともと大好きなので、知らないことを調べるのがめっちゃ楽しくて。漢文の史料には慣れているけれど、地学の資料はグラフとかドイツ語がいっぱい出てくるんですよ。それで「地学入門」を読んだりして。――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――興味の方向がいろいろですよね。『火定』は、天平のパンデミックの話でした。まさかコロナ禍が起きるなんてまったく思っていない頃の作品ですよね。澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 教科書を読みますと、「奈良時代に天然痘が流行りました。おしまい」じゃないですか。「でもこれ現実的にはめちゃ大変だったよね」と思って、その時に何が起きていたのかを知りたくなりました。でも史料といっても、何月何日に大納言が死んだ、というようなそっけない記録しか残っていなくて。今回の『星落ちて、なお』は史実と史実を結び合わせる作業でしたが、『火定』は入口と出口しかない建物をどうやって建てようかなという作業でした。「やっぱ週3日以上が条件か……」いまだにチェックしてしまう――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――そこで疫病のことを調べて、医療崩壊を描かれているのだからすごい。澤田さんは理系もお好きなのかなと。澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 好きですね。中学の時に長野まゆみさんのお作で鉱物や天体にすごく興味を持った世代です。 そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
そうそう、大学院を出てさてどうやって生きていこうと迷った時、選択肢が三つあったんです。まず、歴史系のアルバイトを続ける。結局この道を辿ったわけですが、もうひとつが看護学校に入って看護師を目指す、三つめが海洋学部のある大学に入って水族館の飼育員を目指す、というものでした。結局、試験勉強をやる必要のない安易な道を選んで今ここにいます。――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――水族館の飼育員、ですか。澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 系統だった勉強はできていませんが、魚類や海獣は大好きです。一日中アシカを眺めていられます。今も時々水族館のアルバイト募集を調べますね。専門知識がないので、グッズショップなどのスタッフになりますが、「やっぱ週4日以上が条件か……」とか言いながら(笑)。――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――水族館ものの小説となると現代が舞台になるから書くのは難しいでしょうか。でも、水族館ものを書くとなれば、取材に行き放題ですよ?澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 動物園ものなら明治期を舞台に書けるだろうけれど……。日本の水族館って、いつできたんでしょうね。でも取材、いいですねえ。行きたいなあ(笑)。 動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
動物園や水族館のように、生体を扱っている場所はグループワークでハード面もソフト面も支えている点が、一人でお仕事する小説家としては羨ましいんです。私は組織ものも結構好きなんです。律令制の時代をよく書くのは、法律の中で生きた人たちって面白いなと思っているからなんです。いくつになっても、新しいことに挑戦したい――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――さて、今後のご予定というと、まずは「赫夜」ということでしょうか。澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 それと「オール讀物」で、江戸時代の初期に中国からやってきた隠元という禅僧を取り巻く人たちの話を書いています。あとは今年の後半くらいに脱稿できれば嬉しいなと思っているのが初めての戦国もので、不干斎巴鼻庵、ハビアンという人物の話です。元々お坊さんだったんですが、キリスト教徒になり、ところがその後、なんと修道女と逃げてしまって。棄教して今度は反キリストの急先鋒になったという彼について書こうとしてます。――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
――初めての戦国ものですか。毎回新たな挑戦をされていますね。澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
澤田 知らないことを知りたいから、いつも違うことを選んでしまうんです。だからコスパが悪い。 私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
私は皆川博子先生が憧れで。おいくつになられても新しいことに挑戦なさり、日本を舞台にしたものから世界を舞台にしたもの、時代もまさに縦横無尽にどんどん変化を続けられている。ああいう作家になりたいんですよね。そして長く書ける作家でいたいと思っています。撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
撮影=松本輝一/文藝春秋(瀧井 朝世)
(瀧井 朝世)
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