働き方改革を進めるはずが「逆パワハラ」が始まった…すべての社会人が知っておきたい“部下”からの逆襲の“リアル”

セクハラ、モラハラ、ジタハラ、パワハラ……。職場環境におけるハラスメント問題は労働における大きな問題といえる。そうした課題の解決に中心的立場として取り組むのが経験豊富な社員だ。しかし、課題解決のための努力が空回りし、逆に部下からのハラスメントを受けてしまうケースもあるという。
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ジャーナリストで近畿大学教授の奥田祥子氏は、市井の人々への取材を20年以上にわたって実施し、『捨てられる男たち 劣化した「男社会」の裏で起きていること』(SBクリエイティブ)を上梓した。ここでは同書の一部を抜粋し、部下からのハラスメントに足元をすくわれた男性のエピソードを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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◆◆◆
働き方改革に向けて政府が本格的に動き出した2015年、東京に本社のある電子部品メーカーで人事部次長を務める野村裕一さん(仮名、当時48歳)はこう力説した。
「10年ほど前に安倍さん(首相)が提唱しながら立ち消えとなった“労働ビッグバン”が今、ようやく日の目を見ようとしているんです。こんな重要な時期に人事部で労働環境の改善に取り組めるのはとてもやりがいのあることです。普段はバックオフィスとして地味な人事ですが、現場の声を十分にくみ取りながら頑張っていきたいと考えています。これから残業時間の上限規制や正社員と非正規雇用労働者の待遇差の禁止なども法制化に向けて議論されるようですし、腕の見せどころですね」
野村さんはここまで話すと、自分自身にも言い聞かせるかのように、軽くうなずく仕草をした。食品メーカーで人事労務畑を歩み、現在の会社に勤める大学時代の友人の推薦もあり、3年前にヘッドハンティングされた。それだけに、意気込みは相当なものだった。表情が豊かというわけでも、身振り手振りが大きいというわけでもない。冷静沈着に視線をほとんどそらすことなく語りながら、銀縁メガネの奥で鋭い眼光を放っていたのが印象的だった。「机上プラン」という現場からの声 翌16年からは女性活躍推進法に基づき、従業員301人以上の大企業に女性の管理職比率の数値目標などを盛り込んだ行動計画の策定・公表が義務付けられ、さらに19年には働き方改革関連法の施行が順次、始まった。 19年秋、前年に部長に昇進していた野村さんを訪ねると、以前、「腕の見せどころ」と意欲を見せていた労働環境改善や女性登用の進捗は思わしくないという。「やはり、『現場をわかっていない机上プラン』なんでしょうか……」 いつもとどこか違う。視線を外すことが多く、右膝が上下に揺れている。「どういうことなのでしょうか?」「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
翌16年からは女性活躍推進法に基づき、従業員301人以上の大企業に女性の管理職比率の数値目標などを盛り込んだ行動計画の策定・公表が義務付けられ、さらに19年には働き方改革関連法の施行が順次、始まった。 19年秋、前年に部長に昇進していた野村さんを訪ねると、以前、「腕の見せどころ」と意欲を見せていた労働環境改善や女性登用の進捗は思わしくないという。「やはり、『現場をわかっていない机上プラン』なんでしょうか……」 いつもとどこか違う。視線を外すことが多く、右膝が上下に揺れている。「どういうことなのでしょうか?」「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
19年秋、前年に部長に昇進していた野村さんを訪ねると、以前、「腕の見せどころ」と意欲を見せていた労働環境改善や女性登用の進捗は思わしくないという。「やはり、『現場をわかっていない机上プラン』なんでしょうか……」 いつもとどこか違う。視線を外すことが多く、右膝が上下に揺れている。「どういうことなのでしょうか?」「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「やはり、『現場をわかっていない机上プラン』なんでしょうか……」 いつもとどこか違う。視線を外すことが多く、右膝が上下に揺れている。「どういうことなのでしょうか?」「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
いつもとどこか違う。視線を外すことが多く、右膝が上下に揺れている。「どういうことなのでしょうか?」「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「どういうことなのでしょうか?」「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「……そ、そう、ですね……」「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。怠惰な部下からの“逆パワハラ” その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「パワハラを受けたんです……部下、から……」 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。共に闘った役員は今や“敵” それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。「変化を認めたくなかった……」 野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
野村さんは今、工場勤務を続けながら転職活動中だ。21年の年明け早々から転職エージェントに登録し、人事のプロフェッショナルとしての経験、スキルをアピールしているが、この数ヵ月、求人企業からのスカウトは皆無なうえ、応募して面接まで進めた企業は一社もない。アドバイザーによるキャリアカウンセリングを受けるなかで重要なことに気づいたと、21年春のインタビューで明かしてくれた。「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
「確かに人事ひと筋での経験はこの50代前半という年齢のハンディを多少はカバーできるかもしれませんが……管理職としての能力、特に部下を育成し、適正に評価していくという面では不十分だったと痛感しているんです。あの問題の部下とも、とことん向き合うべきだった。実は……部長ともあろう人間が20代半ばの新米社員からの嫌がらせ、いじめに遭っていることを恥じて、その事実を認めたくなくて、上司に報告できずにいた。野放しにしたことで、ツイッターでの誹謗中傷にまで発展したようにも思うんです」 なぜ、“逆パワハラ”の事実を受け入れるまでに時間がかかってしまったのか。「変化を認めたくなかったのだと思います。部下は上司に否応なく従う、という考えで同期の多いバブル世代の中で管理職まで勝ち抜いてきましたから……。でも今の若手社員は仕事よりもプライベートを重視するし、打たれ弱く、きつく指導されるなど嫌なことがあるとすぐ逃げ出そうとする。そんな部下を相手にしたら、過去の上司・部下関係の価値観は全く通用しませんよね。まず部下の変化を受け入れたうえで、それに見合った向き合い方が必要だったのではないかと……。では、具体的にどうすれば良いのかとなると、いまだに答えは見つかっていないんですけれど……」 工場事務部への異動を契機に単身赴任中で、離れて暮らす妻は定年まで今の会社に勤めることを強く求めているという。「固定観念に囚われない、若手社員との新たな関係をキャリア人生の最後に経験してみたいんです」 妻の反対を押し切ってまで転職を希望する理由を尋ねると、メガネの真ん中を右手中指で上げながら、間髪を容れずにそう答えた。【続きを読む】「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
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「『男社会』で必死に頑張ったのに…」部下からパワハラで訴えられた女性上司が嵌った“女王蜂症候群”という落とし穴 へ続く(奥田 祥子)
(奥田 祥子)