「発達障害の生きづらさ」訴える男性が饒舌なワケ

発達障害のせいで自己肯定感は皆無だというヨシオさん。2年前にADHDと診断された(写真:ヨシオさん提供)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「私のような『ごくありふれた』発達障害者にも目を向けてもらえると多くの人は救われると思いまず」と編集部にメールをくれた、31歳の男性だ。
「最近はマスコミや当事者の集まりなんかでも、発達障害は特性だとか、強みだとかいわれますけど、発達障害なんて、ないことこそが何よりの強みなんですよ」
ヨシオさん(仮名、31歳)は私とのあいさつもそこそこに発達障害の生きづらさについて話を始めた。自身は2年前にADHD(注意欠陥多動性障害)と診断されたという。
「だって発達障害の人が会社や職場で迷惑をかけているのは事実ですよね。上司や同僚からしたらそんなやついないほうがいいに決まってる。職場から去るべき存在だってことはわかってます。じゃあ、なぜ働いているか? 生きていかなきゃいけないからですよ!」
この連載の一覧はこちらヨシオさんの話は止まらない。「生きるのに向いていない」などと自虐的なことを言ったかと思うと、一転切々とした口調でこう訴える。「でも、僕だって努力してるんです。毎日自分を責め抜いて生きてる。だから大目に見てほしい、手加減してほしいんです」ヨシオさん口調はまるで坂道を転がり落ちるように加速していった。息継ぎの合間も惜しいといった感じだ。それまでの人生で味わった多くの理不尽な経験を伝えたいという強い意思が伝わった。一方で本連載を通して少なくない発達障害の人に出会う機会を持ったことで、私にはヨシオさんのこうしたマイペースな振る舞いも当事者の“特性”のひとつであるように思えた。ただ一方的に話を聞いているだけでは取材にならない。だから、私は強引にヨシオさんの話を遮った。「いったん私の話を聞いてもらえますか」と言うと、ヨシオさんがハッとしたように口をつぐんだ。そして少し申し訳なさそうに答えた。「いつもしゃべりすぎちゃんです」。大学卒業後、初めて就いた仕事は営業職。個人宅に飛び込みでセールスをしなくてはならず、そこではまさにこの「しゃべりすぎ」が災いしたという。「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
ヨシオさんの話は止まらない。「生きるのに向いていない」などと自虐的なことを言ったかと思うと、一転切々とした口調でこう訴える。「でも、僕だって努力してるんです。毎日自分を責め抜いて生きてる。だから大目に見てほしい、手加減してほしいんです」ヨシオさん口調はまるで坂道を転がり落ちるように加速していった。息継ぎの合間も惜しいといった感じだ。それまでの人生で味わった多くの理不尽な経験を伝えたいという強い意思が伝わった。一方で本連載を通して少なくない発達障害の人に出会う機会を持ったことで、私にはヨシオさんのこうしたマイペースな振る舞いも当事者の“特性”のひとつであるように思えた。ただ一方的に話を聞いているだけでは取材にならない。だから、私は強引にヨシオさんの話を遮った。「いったん私の話を聞いてもらえますか」と言うと、ヨシオさんがハッとしたように口をつぐんだ。そして少し申し訳なさそうに答えた。「いつもしゃべりすぎちゃんです」。大学卒業後、初めて就いた仕事は営業職。個人宅に飛び込みでセールスをしなくてはならず、そこではまさにこの「しゃべりすぎ」が災いしたという。「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「でも、僕だって努力してるんです。毎日自分を責め抜いて生きてる。だから大目に見てほしい、手加減してほしいんです」ヨシオさん口調はまるで坂道を転がり落ちるように加速していった。息継ぎの合間も惜しいといった感じだ。それまでの人生で味わった多くの理不尽な経験を伝えたいという強い意思が伝わった。一方で本連載を通して少なくない発達障害の人に出会う機会を持ったことで、私にはヨシオさんのこうしたマイペースな振る舞いも当事者の“特性”のひとつであるように思えた。ただ一方的に話を聞いているだけでは取材にならない。だから、私は強引にヨシオさんの話を遮った。「いったん私の話を聞いてもらえますか」と言うと、ヨシオさんがハッとしたように口をつぐんだ。そして少し申し訳なさそうに答えた。「いつもしゃべりすぎちゃんです」。大学卒業後、初めて就いた仕事は営業職。個人宅に飛び込みでセールスをしなくてはならず、そこではまさにこの「しゃべりすぎ」が災いしたという。「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
ヨシオさん口調はまるで坂道を転がり落ちるように加速していった。息継ぎの合間も惜しいといった感じだ。それまでの人生で味わった多くの理不尽な経験を伝えたいという強い意思が伝わった。一方で本連載を通して少なくない発達障害の人に出会う機会を持ったことで、私にはヨシオさんのこうしたマイペースな振る舞いも当事者の“特性”のひとつであるように思えた。ただ一方的に話を聞いているだけでは取材にならない。だから、私は強引にヨシオさんの話を遮った。「いったん私の話を聞いてもらえますか」と言うと、ヨシオさんがハッとしたように口をつぐんだ。そして少し申し訳なさそうに答えた。「いつもしゃべりすぎちゃんです」。大学卒業後、初めて就いた仕事は営業職。個人宅に飛び込みでセールスをしなくてはならず、そこではまさにこの「しゃべりすぎ」が災いしたという。「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「いったん私の話を聞いてもらえますか」と言うと、ヨシオさんがハッとしたように口をつぐんだ。そして少し申し訳なさそうに答えた。「いつもしゃべりすぎちゃんです」。大学卒業後、初めて就いた仕事は営業職。個人宅に飛び込みでセールスをしなくてはならず、そこではまさにこの「しゃべりすぎ」が災いしたという。「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
大学卒業後、初めて就いた仕事は営業職。個人宅に飛び込みでセールスをしなくてはならず、そこではまさにこの「しゃべりすぎ」が災いしたという。「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「先輩からは、営業のコツは相手から話を引き出すことだとアドバイスされました。こっちが話すのは2割でいいと。でもいつのまにか自分が8割しゃべってしまっているんです」扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
扱っている商品の話ならまだしも、自分の身の上話やその日あった出来事について語っている。結果を出さなければと焦れば焦るほど空回りした。加えてヨシオさんはいわゆる空気を読むことができなかったという。「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「『二度と来るな』とか、『今度敷地に入ったら警察を呼ぶからな』とかしょっちゅう怒鳴られました。怒鳴りつけられて初めて相手が怒っていることに気づくんです」と振り返る。営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
営業担当者にありがちな失敗談にもみえるが、激怒される頻度が高すぎた。先輩からは、少し話をしてみて相手に脈がない、迷惑がられていると思ったら引き下がるのだと教えられたものの、ヨシオさんにはその見極めができなかった。「打ち合わせ」の予定が組めない会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
会社に戻ってからの事務作業も苦手だった。誤字脱字、計算間違い、記録漏れ――。自宅や出先にパソコンや携帯を忘れてくることもしょっちゅう。上司からは「契約が取れるまで帰ってくるな」と言い渡されることもあったという。「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「会社の中にも、外にも逃げ場がありませんでした」最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
最初に勤めた会社は追われるようにして数年で退職。すぐに就職活動を始め、ある自治体の正規職員として採用された。しかし、「ここでもやばいほどトラブルばかり起こした」と振り返る。中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
中でもヨシオさんが苦労したのは「打ち合わせの予定が組めないこと」だった。上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
上司と先方の関係者らの予定を調整して日程を組み、場所を押さえ、当日までの準備をする、という一見基本的な業務がヨシオさんにとっては難しかった。肝心の上司の出張の日に予定を入れてしまったり、打ち合わせ場所までの移動時間を考えずに直前まで別の会議が入っている時間帯に予定を組んでしまったり、当日の話し合いまでに必要な段取りや確認ごとができていなかったり、資料のコピーが間に合わなかったりといった失敗を繰り返した。ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
ヨシオさんに言わせると、「自分と先方と都合のよい日付と場所を決めたら、あとは大丈夫と思い込んでしまう」。物事を俯瞰して臨機応変に調整、判断することが難しいのだという。周囲からは「自分勝手なやつ」と思われてしまう。しかし、ヨシオさんはいつも「頭の中は毎日仕事のことでいっぱいいっぱい。でも、いつも周りから『こんな日程じゃ、打ち合わせ無理だろ』と指摘されて初めて気が付くんです」。上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
上司による叱責の中でも「反省しているふりをしてるだけだろ」「落ち込んでいるふりなんてしなくていい」と言われることがつらかった。同じミスを繰り返していただけに反論のしようがなく、自己肯定感が奪われていった。イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
イベントなどの看板の回収や、倉庫から備品を取ってくるように指示されたときも、明らかに視界に入っているはずなのに、目当てのものを見つけることができず、30分以上、イベント会場や倉庫内を右往左往してしまうことも珍しくなかった。間違って子どもサイズの服を買う普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
普段の生活でも電車やバスを乗り間違えるのは日常茶飯事。衣料品店でも間違って子どもサイズの服を買ってしまうことがよくある。表示は目にしているはずなのに、認識ができない。視覚情報を処理することが不得手なのは、発達障害を診断する際に補助的に行われる知能検査「WAIS(ウェイス)」の群指数のひとつ「知覚統合」の値が低い場合の典型的な特性のひとつである。自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
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自治体では結局、2年で下水道施設を管理する部署への異動を命じられた。同じ時期、発達障害を疑ったヨシオさんは精神科を受診。「予想してたとおりの結果でした。診断された日、家で独りで泣いたことを覚えてます。わかったところで人生がよくなるとは思わなかったので」。障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
障害者枠での転職も考えて調べてみたが、あまりの給与水準の低さに驚いてやめた。「あれではとても生活できない。周りに迷惑をかけるやつはそれくらいで十分だろうということなんでしょうか。差別されているような気持ちになりました」と首をかしげる。現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
現在の職場では発達障害と診断されたことを打ち明けた。一部の同僚から「障害を言い訳にするつもりか」と面と向かって言われたが、さいわい上司との関係は悪くない。ミスをすれば叱られるが、故意ではないことを理解してくれるという。ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
ヨシオさんのほうでも、発達障害とわかってからは自分なりに工夫をするようになった。書類は提出前に手の空いている人にチェックをしてもらう。携帯のアラーム機能を活用して物忘れを防ぐ。さらに自分専用の箱を用意し、書類はすべてその中に入れてつねに目に入るようにした。下手に仕分けするよりも紛失を防げるし、手間がかかる仕事を後回しにして締切直前に焦るという“悪癖”が改善されたという。現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
現在ヨシオさんの年収は約280万円。正規職員なので身分も安定している。ヨシオさんは「たまたま上司に恵まれているだけ。(その上司が)異動になればどうなるかわからない」と言うが、私がこれまで取材で話を聞いた発達障害の当事者に比べると、賃金水準は高く、転職回数も少ない。1人暮らしでもあり、いわゆる貧困状態にあるとはいえない。発達障害の居場所を奪う社会こそが貧しいそれでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
それでもヨシオさんは自分の話を聞いてほしいと編集部にメールを送ってきた。そしてこんな持論を展開した。「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「発達障害の人は迷惑かもしれません。でもそもそも人間はお互いに迷惑を掛け合う存在のはずです。僕らのような発達障害を排除することが、これからの社会にとって本当にいいことなんでしょうか」発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
発達障害の人々の居場所を安易に奪う社会こそが貧しいのではないか、というわけだ。同感である。ただここまではっきりと自己主張する当事者に出会ったのは初めてだ。「物言う弱者はたたかれる」という風潮はかつてなく高まっているから、ヨシオさんのような意見はバッシングに遭うだろうなと思う。「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
「発達障害は周りに迷惑をかける」と言う一方で「発達障害は社会をよくするための礎になるはず」とも。気持ちは複雑に揺れ動いているようだった(写真:ヨシオさん提供)それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
それでもヨシオさんは発達障害の当事者も「努力や反省をします」としたうえで「発達障害の人が普通に働けるようになれば、行き過ぎた効率主義や成果主義にも歯止めがかかるのではないか。それは定型発達(発達障害ではない人)にとっても風通しのよい社会になると思うんです」と訴える。ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
ヨシオさんの主張に既視感を覚えた。今から30年以上前に男女雇用機会均等法が施行されたときのことだ。女性が社会に参画すれば、長時間労働や過労死問題が少しは改善されるのではないかという期待が一部にあった。しかし、ふたを開けてみれば、女性が男性並みの働き方を求められる局面のほうが多かった。この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
この間、行き過ぎた効率主義、成果主義には拍車がかかりこそすれ、見直されることはなかった。女性以上にマイノリティーである発達障害が社会を変える切り札になりえるだろうか。私の問いかけに、ヨシオさんはこう答えるのだ。そこには希望と悲壮感が相半ばしていた。「それでも僕は発達障害が社会を変える礎になると信じたい。そうでなければ、僕がこれまで味わってきた塗炭の苦しみが無駄になってしまう」本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
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