37歳男性記者が水難救助隊に「一日入隊」して分かったこと

今年も夏休みが半ばを過ぎた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で遊びに行く機会も限られそうだが、この時期に気をつけたいのは水の事故だ。水難事故の現場に真っ先に駆けつける専門部隊が警視庁にある。彼らは日々、どのような訓練をしているのか。卓越した技術を体感しようと、学生時代にトライアスロンやダイビングをかじった記者(37)が「一日入隊」した。【斎藤文太郎】
乗組員「海洋生物に衝突」 佐渡・高速船事故、乗客13人重傷
「かっぱの二機」
警視庁に10隊ある機動隊のうち、水難救助隊は第2(江戸川区)、第7(府中市)、第9(江東区)の3隊にあり、計約130人の隊員が所属する。中でも1972年発足で最も歴史があるのが、第2機動隊の水難救助隊だ。持ち場は荒川や江戸川流域。「かっぱの二機」の愛称もある同隊の門をたたいた。
隊員の助言を受けながらウエットスーツを身につけると、ぴったりフィットし、体が軽く締め付けられる。やや息苦しく、手足も動かしにくいが、学生時代を思い出す懐かしい感触だった。
準備が終わると、いよいよ隊舎内の屋内プールへ。プールは長さ25メートル、幅15メートル、底は階段状になっており、深さは1メートル、3メートル、5メートルと変わる。入水すると、ウエットスーツを着ているため体は自然に浮いた。
屋内プールの水温は19度。ウエットスーツを着ていることもあり、冷たさは感じない。保温性の高いスーツを着ていることから、脱水症状にも気をつける必要があるという。 最初に体験したのは溺れている人の救出訓練だった。 まず、記者がプール内から救助を求める要救護者役になった。「助けて」。そう叫ぶと、すぐに1人の隊員が泳いできてくれ、あっという間に後ろから抱きかかえられた。そのままの態勢で隊員は足だけを使い、プールに浮かんだ救助ボートに向けて進んでいく。ボートに達すると、今度はそこで待機していた隊員2人が体重65キロの記者をするりと持ち上げた。 今度は記者がボート上の隊員役になった。溺れた人に見立てた人形の脇に腕を回してボートに引きずり上げようとしたが、重くてなかなか上がらない。ボート上にいたもう1人の隊員と力を合わせ、何とか人形をボートに上げ、あおむけにして寝かせることができた。かなりの重労働だ。 救助した人をあおむけに寝かせる方向にもルールがあるという。「頭をボートの先頭に向けると、進行方向が見えなくなり救助された人が恐怖感を抱く。そのため、ボートの後ろ側に頭がくるようにしています」。隊員が教えてくれた。 現実の救助活動では、引っ張り上げられるときにパニック状態になる人も少なくないという。また、プールの水面と異なり、波が高かったり、流れが速かったりすればボートの足場も不安定になる。訓練自体は何とかこなせたが、現場はより過酷なのだろう。5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
最初に体験したのは溺れている人の救出訓練だった。 まず、記者がプール内から救助を求める要救護者役になった。「助けて」。そう叫ぶと、すぐに1人の隊員が泳いできてくれ、あっという間に後ろから抱きかかえられた。そのままの態勢で隊員は足だけを使い、プールに浮かんだ救助ボートに向けて進んでいく。ボートに達すると、今度はそこで待機していた隊員2人が体重65キロの記者をするりと持ち上げた。 今度は記者がボート上の隊員役になった。溺れた人に見立てた人形の脇に腕を回してボートに引きずり上げようとしたが、重くてなかなか上がらない。ボート上にいたもう1人の隊員と力を合わせ、何とか人形をボートに上げ、あおむけにして寝かせることができた。かなりの重労働だ。 救助した人をあおむけに寝かせる方向にもルールがあるという。「頭をボートの先頭に向けると、進行方向が見えなくなり救助された人が恐怖感を抱く。そのため、ボートの後ろ側に頭がくるようにしています」。隊員が教えてくれた。 現実の救助活動では、引っ張り上げられるときにパニック状態になる人も少なくないという。また、プールの水面と異なり、波が高かったり、流れが速かったりすればボートの足場も不安定になる。訓練自体は何とかこなせたが、現場はより過酷なのだろう。5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
まず、記者がプール内から救助を求める要救護者役になった。「助けて」。そう叫ぶと、すぐに1人の隊員が泳いできてくれ、あっという間に後ろから抱きかかえられた。そのままの態勢で隊員は足だけを使い、プールに浮かんだ救助ボートに向けて進んでいく。ボートに達すると、今度はそこで待機していた隊員2人が体重65キロの記者をするりと持ち上げた。 今度は記者がボート上の隊員役になった。溺れた人に見立てた人形の脇に腕を回してボートに引きずり上げようとしたが、重くてなかなか上がらない。ボート上にいたもう1人の隊員と力を合わせ、何とか人形をボートに上げ、あおむけにして寝かせることができた。かなりの重労働だ。 救助した人をあおむけに寝かせる方向にもルールがあるという。「頭をボートの先頭に向けると、進行方向が見えなくなり救助された人が恐怖感を抱く。そのため、ボートの後ろ側に頭がくるようにしています」。隊員が教えてくれた。 現実の救助活動では、引っ張り上げられるときにパニック状態になる人も少なくないという。また、プールの水面と異なり、波が高かったり、流れが速かったりすればボートの足場も不安定になる。訓練自体は何とかこなせたが、現場はより過酷なのだろう。5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
今度は記者がボート上の隊員役になった。溺れた人に見立てた人形の脇に腕を回してボートに引きずり上げようとしたが、重くてなかなか上がらない。ボート上にいたもう1人の隊員と力を合わせ、何とか人形をボートに上げ、あおむけにして寝かせることができた。かなりの重労働だ。 救助した人をあおむけに寝かせる方向にもルールがあるという。「頭をボートの先頭に向けると、進行方向が見えなくなり救助された人が恐怖感を抱く。そのため、ボートの後ろ側に頭がくるようにしています」。隊員が教えてくれた。 現実の救助活動では、引っ張り上げられるときにパニック状態になる人も少なくないという。また、プールの水面と異なり、波が高かったり、流れが速かったりすればボートの足場も不安定になる。訓練自体は何とかこなせたが、現場はより過酷なのだろう。5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
救助した人をあおむけに寝かせる方向にもルールがあるという。「頭をボートの先頭に向けると、進行方向が見えなくなり救助された人が恐怖感を抱く。そのため、ボートの後ろ側に頭がくるようにしています」。隊員が教えてくれた。 現実の救助活動では、引っ張り上げられるときにパニック状態になる人も少なくないという。また、プールの水面と異なり、波が高かったり、流れが速かったりすればボートの足場も不安定になる。訓練自体は何とかこなせたが、現場はより過酷なのだろう。5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
現実の救助活動では、引っ張り上げられるときにパニック状態になる人も少なくないという。また、プールの水面と異なり、波が高かったり、流れが速かったりすればボートの足場も不安定になる。訓練自体は何とかこなせたが、現場はより過酷なのだろう。5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
5人で“凶器”捜索 水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
水難救助隊員は人員を助けるだけでなく、事件捜査のために出動することもある。例えば、犯人が海や河川に投げ捨てた凶器や証拠品を捜すケースだ。 訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
訓練では、濁った水中を再現するため、視界をテープで塞いだゴーグルを装着した隊員5人が、水上のボートから垂らされたロープをたどりながら潜水していく。5人がプールの底に着くと、片方の手でロープを握りながら円を描くように捜索を始める。間もなく1人の隊員が刃物を見つけた。その隊員が2度、ロープを引っ張るのが「発見した」という合図。5人はロープをたどりながら浮上していった。 記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
記者も視界を覆ったゴーグルを付けて15メートル泳ぐことになった。先が見えないことに想像以上の恐怖を感じる。伸ばした手の先にナイフがあったら……。そんなことを考えながら泳ぐと、いつの間にか真っすぐ進むことができず、コースを外れていた。それでも泳ぎ切ると、見守った隊員が拍手をしてくれた。水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
水圧で肺に痛み 水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
水難救助隊に配属になると、「潜水士」の国家資格だけでなく、警視庁独自の検定に合格する必要がある。隊員の中には学生時代に競泳やダイビングの経験がある人もいるが、未経験者が配属されることもあるという。そうした隊員も早ければ半年ほどで現場に出なければならない。 検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
検定には複数の実技があるが、今回はそのうち、「平行潜水」と「立ち泳ぎ」を体験した。 平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
平行潜水は水深5メートルまで潜り、そのまま水底と平行に30メートル泳ぐものだ。空気タンクは背負わず、もちろん息継ぎもなし。最も厳しい訓練の一つで、途中で失神する隊員もいるという。 「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
「深さ5メートルは危ないので、3メートルにしておきましょう」。そう言われた記者は、ウエットスーツの浮力を打ち消すため、腰のベルトに7キロの重りを付け、肺いっぱいに空気を吸い込み、勢いをつけて潜った。ところが、思いのほか体は下に進まない。焦って足に力を込めると思わず呼吸が漏れ、大きな泡になって消えた。あっという間に呼吸が苦しくなる。 足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
足ヒレをばたつかせて底に近づいたが、深くもぐっていくと水圧で肺が縮み、胸に痛みを覚えた。「体験に来た記者が本当に救助されてはまずい」。急いで浮上すると、横で安全確保のために見守ってくれていた隊員がすぐに肩を貸してくれた。悔しさとともに、安堵(あんど)感がこみ上げた。 次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
次は1分間の立ち泳ぎ。平行潜水はできなかったので、「次こそは」と気合を入れ直す。腰につけた7キロの重りに加え、両手に1キロずつ重りを持つ。隊員はさらに20キロ以上ある空気タンクを背負って訓練するというが、そこは大目に見てもらった。 「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
「よーい、スタート!」。隊員の掛け声に合わせ、足ヒレを水中で往復させる。最初は「意外といけそうだ」という印象。ところが、30秒を過ぎたころから足が重くなり、腕もぷるぷるしてきた。わずかに足の動きを緩やかにするとすぐに体が沈み、口に水がかかる。 「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
「残り10秒!」。最後の数秒が長い。水中にいるのに、喉が渇く感覚を覚えた。何とかクリアしたが、はしごを使ってプールサイドに上がると全身がなまりのように重かった。隊員には「普段訓練をしていないのにすごいです」と言われたが、苦笑いを返すのが精いっぱいだった。休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
休日もトレーニング 訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
訓練後、指導してくれた畑生(はたぶ)高紀巡査長(29)に話を聞いた。埼玉県出身で、高校時代には競泳の全国大会で入賞経験もあるというツワモノだ。 大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
大学生の時に起きた2011年の東日本大震災では、岩手県陸前高田市に住んでいた父の知人が津波で亡くなった。その後に同市を訪れ、被害の大きさを目の当たりにした。「競泳の経験を生かし、多くの人を救いたい」。警視庁の警察官を志したのは、広域緊急援助隊として全国に派遣されるイメージがあったからだ。 「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
「泳ぎには自信があった」という畑生巡査長だが、水難救助隊に配属された当初は戸惑いも大きかった。「潜ってみると水圧で耳が痛くなった。プールと違い、流れや濁りのある現場にも苦労した」。休日も公営プールなどを使ってトレーニングし、警視庁独自の検定に合格したという。 今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
今年4月には、東京都板橋区の新河岸川で溺れていた小学2年の男児(当時7歳)を助けようとして川に飛び込んで行方不明になった40代男性の捜索に出動した。男児は病院で死亡が確認され、男性は約7キロ流されて4日後に遺体で発見された。「結果的に救助できなかった」。悔しさが募るが、「どんな現場でも最善を尽くせるように訓練を続けていきたい」と話す。 第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。
第2機動隊の久古雅人副隊長は「夏場は出動頻度が高くなるため、湾岸部周辺の警察署に待機し、迅速に対応できるようにしている。要請があった場合は救助活動に全力を尽くす」と力を込めた。