「“パパ活”で月に600万円送ってくれた人もいました」 ススキノで体を売る“元銀行員”女性が明かした「働く理由」と「後悔」

「街が静かに、清々しくなった気持ちもあるけど…」 自衛官→理容師→ホスト→風俗店従業員の男性が語ったコロナ禍“ススキノのリアル” から続く
昨年7月、新型コロナウイルスの猛威が日本中に知れ渡った頃のこと。日本の繁華街の中でも早々にクラスターが発生したのが、札幌・ススキノだった。現地では「キャバクラ」と呼称されるセクシーパブでの出来事だった。客ひとりを含む12人が感染し、そのほか多数の濃厚接触者にも感染の疑いがもたれるなど、大きな話題となった。
【画像】取材に応じたススキノのソープで働くめぐみさん(30歳)
先日閉幕した東京五輪では、マラソン競技も行われた札幌。その夜の街では、コロナ禍の1年間で何が起きていたのか。『娼婦たちから見た日本』(角川文庫)、『青線 売春の記憶を刻む旅』(集英社文庫)の著作で知られるノンフィクション作家・八木澤高明氏が現地を歩いた。(全3回の3回目/#1、#2を読む)
◆◆◆
いま、ススキノで働く風俗嬢たちは、どのような状況にあるのだろうか。
話を聞きたいと思い、風俗店の従業員・吉沢さんに相談すると、ススキノのソープランドで働くめぐみ(30歳)さんを紹介してくれた。 私たちは彼女の出勤前の午前9時に地下鉄すすきの駅の改札を出たところで待ち合わせをした。スーツ姿の会社員が急ぎ足で歩いていく中、オフィスというよりは、夜のネオンが似合う黒いロングコートを着た背の高い女性が現れた。 彼女がめぐみさんだろうと思ったが、念のため吉沢さんから聞いていた携帯電話を鳴らしてみた。 すぐに、その黒いロングコートの女性が電話を取った。その女性に近づくと、彼女も私のことに気がついた。「はじめまして、よろしくお願いいたします」 挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
私たちは彼女の出勤前の午前9時に地下鉄すすきの駅の改札を出たところで待ち合わせをした。スーツ姿の会社員が急ぎ足で歩いていく中、オフィスというよりは、夜のネオンが似合う黒いロングコートを着た背の高い女性が現れた。 彼女がめぐみさんだろうと思ったが、念のため吉沢さんから聞いていた携帯電話を鳴らしてみた。 すぐに、その黒いロングコートの女性が電話を取った。その女性に近づくと、彼女も私のことに気がついた。「はじめまして、よろしくお願いいたします」 挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
彼女がめぐみさんだろうと思ったが、念のため吉沢さんから聞いていた携帯電話を鳴らしてみた。 すぐに、その黒いロングコートの女性が電話を取った。その女性に近づくと、彼女も私のことに気がついた。「はじめまして、よろしくお願いいたします」 挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
すぐに、その黒いロングコートの女性が電話を取った。その女性に近づくと、彼女も私のことに気がついた。「はじめまして、よろしくお願いいたします」 挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「はじめまして、よろしくお願いいたします」 挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「はじめまして、よろしくお願いいたします」 挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
挨拶をすると、改札口から歩いて数分の場所にある喫茶店に向かった。コロナの影響があるのだろう、店内には私たちの姿しかなかった。誰もいないほうが、取材の内容から好都合ではあったが、何となく寂しい気になるのだった。――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――昨年からコロナで大変ですよね?「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「去年は1月(の売り上げ)がすごく良かったんですよ。ところがコロナが流行りだしてから、一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は平均して月に150万ぐらいは、稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
コロナ後の狸小路は閑散としていた 八木澤高明 売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
売り上げが半分に落ち込むことはこれまでなかったという。 彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
彼女の常日頃の努力もあるのだろうが、むしろこのコロナ禍でもお客さんがゼロになることはなく、半分程度の落ち込みで済んでいることの方が驚きだった。――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――コロナでもお客さんは来るんですね?「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「そうですね。関係ない人には関係ないんですよ。風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね。お店の女の子は毎月抗体検査をしています。それ以外には特にコロナ対策をしていないですね」「お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」 昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
昨年1月の景気が良かったという話を聞き、私は、中国人の観光客であふれていた札幌の街の様子を思い出した。外国人の客も迎え入れていたのだろうか。「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「うちの店は女の子によってですね。私は日本語が話せる外国人ならオッケーしていました。中国や韓国などアジア人がほとんどでしたけど、中には日本に住んでいるイギリス人のお客さんもいました」――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――料金はいくらなんですか?「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「フリーのお客さんで60分1万3000円です。それにネット指名で2000円、本指名で3000円のプラスです」――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――めぐみさん以外の女性たちはどんな状況だかわかりますか?「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「基本的には顔を合わすことはないんですけど、うちの店は70人ぐらい女の子がいたんですけど、稼げない人で、辞めたのは20人ぐらいじゃないですか。新たに入って来る人も多かったですけど、それでも長く続かない人が多かったですね。そういう人は簡単に稼げると思って来たんでしょうけど、新規のお客さんが減っているから厳しい状況です。入れ替わりが激しい1年でした。お客さんが減って女の子はピリピリしている感じですね」――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――身近で厳しい状況にある人はいますか?「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「元々、同じソープで働いていて、コロナが流行るだいぶ前に店長だった人と結婚した女の子がいるんですけど、夫のDVがひどくてコロナ期間に離婚してしまったんです。それで生活の為に風俗に復帰したんですけど、ブランクがあるから、1日出ても1万円も稼げなくて、月に20万稼ぐのがやっとだと言ってました」コロナでの減収は“パパ活”で補填 ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
ソープランドにとっては、厳しい状況が続いているようだが、めぐみさんは減った収入分をどのように埋め合わせているのだろうか。「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「最近になって、やっと月のお給料が100万を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。それなので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――具体的にはどのような事ですか?「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「直接会って、デートをするお客さんもいますけど、本州のお客さんは、コロナでなかなか来られないので、会うことはしないで、援助をしてもらっているんです。コロナで働けないと言うと、お金を送ってくれるんですよ。何人かのお客さんに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいなりますね。一番送ってくれた人では月に600万円送ってくれました」 その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
その金額に思わず驚いた。高校卒業後は「銀行に6年8ヶ月勤めていました」 600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
600万円を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。それだけの援助をしてもらえば、十分だろう。コロナ禍であってもお金は有るところには有るものだ。 以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
以前、文春オンラインで取り上げた吉原のソープ嬢もコロナ禍で強かに生きていた。遠く離れたススキノで同じような話を聞くとは思いもしなかった。転んでもタダでは起きない2人に感心せずにいられなかった。 では、めぐみさんは、どのような経歴でソープランドで働きはじめたのだろうか。 風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
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風俗以前の人生についても話を聞いた。そこで出てきた言葉は思わぬものだった。「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「高校を卒業してから、銀行に6年8ヶ月勤めていました。いたって普通に働いていたんです。窓口でお客様の口座に入金したり、保険を売ったりしていました。楽しい仕事ではなかったですよ。1回知らない人の口座に1300万円を間違えて振り込んでしまうミスをしたこともありました。3年目ぐらいに同期と後輩に『楽しいから』と、ホストクラブに誘われたんですよ。それで、一度行ってみたら、私もハマっちゃったんです。銀行はサービス業でもありますから、日々のストレスがあったのかもしれません。ホストに優しくされて、悪い気はしなかったです。それからお給料のほとんどを注ぎ込みました」――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――行こうという気になったということは、もともと興味はあったんですか?「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「そうです。私が中学ぐらいの時に姉がホストクラブに行っていたんです。『楽しいホストの遊び方』とかいうDVDがあって、それを見てから行きたいなと思うようになったんです」「お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした」 ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
ホストクラブ通いがはじまると、銀行の給料だけでは十分に遊べず、もっと稼ぎたいという欲求が強まっていった。「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「当時の給料が手取りで18万円ぐらいしかなくて。それでお金を稼ぐために風俗で働くことにしたんです。それで、ホストクラブに連れていってくれた同期とヘルスの面接に行ったんです」――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――抵抗はなかったですか?「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「まったくなかったですね。本当に軽い気持ちではじめました。銀行で働きながら、土日にヘルスで働いたんですけど、土日だけで銀行の給料を上回ってしまうんで、お金ってこんなに稼げるんだって、楽しい気持ちでした。ホストクラブにも気軽に行けるようになって、何だか毎日充実していました。2ヶ月ぐらいヘルスで働いて、そこからもっと稼ぎたいとソープに移ったんです。そんな生活が3年ぐらい続いて、銀行を辞めたんです」「ススキノのホストと一緒に住んでいます」――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――辞めた理由は?「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「銀行だと上司との飲み会とか人間関係が面倒くさいんですよ。風俗だともっと自由ですし、もっと稼ぎたいなと思ったんです」 風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
風俗に身を置いて現在で7年、銀行を辞めてから3年が経った。自身の決断に悔いは残していないのだろうか。「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「やっぱり、ちょっと後悔はしてます。銀行は辞めなきゃよかったかなって。今の仕事は何も履歴書にも書けないですし、取り敢えずは銀行なら給料は安いですけど安泰ですしね」――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
――今は、恋人はいるんですか?「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
「ススキノのホストと2年3ヶ月前から一緒に住んでいます」 1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
1時間ほど話を聞いただろうか、そろそろお店に行かないといけないとのことなので、めぐみさんは喫茶店を出た。 私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
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私は彼女の後ろ姿を眺めながら、ふと最後に話したボーイフレンドと彼女の関係のことが気にかかった。初対面の私が何を感じようが彼女にはまったく関係のないことだが、とにかく2人の幸せを願わずにはいられなかった。(八木澤 高明)
(八木澤 高明)