「いつまでオレを待たせるんだ」オジサンがコンビニ店員に横柄な態度を取りがちな根本原因

※本稿は北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。
あなたは、コンビニエンスストアで「接客態度が悪い」と店員を怒鳴りつけている年配の男性を見かけたことはないでしょうか。スーパーマーケットやホームセンターでも同様です。
店員の方たちにとって、お客さんは誰でも平等にお客さんです。同じようにコーヒーやお弁当を買う限り、とりわけ誰にていねいに接客し、誰をぞんざいに扱うのかなどのルールはもちろんありません。
インターネット上では、中高年のお客さんのなかの、一部の方たちの態度やマナーを問題視する報告が多数見られます。
たとえば、以下のような例です。
「ホームセンターでレジに割り込んできた老年の男性が、待たされたことに腹を立てて商品を投げつけ、『もう来るか! こんな店!』と言いはなって帰った」
「お酒を買うときに、レジで年齢認証ボタンを押してもらう決まりなのに、『おれが20歳以下に見えるのか? 絶対押さないから代わりに押せ!』と言い、『代理で押すのは違法なのでご協力お願いします』と説得するのに、毎回時間がかかる」
「『ポイントカードをお持ちですか?』と尋ねると、常連のつもりだったのか、『何回、ないと言わせるんだ!』と怒る」「『レジ袋に商品をお入れしましょうか?』と尋ねたら、店員がしている薄いゴム手袋を見て、『その手袋、何人で替えてるんだ? 汚い手で触るな!』と絡まれた」「マイルドセブンライトは何番、というようにタバコがナンバリングされているのに、頑なに数字で言わず、こちらが銘柄を知らなかったり、探すのが遅くなると、乱暴なことばでなじられた」■年長の人を無条件に敬う社会から変わっている2017年1月に配信されたニュースにおいても、『居丈高なシニア層についての店員の困惑や不快感』についての記事が取り上げられていました。その記事に寄せられた意見としては、「会社での役職が、プライベートでも通用すると思っている人が多い気がする。『誰もキミのことなんか知らないよ』と誰かが教えてあげるべきだ」というものがありました。写真=iStock.com/CreativaImages※写真はイメージです – 写真=iStock.com/CreativaImages「50代以上の人たちの時代は男性が今以上に強く、尊重されていた。当時だって不満に思っていた人はいたはず」という意見も寄せられていました。似たような状況を目撃したことがある読者の方も多いでしょう。今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
「『レジ袋に商品をお入れしましょうか?』と尋ねたら、店員がしている薄いゴム手袋を見て、『その手袋、何人で替えてるんだ? 汚い手で触るな!』と絡まれた」「マイルドセブンライトは何番、というようにタバコがナンバリングされているのに、頑なに数字で言わず、こちらが銘柄を知らなかったり、探すのが遅くなると、乱暴なことばでなじられた」■年長の人を無条件に敬う社会から変わっている2017年1月に配信されたニュースにおいても、『居丈高なシニア層についての店員の困惑や不快感』についての記事が取り上げられていました。その記事に寄せられた意見としては、「会社での役職が、プライベートでも通用すると思っている人が多い気がする。『誰もキミのことなんか知らないよ』と誰かが教えてあげるべきだ」というものがありました。写真=iStock.com/CreativaImages※写真はイメージです – 写真=iStock.com/CreativaImages「50代以上の人たちの時代は男性が今以上に強く、尊重されていた。当時だって不満に思っていた人はいたはず」という意見も寄せられていました。似たような状況を目撃したことがある読者の方も多いでしょう。今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
「マイルドセブンライトは何番、というようにタバコがナンバリングされているのに、頑なに数字で言わず、こちらが銘柄を知らなかったり、探すのが遅くなると、乱暴なことばでなじられた」■年長の人を無条件に敬う社会から変わっている2017年1月に配信されたニュースにおいても、『居丈高なシニア層についての店員の困惑や不快感』についての記事が取り上げられていました。その記事に寄せられた意見としては、「会社での役職が、プライベートでも通用すると思っている人が多い気がする。『誰もキミのことなんか知らないよ』と誰かが教えてあげるべきだ」というものがありました。写真=iStock.com/CreativaImages※写真はイメージです – 写真=iStock.com/CreativaImages「50代以上の人たちの時代は男性が今以上に強く、尊重されていた。当時だって不満に思っていた人はいたはず」という意見も寄せられていました。似たような状況を目撃したことがある読者の方も多いでしょう。今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
2017年1月に配信されたニュースにおいても、『居丈高なシニア層についての店員の困惑や不快感』についての記事が取り上げられていました。その記事に寄せられた意見としては、「会社での役職が、プライベートでも通用すると思っている人が多い気がする。『誰もキミのことなんか知らないよ』と誰かが教えてあげるべきだ」というものがありました。写真=iStock.com/CreativaImages※写真はイメージです – 写真=iStock.com/CreativaImages「50代以上の人たちの時代は男性が今以上に強く、尊重されていた。当時だって不満に思っていた人はいたはず」という意見も寄せられていました。似たような状況を目撃したことがある読者の方も多いでしょう。今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
「50代以上の人たちの時代は男性が今以上に強く、尊重されていた。当時だって不満に思っていた人はいたはず」という意見も寄せられていました。似たような状況を目撃したことがある読者の方も多いでしょう。今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
似たような状況を目撃したことがある読者の方も多いでしょう。今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
今の社会のありようは、「年長(高い地位)の人間は無条件に敬うべきだ」という価値観が薄くなっていっているところです。リスペクト(尊重)されるべきは、本来その人個人の人柄や技能、能力です。年齢や地位そのものではありません。■偉いのは「地位」であって個人の人柄ではないしかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
しかし、人は地位と自分の区別がつかなくなってしまうことが多くあります。権力をもつ地位にあるから、その職権から発せられる業務命令に部下はしたがうのであって、かならずしもその人個人に心服しているわけではありません。どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
どんなことがあってもこの上司についていこうなどと、殊勝なことを思う部下は少ないかもしれません。ただ、上司に逆らうとボーナスを減らされるので、したがっているだけという可能性もあるのです。こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
こうした力のことを心理学では「勢力」と呼び、ボーナスを減らす権限を振るうような勢力を「罰勢力」、評価を高くして、職階を引き上げる権限などを「報酬勢力」と呼びます。いずれも職業上の地位にともなう権限によって成立しているだけであって、その地位にある個人の人柄がエラいわけではありません。それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
それなのに、日本ではこの個人と職業上の権限を、区別せずに混ぜてしまう感覚が横行しがちなのです。■本人が「ただの人」であると認識できるかが鍵「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
「無意識のバイアス」の無意識とは何でしょうか。なぜバイアスの前に「無意識」ということばがついているのでしょうか。さきほどの例から考えてみます。退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
退職によって、職業上の地位がなくなってしまった方も、これまで自分が尊重されていた日常からすぐに離れられるわけではありません。しかし、会社以外の場所で「尊重」を求めても無理な話です。本人の心のうちでは、そのあたりがまだしっくりこないのです。その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
その人は職歴の最後に取締役や部長といった、会社では重要な人物として大切に扱われていたのかもしれません。それでも、退職すれば「ただの人」です。「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
「ただの人」であることに適応できない人は、若者がなぜ自分をもっと尊重しないのか、なかなか理解できません。尊重されないことへの反発で、一段と力を見せようとして若者に威張ったり、命令したりすると、まさに「パワハラ」ということになります。本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
本人はこの「ずれ」や立場の変化、落差に気づいていない。だから「無意識」となります。立場の違いに無自覚であるために、不愉快も大きくなってしまいます。ついつい、いつものクセや、過去の自分との扱いの差に腹を立てて、よく立場を顧みないまま怒るという結果になるのです。この場合の「無意識」は「無自覚」ということと、ほぼ同じように用いていることばです。■「店員さんはあなたの部下ではない」と言ってあげる退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
退職後ということでなくても、ふだんから尊重される社内と、社外で利用する店のお客とでは立場が異なっています。店員さんは自分の部下ではないのですから、いつでも期待どおりの応対をしてくれるとは限らないでしょう。それどころか、部下だからといって、口の利き方からちょっとした振る舞いまで、すべてが自分の期待するとおりでないといけないというのも、すでにパワハラの発想です。今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
今の日本は、どこにでもこのような「無意識のバイアス」によるパワハラの芽があり、時代の変化にマッチしない人びとが昔のままに抱える自己イメージのために、突然パワハラの加害者として認定されてしまうような社会なのです。さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
さきほどの例でいえば、家族が「店員さんは、あなたの部下じゃないですよ」と諭してあげれば、本人も立場の違いを自覚して、自身の振る舞いに気をつけるようになるかもしれません。ですから、それほど深い無意識とも言えないでしょう。本人が薄々気づいていることもあります。その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
その人は、たとえば外国の旅行先で入ったコンビニで、日本と同じように威圧的な態度をとるでしょうか。場面によってまったく態度を変えるならば滑稽です。海外ではとらない態度を日本ではとるというなら、それは要するに「甘え」なのでしょう。なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
なぜ、「無意識」が問題になるかというと、本人が意識・自覚しているものはまだ直しようがありますが、無意識にしていることは、気づいてさえいないので、直すこと自体、難しいからです。だからこそ、これは大きな問題になりがちで、近頃世間のあちこちでニュースとなるのです。■無意識だからこそ繰り返される差別世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
世間では、たとえば女性蔑視をめぐって、不適切な発言や物言いがだいぶ意識されるようになってきました。しかし、根強い習慣から無自覚にくり返される差別的な事例もあります。北村英哉『あなたにもある無意識の偏見』(KAWADE夢新書)妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
妊娠、出産した女子生徒が退学になるケースもそれです。妊娠はひとりではできず、当事者はもうひとりいるはずです。しかし、出産したら一義的に母親に育てる義務があるような世間の扱い方があり、それに比べて、もう一方の当事者である男性は免責されていることもあります。生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
生まれた赤ちゃんをどう育てるのか。家族のサポートが必要なのは当然ですし、乳児院や養父母を探す必要が生じることもあります。養父母を探すサポートを行なっている組織もありますが、これらの手配も女性側の家族の負担になっています。妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
妊娠するのが罪であるかのような扱いでは、当たり前のように少子化になるでしょう。どんな状況でも社会が安心して支援するということであれば、罪ではなく、もっと子どもが祝福を受けるかもしれません。■相手に黙って配慮するより、まず話し合いをこんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
こんな見方ひとつとっても、日本ではずいぶんとゆとりのないものの見方が横行しているようです。近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
近年、だいぶ理解が進みましたが、妊娠、出産の可能性のある女性社員が、いざ出産を迎えるにあたって育児休暇をとることに対し、どれだけの企業がサポートできているでしょうか。夫である男性が育休をとることにも、まだためらいや、同僚の目を気にすることが現実に起こっています。そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
そこで、気兼ねなく、「安心して育休をとっていいよ」という上司からの気持ちの伝達があれば、あるいは、職場での宣言があれば、みんなずっと育休をとりやすいはずです。育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
育休から戻ってきたときにも、問題が起こることがあります。育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
育児休暇から復帰した女性社員に対して、子どもがまだ小さいのだから、きつくない仕事のほうがいいだろうと、上司が気を利かせたつもりで、責任の軽い仕事ばかりを与えたとします。しかし、そうすることにより、女性社員がやりがいや充足感がもてないという不満を感じるケースがあります。相手によかれと思って配慮したつもりでも、相手の受けとめ方によってはまったく違ってしまうことがあるのです。一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
一番よいのは、きちんと話し合い、お互いの意向を聞いてから決めることです。一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
一方的な思い込み―アンコンシャスバイアス―は、よい結果に結びつかないかもしれない、ということをつねに意識しておくことが大事なのです。———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
———-北村 英哉(きたむら・ひでや)東洋大学 社会学部社会心理学科 教授東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学、感情心理学。著書に『認知と感情』(ナカニシヤ出版)などがある。———-(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)
(東洋大学 社会学部社会心理学科 教授 北村 英哉)