河村市長がブレイクスルー感染 罹患した人を責めてはだめだ

新型コロナウイルスのワクチン2回接種を終えていた河村たかし名古屋市長が、コロナ感染していたことがわかった。ワクチンを接種したあとでも感染することをブレークスルー感染といい、河村市長もそれにあたる。どの感染症に対するワクチンでも、効果は100%にならないので新型コロナウイルスだけの特殊なことではないのだが、ワクチンを打っても意味があるのだろうかと考える人がいても不思議はない。俳人で著作家の日野百草氏が、ワクチン2回接種を終えた高齢者の不安な気持ちを聴いた。
【写真】ワクチンを打つ打たないも自由
* * *「ワクチン2回打ってるのに罹るのね、コロナって怖いわ」
多くがワクチンを打ち終わっている後期高齢者のみなさん。筆者はカルチャーセンターや趣味の会などで多くの高齢者と共にする機会が多いが、彼ら、彼女らの心配は2回打ってもコロナに罹るのでは、ということだ。
「河村さんって2回打ったんでしょ、それで罹るなんてね」
80代の女性が切り出すと「そうよね」「怖いね」とみなさん相づちを打つ。名古屋市の河村たかし市長(72歳)が新型コロナウイルスに感染しているとの報道を受けてのよもやま話だ。
「お若いのにね、怖いわね」 80代からすれば70代の河村市長などまだ若い。情報源は主にテレビや新聞だが、最近はスマホのネットニュースもチェックする高齢者が増えている。とくにコロナに関する情報は命に関わるので怠らない。河村市長は8月29日から自宅待機だが、とにかく高齢者にとってショックなのが「ワクチン2回打ってるのに」だ。「打てば大丈夫と思ってたけど、そうでもないのね」 未知のウイルスだけに絶対はない。厚生労働省によれば、ファイザー社製で2回目接種後7日経ってから以降、抗体ができるまで2週間程度が必要とされている。それでも有効率は95%、2回打って抗体ができるとされる2週間が経っても5%は罹患する。モデルナは94%、アストラゼネカは70%で、いずれも100%の保障はない。ただしこの%は人数とイコールではなく、たとえば100人打っても5人は感染するといった意味ではない。あくまで「発症予防」の意味合いによる有効性とその確率である。「じゃあ河村さん、運がなかったのね」 そうかもしれないが、現状では発熱もなく過ごしているとの発表を聞く限り重篤化はしていない。罹患は仕方ないが、副反応よりノーワクチンによる重篤化のほうが怖いとされている。「接種によるベネフィットが上回ると考えられることから、予防接種が実施されている」というのが厚生労働省の見解だ。米疾病対策センターも発表しているが、ワクチンを2回打っても今回の河村市長のように罹患する可能性はあるものの、重篤化は極めてまれとされている。「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
80代からすれば70代の河村市長などまだ若い。情報源は主にテレビや新聞だが、最近はスマホのネットニュースもチェックする高齢者が増えている。とくにコロナに関する情報は命に関わるので怠らない。河村市長は8月29日から自宅待機だが、とにかく高齢者にとってショックなのが「ワクチン2回打ってるのに」だ。「打てば大丈夫と思ってたけど、そうでもないのね」 未知のウイルスだけに絶対はない。厚生労働省によれば、ファイザー社製で2回目接種後7日経ってから以降、抗体ができるまで2週間程度が必要とされている。それでも有効率は95%、2回打って抗体ができるとされる2週間が経っても5%は罹患する。モデルナは94%、アストラゼネカは70%で、いずれも100%の保障はない。ただしこの%は人数とイコールではなく、たとえば100人打っても5人は感染するといった意味ではない。あくまで「発症予防」の意味合いによる有効性とその確率である。「じゃあ河村さん、運がなかったのね」 そうかもしれないが、現状では発熱もなく過ごしているとの発表を聞く限り重篤化はしていない。罹患は仕方ないが、副反応よりノーワクチンによる重篤化のほうが怖いとされている。「接種によるベネフィットが上回ると考えられることから、予防接種が実施されている」というのが厚生労働省の見解だ。米疾病対策センターも発表しているが、ワクチンを2回打っても今回の河村市長のように罹患する可能性はあるものの、重篤化は極めてまれとされている。「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「打てば大丈夫と思ってたけど、そうでもないのね」 未知のウイルスだけに絶対はない。厚生労働省によれば、ファイザー社製で2回目接種後7日経ってから以降、抗体ができるまで2週間程度が必要とされている。それでも有効率は95%、2回打って抗体ができるとされる2週間が経っても5%は罹患する。モデルナは94%、アストラゼネカは70%で、いずれも100%の保障はない。ただしこの%は人数とイコールではなく、たとえば100人打っても5人は感染するといった意味ではない。あくまで「発症予防」の意味合いによる有効性とその確率である。「じゃあ河村さん、運がなかったのね」 そうかもしれないが、現状では発熱もなく過ごしているとの発表を聞く限り重篤化はしていない。罹患は仕方ないが、副反応よりノーワクチンによる重篤化のほうが怖いとされている。「接種によるベネフィットが上回ると考えられることから、予防接種が実施されている」というのが厚生労働省の見解だ。米疾病対策センターも発表しているが、ワクチンを2回打っても今回の河村市長のように罹患する可能性はあるものの、重篤化は極めてまれとされている。「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
未知のウイルスだけに絶対はない。厚生労働省によれば、ファイザー社製で2回目接種後7日経ってから以降、抗体ができるまで2週間程度が必要とされている。それでも有効率は95%、2回打って抗体ができるとされる2週間が経っても5%は罹患する。モデルナは94%、アストラゼネカは70%で、いずれも100%の保障はない。ただしこの%は人数とイコールではなく、たとえば100人打っても5人は感染するといった意味ではない。あくまで「発症予防」の意味合いによる有効性とその確率である。「じゃあ河村さん、運がなかったのね」 そうかもしれないが、現状では発熱もなく過ごしているとの発表を聞く限り重篤化はしていない。罹患は仕方ないが、副反応よりノーワクチンによる重篤化のほうが怖いとされている。「接種によるベネフィットが上回ると考えられることから、予防接種が実施されている」というのが厚生労働省の見解だ。米疾病対策センターも発表しているが、ワクチンを2回打っても今回の河村市長のように罹患する可能性はあるものの、重篤化は極めてまれとされている。「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「じゃあ河村さん、運がなかったのね」 そうかもしれないが、現状では発熱もなく過ごしているとの発表を聞く限り重篤化はしていない。罹患は仕方ないが、副反応よりノーワクチンによる重篤化のほうが怖いとされている。「接種によるベネフィットが上回ると考えられることから、予防接種が実施されている」というのが厚生労働省の見解だ。米疾病対策センターも発表しているが、ワクチンを2回打っても今回の河村市長のように罹患する可能性はあるものの、重篤化は極めてまれとされている。「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
そうかもしれないが、現状では発熱もなく過ごしているとの発表を聞く限り重篤化はしていない。罹患は仕方ないが、副反応よりノーワクチンによる重篤化のほうが怖いとされている。「接種によるベネフィットが上回ると考えられることから、予防接種が実施されている」というのが厚生労働省の見解だ。米疾病対策センターも発表しているが、ワクチンを2回打っても今回の河村市長のように罹患する可能性はあるものの、重篤化は極めてまれとされている。「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「でもコロナってどんどん新しいのが出てるんでしょう? (ワクチンが)効かなくなるんじゃないかしら」 もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
もっともな話で、厚生労働省は国立感染症研究所の分析とともに「懸念される変異株」と「注目すべき変異株」を発表している。前者は「主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株」でアルファ株、ベータ株、ガンマ株にいま懸念されているデルタ株。後者は「主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株」で、イプシロン株(米国)、シータ株(フィリピン)、カッパ株(インド)、ラムダ株(ペルー)と、前者に比べ聞き慣れない変異株が並ぶ。そしてこれに9月1日に明らかにされたミュー株(コロンビア)が加わることになる。WHOはこのミュー株を「注目すべき変異株(VOI)」であり、「ワクチン耐性を持つ」可能性があると示準している。ワクチン打ったからもう平気ってノーマスク「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「なにを信じたらいいかわかんないわね、でもまあ、死ぬときは死ぬから」 みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
みんな笑うが、どこか納得いかない乾いた笑いであることがマスク越しにも伝わる。長生きして、まさか晩年にこんな疫禍の時代を迎えるとは思わなかっただろう。「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「でもね、知り合いのお爺さんなんてワクチン打ったからもう平気ってノーマスクなの。あの人も死ぬときゃ死ぬなのかしらね」 困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
困ったことに、こうした「ノーマスクおじさん」および「ノーマスクおじいさん」が極稀にうろうろしていたりする。地域によっては稀ではなく普通にいる。たとえば都心の歓楽街などマスク規律が限りなくゆるい「ノーマスクお兄さん」が普通に歩いている。東京などまだマシで、筆者の故郷の千葉県、そのさらに田舎などノーマスクでママチャリ漕いでる爺さんが当たり前である。高齢者の経営するノーマスクの飲食店が普通にあってびっくりした。「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「でもマスクって効果ないって話もあるし、私もみんながしてるからしてるけど、苦しいし嫌よ、気持ちはわかるわ」 70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
70代後半、別のお婆ちゃんが混ぜっ返す。もうマスク論争は1年半におよぶが、彼女の言うこともまたもっともで、ワクチン以上にマスクでウイルスを防げる効果が、私たちが期待するほど高くないのは確かである。東京大学医科学研究所によれば、相対する者が吸い込むウイルス量は、吐き出す側がマスクをすると不織布、布マスクともに30%程度、吸い込む側がマスクをした場合は不織布で50%、布マスクで80%程度抑えられたという。理化学研究所の「富岳」による実験では、咳をした場合に抑制できる飛散は不織布マスクが80%、ポリエステルや綿のマスクで70%。絶対でないところが悩ましい。「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「河村さんって手作りマスクだったでしょ、やっぱり布はだめなのね」 高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
高齢者の一部にはいまだに布製の手作りマスクの人がいる。若者の一部はポリエステル(ウレタン)のおしゃれマスクだろうか、それらより有用性の高いとされる不織布を「ダサい」というだけで嫌う困った人もいる。お年寄りの布マスク派は「使い捨てがもったいない」だそうだ。ただ先にも書いた通り、マスクの材質による効果の差はあるものの、どれも絶対ではない。そもそもマスク自体「現時点では、市中におけるマスク着用の有効性に関するエビデンスは限られている。」とWHOが発表している事実がある。ECDC(欧州疾病予防管理センター、EUの専門機関)に至っては「市中における非医療マスク着用の有効性に関するエビデンスはわずかで、確実性は低い。」とまで断じている。「効果の大きさは不確実」(ECDC)というのが実態だ。 こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
こう書くと反マスクを喜ばせてしまいそうだが、それでも「小~中程度の有効性がある」(ECDC)としているならば、まあマスクをするに越したことはないだろう。それにしても、本当にやっかいなウイルスだ。誰しも罹患する可能性がある「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「ワクチン漬けにされるのも嫌だけど、どうにもならないものね」 大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
大丈夫、私たちは生まれてずっと何らかのワクチン漬けである。お年寄りも生まれた時はともかく、これまでに数多のワクチンを打ってきたはずだ。コロナワクチンはそれらに比べれば治験も実証も十分でないが、未知のウイルスに対峙したばかりの人類、致し方ないと言っては語弊があるかもしれないが、実際、いたしかたないのが現実だ。どうにもならない、その中で最終的な判断は個人に委ねられている。厳しいが、これもまた現実だ。「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「あの人なんだか憎めないのよね、河村さん、かわいい人よね」 かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
かわいいとか同意に困るが、今回の件に関してだけはメダルの件やセクハラとは別に彼を責めてはいけないことは確か。ワクチン2回接種で罹患という稀に見る症例、お気の毒な話でこうしてお婆ちゃんたちも心配している。幸い重篤ではないようで、かわいいかはともかく、昭和脳さえ治れば悪い人ではないと思う(自信はない)。「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「情報とかいっぱいで、わかんないのよね。だから市の広報誌で決めてるわ」 彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
彼女たちは幸いにして陰謀論にはハマっていなかったが、情報を取り込みすぎて陰謀論者になってしまう者もいる。ワクチンを打つも打たないも現時点の日本では自由である。今回の記事は筆者が趣味の会で教える高齢者のみなさんに厚生労働省の資料を使い説明したことを書き起こしたが、「国は嘘つき」「行政は隠蔽している」とワクチンを打たないのもまた自由である。問題はそれを他者に押しつけ、攻撃することである。結局のところ、「エビデンスは限られている」(WHO)とされていることは事実なのだから。「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
「じゃあ河村さん責めちゃだめね」 お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
お婆ちゃんの言う通りで、マスクがなんであれ、ワクチンを2回打っても河村市長のように罹るときは罹る。だから罹患した人を責めてはだめだ。メダルとかシャチホコとかなんでも口にしてしまう赤ちゃんのような河村市長だが、それとこれとは別。「菌メダル獲得」などと揶揄してはいけない。誰しも彼のように罹患する可能性がある。現時点ではマスク(なるべく不織布マスク)をして、手洗いなどの消毒を徹底して、ワクチンを打つ、ベストではないがベターな対応はこれしかない。それぞれに生活が、人生があるのにこのコロナ禍というのは理不尽な話だが、その理不尽の矛先を他者に向けるような、コロナではなく人間という敵を作り出す分断だけは避けなければならない。※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
※今回の情報はすべて厚生労働省の公式ホームページの発表を元にしている。あらゆる国内外の想定と評価を網羅しているので一読することを薦める。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。