「痛がって、これ以上刺せなかった。首を思い切り絞めました」加害父が明かす幼子2人との“最期の家族旅行”《九州3児遺体》

《九州3児遺体》「ママのところに行けよ!」「パパがいい」加害父自ら語る“それでも息子への死に至る暴行を止められなかったワケ” から続く
「暴力をふるいながら、『ママのところに行けよ!』などとも怒鳴りました。それでも大翔は『パパがいい』と言ってくれていたのに……。こんなことをしてしまった自分は、もう死ぬしかないと思いました」
【画像】幼い2人の子供を殺害した鹿児島の観光ホテル「すごく痛がって…」
福岡拘置所の面会室で、文春オンラインの取材にそう悔恨の言葉を漏らした田中涼二被告(41)。田中被告は、2021年2月16日に元妻の連れ子で養子の大翔くん(ひろと・当時9)を暴行の末に死亡させ、その10日後には自宅から南に約230キロ離れた鹿児島県・桜島の麓にある観光ホテルで、実子である蓮翔ちゃん(れんと・当時3)と姫奈ちゃん(ひな・当時2)の首を絞めて窒息死させた。(全3回の2回目。#1から読む)
蓮翔くんと姫奈ちゃん(「FNNプライムオンライン」5月6日配信より)
◆ ◆ ◆
この「九州3児殺害事件」について全国紙社会部記者が解説する。
「田中被告は元妻と壮絶な夫婦喧嘩の後、昨年末に離婚し、元妻の連れ子の大翔くんを養子にしました。大翔くんへの度重なる暴行で、遺体には全身にあざや打撲がありました。田中被告は罪を認めて『子育てのストレスがあった』と説明。その後、実子と心中しようとしたが自分だけが死ねなかったと捜査当局は見ています。
桜島のホテルで見つかった遺書には『3人で一緒に死ぬ』『全部自分が悪い』などと書かれていました」 8月下旬以降、取材班は福岡拘置所に勾留されている田中被告と面会を重ねてきた。取材に田中被告は「真実をしっかりと伝えてほしい」と前置きした上で、「今は後悔しかありません」と徐々に重い口を開き始めた。「田中涼二被告獄中インタビュー#1」で田中被告は、元妻との離婚後に3人の子供たちを引き取り、家事と育児に追われ、徐々に追い詰められていった日々について明かしている。 そのなかでストレスのはけ口になったのが、大翔くんだった。日常的に暴力をふるい、2月16日に福岡県小郡市の車の中で大翔くんは息絶えた。「死んでしまう1、2時間くらい前に大翔が車の中で失禁してしまったんです。それで、殴る蹴るの暴行を加えました。そして、眠るように死んでしまった」 田中被告はその日のうちに飯塚市の自宅に帰り、大翔くんの遺体を置いた。5月頃、取材班が田中被告の自宅周辺を取材した際、近隣の高齢男性がこんなエピソードを明かしていた。「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
8月下旬以降、取材班は福岡拘置所に勾留されている田中被告と面会を重ねてきた。取材に田中被告は「真実をしっかりと伝えてほしい」と前置きした上で、「今は後悔しかありません」と徐々に重い口を開き始めた。「田中涼二被告獄中インタビュー#1」で田中被告は、元妻との離婚後に3人の子供たちを引き取り、家事と育児に追われ、徐々に追い詰められていった日々について明かしている。 そのなかでストレスのはけ口になったのが、大翔くんだった。日常的に暴力をふるい、2月16日に福岡県小郡市の車の中で大翔くんは息絶えた。「死んでしまう1、2時間くらい前に大翔が車の中で失禁してしまったんです。それで、殴る蹴るの暴行を加えました。そして、眠るように死んでしまった」 田中被告はその日のうちに飯塚市の自宅に帰り、大翔くんの遺体を置いた。5月頃、取材班が田中被告の自宅周辺を取材した際、近隣の高齢男性がこんなエピソードを明かしていた。「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「田中涼二被告獄中インタビュー#1」で田中被告は、元妻との離婚後に3人の子供たちを引き取り、家事と育児に追われ、徐々に追い詰められていった日々について明かしている。 そのなかでストレスのはけ口になったのが、大翔くんだった。日常的に暴力をふるい、2月16日に福岡県小郡市の車の中で大翔くんは息絶えた。「死んでしまう1、2時間くらい前に大翔が車の中で失禁してしまったんです。それで、殴る蹴るの暴行を加えました。そして、眠るように死んでしまった」 田中被告はその日のうちに飯塚市の自宅に帰り、大翔くんの遺体を置いた。5月頃、取材班が田中被告の自宅周辺を取材した際、近隣の高齢男性がこんなエピソードを明かしていた。「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
そのなかでストレスのはけ口になったのが、大翔くんだった。日常的に暴力をふるい、2月16日に福岡県小郡市の車の中で大翔くんは息絶えた。「死んでしまう1、2時間くらい前に大翔が車の中で失禁してしまったんです。それで、殴る蹴るの暴行を加えました。そして、眠るように死んでしまった」 田中被告はその日のうちに飯塚市の自宅に帰り、大翔くんの遺体を置いた。5月頃、取材班が田中被告の自宅周辺を取材した際、近隣の高齢男性がこんなエピソードを明かしていた。「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「死んでしまう1、2時間くらい前に大翔が車の中で失禁してしまったんです。それで、殴る蹴るの暴行を加えました。そして、眠るように死んでしまった」 田中被告はその日のうちに飯塚市の自宅に帰り、大翔くんの遺体を置いた。5月頃、取材班が田中被告の自宅周辺を取材した際、近隣の高齢男性がこんなエピソードを明かしていた。「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告はその日のうちに飯塚市の自宅に帰り、大翔くんの遺体を置いた。5月頃、取材班が田中被告の自宅周辺を取材した際、近隣の高齢男性がこんなエピソードを明かしていた。「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「田中さんから電話がかかってきて、『団地の敷地内にあるポールをとってほしい。あのポールがなければ家の前まで車をつけられるから』と。荷物でも運ぶのかなと思って、ポールを外してあげたんです。そのことを伝えると田中さんは『ありがとうございます』と言っていた」『パパとバイバイする?』『バイバイせんよ』『バイバイ、ダメー』 田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告は大翔くんを自宅へ運ぶため、ポールの撤去を頼んでいたのだ。大翔くんの遺体を自宅に置いた田中被告は蓮翔ちゃん、姫奈ちゃんを連れて家を出る。「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「大翔を死なせてしまった自分はもう死ぬしかない。2人を施設に預けて1人で死ぬか、3人で心中するか。そんなことを考えながら、自宅を離れました」 警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
警察からの追跡に備えて、2月18日に福岡市博多区でレンタカーを借り、田中被告らは“最後の家族旅行”へと出発した。向かった先は宮崎県串間市だ。「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「自分が10代のときに死んだ両親の墓があるんです。借金による自殺です。2人で外出先の車の中で、練炭で……。最初で最後になってしまいましたが、両親に孫の姿を見せてあげようと思いました」 旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
旅行でも楽しそうにはしゃぐ蓮翔ちゃんと姫奈ちゃん。さり気なく、田中被告は2人にこう尋ねた。田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告「パパとバイバイする?」蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
蓮翔ちゃん「バイバイせんよ」「バイバイせんよ」姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
姫奈ちゃん「バイバイ、ダメー」「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「墓の前でも、車の中でも、自分と離れられるか2人に聞いてみました。離れられるなら施設に預けて、自分だけ死のうと思いました。でも、何回聞いても、2人とも泣きながらバイバイしない、と言ってくれたんです」 田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告はそれからの数日間を、子供たちと野生の馬などが見られる串間市・都井岬の観光名所や、民宿で海を見るなどして過ごした。船を見て、蓮翔ちゃんが「船に乗りたい」と言い始めたという。「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「昔、蓮翔と姫奈と、船に乗ったことがあるんです。姫奈は小さくて覚えていないようでしたが、蓮翔はよっぽど楽しかったようでそのときのことをよく覚えていました。 この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
この時には、何度聞いても『バイバイしない』という2人を見て、心中するしかないと決意は固まってきていました。それで、最期にフェリーに乗せてあげようと、桜島に向かいました」 2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
2月24日、レンタカーのガソリンはすでに切れていたため、車を商業施設の駐車場に置いたままにして、電車で鹿児島・桜島に向かった。桜島の観光ホテルに宿泊し、翌25日には3人でフェリーに乗った。「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「フェリーにも乗れたし、蓮翔も姫奈も大きな風呂が大好きだから、すごく喜んでくれました。心中する決意は固まってきていたものの、まだ、どうすればいいのか、と悩んでいました。とても追い込まれていました」 苦悩し続ける田中被告。しかし、2月26日が運命の日となった。「『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
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「もう時間がないということは分かっていました。考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった。 午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
午前11時過ぎだったと思います。蓮翔と姫奈は寝ていました。宮崎で果物ナイフを買っていました。それで寝ている蓮翔のここ(※胸のあたりを手のひらで触る)を刺しました。とても痛がって、かわいそうで、これ以上刺せなかった。そして蓮翔の首を思い切り絞めました。そして次に姫奈の首を絞めました。首を絞めているときは2人の顔を見ながら、『ごめんね、ごめんね』って何度も繰り返しました。『パパもすぐ行くけん、ごめんね。ごめんね』って……」 その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
その後、田中被告は「何も考えられない時間が続いた」という。「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「タバコを吸った記憶はあります。どれくらい時間が経ったのかもよくわかりませんでした。死んだ蓮翔と姫奈の手をつながせました。すぐにパパも逝くと。遺書はすでに書いていました。すべて自分が悪い、3人の子供には何の落ち度もないのに。自分が不甲斐ないせいで……。 するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
するとパトカーのサイレンが鳴って、ホテルの前にたくさんパトカーが停まっていました。捜査員が来るんだろうなと、思っていました」 そして、夕方に捜査員が部屋に突入した。田中被告は4階の部屋の窓から飛び降りた。「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
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「逃げるためではありません。死のうとしました。それが2人との約束だから。でもそれができなかった。なんで自分だけが生き残ってしまったのか。入院先でもどうにかして死んでやろうと思いました。診てくれた医者にもなんで助けたんだ、と何度も言いました」 しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
しかし、取り調べを受けた刑事から「罪を認めて償うことが一番の供養になる」と言われたことで、大翔くんへの暴行も蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんを絞殺したことも認めたのだという。当初、大翔くんは病死と診断されたが、田中被告の供述もあり、福岡県警は傷害致死容疑での立件に踏み切った。「カッとすると、自分が止められなくなって…」「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「今となってはどうすることもできませんが、本当に後悔しかありません。なんで大翔への暴行を止められなかったのか、なんで蓮翔と姫奈を施設に預けることができなかったのか。カッとすると、自分でも自分が止められなくなってしまうんです……」 養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
養子である大翔くんを暴行の末に死なせてしまい、残された実子、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの心中を選んだ田中被告。なぜ暴行は大翔くんにだけ向けられたのか。「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「養子だからって差別していたわけではありません。蓮翔や姫奈にもキツく言うことはありましたが、2人はまだ幼かったから。だから大翔にばかり当たってしまった。だって、大翔は養子に迎えたんですよ。大翔も同様に愛していました……」 田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告は時折、言葉に詰まりながらも丁寧な口調で語った。取材は数日に渡って行ったが、なかには話が食い違うこともあった。まだ気持ちの整理がついていない部分があるのだろうか。しかし、子供たちを手にかけてしまったことへの悔恨の念は変わらないように見えた。 田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
田中被告はなぜ3児の育児を1人で担うことになったのか。子供たちの母親はどこにいるのか。福岡拘置所の面会室で、田中被告がぽつりぽつりと語り始めた――。(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
(#3へつづく)「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 へ続く(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
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