「光秀が築いた本物の石垣」久々に琵琶湖から姿現す…水位低下で「コの字形」確認も

少雨による琵琶湖の水位の低下を受け、戦国武将・明智光秀が湖畔に築いた坂本城跡(大津市)の石垣の一部が久しぶりに湖面から露出している。
坂本城は、比叡山焼き打ち(1571年)の後に築城。織田信長の安土城(滋賀県近江八幡市)に次ぐ壮麗さと評されたが、本能寺の変(82年)の後に落城し、いつしか石垣も琵琶湖に沈んだ。これまでの発掘調査では本丸跡などは判明しているが、全体像は不明な点が多い。
国土交通省琵琶湖河川事務所によると、12日午前6時現在の水位はマイナス60センチにまで下がった。これに伴い、石垣の底部の石積みが「コの字形」に配置されている様子を湖畔から確認できる。
水位が観測史上最低(マイナス123センチ)を記録した1994年にも、長さ約20メートルの石垣が姿を現し、話題になった。今の水位は2007年11月以来の低さとなっているが、1994年以降で、湖面で石垣を確認したとの定かな記録は残っていないという。
観光ボランティアなどを務める「坂本城を考える会」の山本正史・事務局長(80)は「光秀が築いた本物の石垣を久々に見てもらえる」と喜ぶ一方、「大切な歴史遺産。石を持ち帰ったり、私有地に入ったりせず、マナーを守って見学を」と呼びかけている。