【えいなか】「ママは頭が悪いから専業主婦なんだよね」…息子まで歪めてしまった43歳夫の「ヤバすぎるモラハラ」

モラハラ・DV加害者などの「変わりたいと願う加害者」が集まる学びのコミュニティGADHAを運営しているえいなかと申します。僕自身もDV加害者として妻を傷つけ、離婚寸前までいき、そこから学び直して関係を再構築できた当事者として、このコミュニティを立ち上げました。
GADHAに参加する方の多くは、パートナーから離婚や別居を突きつけられた方です。あるいは、家に帰ったらパートナーやお子さんがおらず、手紙が置いてあって連絡しても既読もつかなくなっている…というような状況の方もいます。
そんな様々な加害者の方々と話していると、驚くほど多くの共通点があります。本記事では、個人の特定を避けるために実際の事例での事実関係から一部変更した具体的なケースを紹介します。<【前編】42歳の妻が青ざめた…「専業主婦」を見下す43歳エリート夫のヤバすぎるモラハラ>では、加害者の視点からのお話を紹介しました。後編となる本稿では、被害者である妻のA子さんにお話を伺います。
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地獄の生活から子供を守るために逃げ出したA子さん「付き合った当初は、とても羽振りが良くて、大切にされていると思っていました。高いホテルに行ったり、ディナーに連れて行ってくれたり、サプライズのプレゼントや指輪もくれる、なんというかロマンチックな人でした。」A子さんは、昔を思い出してちょっと笑いながらそのように話し始めました。「でも今思えば、あの頃から『私はそんなに高いところに行かなくていい』といっても全然聞いてくれませんでした。実際、あんまり好みじゃないプレゼントをサプライズでもらったりしても困ることもあったのですが…ネックレスなどつけていないと不機嫌になるので、相手をイライラさせないために自分の趣味のものはつけなくなりました。考えてみると、最初から『私のためではなく見栄のため』『いい彼氏をやるため』『自慢できる彼でいるために』色々してくれていたのだなと思います。私がSNSに載せて、友達からコメントがついているととても自慢げで『いい彼氏を持ってA子は幸せだな』なんて言われて私も呑気に喜んでいたなんて、今となっては思い出したくもないですね。」ため息をついて話すA子さんの声には、深い後悔が感じられます。これまでのことを思い出しているのか少し沈黙が続きます。仕事を一方的にやめさせられた「私も押しに弱いところがあり、色々疑問や懸念はあったものの『こんなに私のことを好きになってくれる人も他にいないだろう』と思って結婚したんです。でも、それからどんどん幸せな時間より苦しい時間の方が増えていきました。結婚してまず驚いたのが、強い専業主婦への希望があったことです。結婚前まではそういう話はあまりしていなかったのですが『女性には家に入って欲しい』『帰宅したら出来立てのご飯で迎えてほしい』などと言われてしまって。職場の人間関係もよかったですし、まだ若かったですからあまり家の中に閉じこもっているのも楽しくないから働いていたいと言ったら『どうせ大したキャリアじゃない』『遊びのような仕事だろう』と言われて傷つきましたね…確かに彼の会社のように大企業ではないですが、自分なりにやりがいを感じていたので。」そのときのことを思い出したのか、A子さんの声が少し震えます。自分が楽しんでいた仕事を軽く見られたことはとても悔しかったでしょう。[PHOTO]iStock 「それに…これはちょっと言いにくいのですが、結婚してから避妊も一切してくれなくなりました。二人の時間も楽しみたかったし仕事もあったので子どもはすぐには考えていなかったのですが、彼は全く協力してくれませんでした。でも拒否すると『俺を愛していないのか』とか『浮気してるのか』と怒鳴られたり、家の中で無視をされたり、冷たく当たられるので結局拒めず、最終的には彼の思い通り妊娠し、なし崩し的に仕事もやめることになりました。仕事をやめてからは、ますます彼の暴力性が増していきました。彼はものすごくコンプレックスが強くて、いつも自分より先に出世した同僚や、自分を評価しない上司の悪口ばかり言っていました。そして決まって『お前はいいよな、家で主婦やってたらいいんだから』と言われるのが、本当に悔しかったです。」A子さんは少し涙ぐみながら当時のことをお話しされます。自分が避妊をせずにセックスを強要し、それによって仕事を辞めさせておきながら、一方で主婦は楽だと言われるのはどんな気分だったでしょうか。実家のことを馬鹿にされる「彼のコンプレックスは、ダイレクトに子どもたちにも向きました。とにかく子どもの頃から勉強を徹底させられ、塾や習い事など、まさに詰め込み教育という感じです。私の実家はそういう感じではなかったので、びっくりしました。もっと、放課後友達と公園で遊んだり、趣味のことをしたり、自由に過ごさせてあげたかったのですが、私が何かいうと『低学歴にはわからない』『お前の家もレベルが低いからな』などと馬鹿にされ、まるで意見を聞いてもらえませんでした。」自分の実家のことを悪く言われることもとても嫌だったとA子さんは言います。ことあるごとに実家の「格」について意地悪なことを何度も言われたそうです。[PHOTO]iStock 「子どもたちには常に『勉強でもスポーツでも一番になれ』『人に負けないものを持て』と言い、成績が悪いとご飯のおかずを取り上げたり、お小遣いを減らしたり、スポーツの試合でミスをすると『下手くそ!』『おれの子とは思えない、恥ずかしい』なんて、本当に酷いことを言うんです。長期休みになると毎回遠出したがるのですが、子どもたちは本当に嫌がっていました。そもそも子どもたちの部活の都合を全て無視して、彼の仕事のスケジュール次第で日程を決め、絶対に変更を許しませんでした。友達とお祭りなどの行事にも参加できず、子どもたちには本当に悪いことをしました。それに、旅行の時に子どもたちが立てたプランに少しでも問題や間違いがあるとものすごく不機嫌になり、良い思い出が全然ない家族旅行でした。父親の喜びそうな旅行先のアクティビティや観光名所を考えている子どもたちの必死な表情を思い出します。やりたくもないピアノや水泳をやらされ、私もかわいそうなので子どもたちが休みたいと言うと連れていかず家でのんびりさせていたのですが、それをどこで知ったのか、彼は激怒して私は土下座させられました。悔しいのか悲しいのかわからず、涙も出てきませんでした……。」その時と違い、いまのA子さんは涙を流してその話を振り返ります。当時は泣くことすら許されない状況だったのでしょう。夫婦として対等に生きているはずが土下座をさせられるなんて、どれほど傷つき、泣いて良いほどの悲しみだったか。子どもたちを傷つけたことは許せないそんな状況なのに泣くことすらできなくなっていたなんて、いかに辛い環境だったか推し量れます。そこでA子さんの語気が強まりました。「それに、うちの長男も土下座させられたんです。目指していた高校に入ることができなかったとき『高校からは義務教育じゃない。これまでお前に使ってきた塾代などは全部無駄になった。働いて返してくれても良いんだぞ? お前がどうしてもレベルが低くても高校に行きたいなら、おれにちゃんとお願いしろ』と。これは絶対に許せません。うちは下の子の方が勉強が得意なのですが、目指していた名門中学に受かったこともあり、どんどん彼に似てきています。兄のことを馬鹿にして喧嘩になったり、私のことも『ママは頭が悪いから専業主婦なんだよね』と言われたことがあります。そういうことを言っても、父からは怒られず、むしろ気に入られるとわかって言っているのです。その残酷な表情を見て、これはもう本当にまずいと目が覚めました。私だけが傷つくならまだしも、子どもたちもどれほど傷ついたか。そして、それどころかこのままだと子どもたちが人を傷つける人間に育ってしまうとようやくわかったのです。」A子さんは、お子さんの話を始めると声の力が強くなりました。ご自身の感情はもうわからなくなっていた当時でさえ、お子さんのことを考えると勇気が湧いてきたと言います。[PHOTO]iStock 「いまは実家に身を寄せていますが、仕事も見つかったので早く働き始めようと思います。うちの実家にきて、子どもたちは2人とも気が緩んできたようです。日常的に比較されることがなくなったので兄弟仲も刺々しさがずっと減って、本当によかったです。これから離婚のために色々やっていかなければならないのですが、毅然とした対応で、自分の人生も取り戻していきたいと思います。今は昔と違って買い物1つ1つのレシートをチェックされるような息苦しさもなくなり、精神的にずっと楽になりました。GADHAで変わってくれればと思いますが、正直あまり期待はしていません。私は彼を変える責任も義務もないと、今は思えています。」そう言うA子さんは晴れ晴れとした様子でした。加害者と被害者で全く違って語られるストーリーモラハラ・DV加害者の視点からみると、彼らはまったく暴力を振るっていません。むしろ正しいこと、やるべきことをやっていると認識しています。しかし一度被害者側に視点を転じてみると、その「正しさ」は紛れもない暴力となって被害者を襲っていることがわかります。GADHAに参加する方々も、最初は「このくらいどこもやっている」「怒らせる方が悪い」「普通こうなのだ」と自分の加害性を認めたがりません。GADHAに参加したとしても、残念ながら全ての人が変容するわけではありません。しかし、そのきっかけの1つになるのが「自分と同じようなことをしていた人が」「自分の加害性を認めて反省していて」「それによって関係が改善しているのを見る」ときです。[PHOTO]iStock 加害者の多くは、うまくストーリーをねじ曲げ、自分には何も落ち度がないように相談できてしまいます。普通に友達に相談すると「それは奥さんも悪いね」とか「どっちもどっちだな」と言われたりして、自分の問題点に気づくことができないのです。「変わりたいと願う加害者」が集まるGADHAはそのような印象操作に騙されません。誰もが心当たりを持っているからです。「わかるよ、自分も…」と共感と共に加害を指摘し合う関係の中で、変容が進んでいくのです。多くの加害者は、生まれ育った家庭において被害を受けていたことも多いです。わかりやすい物理的な虐待だけに留まらず、まさに今回のA男さんがしているような「教育虐待」も典型的な事例です。A男さんもそのように育てられてきて、そして加害者となったのでしょう。GADHAでは、加害は連鎖するものと考えます。関わる人を不幸にし、それによって自分も孤独にしてしまう。この加害の連鎖に気づけた加害者たちが集まり、その連鎖を終わらせ、愛のある関係を築くことのできる人になることを目指してGADHAは活動しています。
「付き合った当初は、とても羽振りが良くて、大切にされていると思っていました。高いホテルに行ったり、ディナーに連れて行ってくれたり、サプライズのプレゼントや指輪もくれる、なんというかロマンチックな人でした。」
A子さんは、昔を思い出してちょっと笑いながらそのように話し始めました。
「でも今思えば、あの頃から『私はそんなに高いところに行かなくていい』といっても全然聞いてくれませんでした。実際、あんまり好みじゃないプレゼントをサプライズでもらったりしても困ることもあったのですが…ネックレスなどつけていないと不機嫌になるので、相手をイライラさせないために自分の趣味のものはつけなくなりました。
考えてみると、最初から『私のためではなく見栄のため』『いい彼氏をやるため』『自慢できる彼でいるために』色々してくれていたのだなと思います。私がSNSに載せて、友達からコメントがついているととても自慢げで『いい彼氏を持ってA子は幸せだな』なんて言われて私も呑気に喜んでいたなんて、今となっては思い出したくもないですね。」
ため息をついて話すA子さんの声には、深い後悔が感じられます。これまでのことを思い出しているのか少し沈黙が続きます。
「私も押しに弱いところがあり、色々疑問や懸念はあったものの『こんなに私のことを好きになってくれる人も他にいないだろう』と思って結婚したんです。でも、それからどんどん幸せな時間より苦しい時間の方が増えていきました。
結婚してまず驚いたのが、強い専業主婦への希望があったことです。結婚前まではそういう話はあまりしていなかったのですが『女性には家に入って欲しい』『帰宅したら出来立てのご飯で迎えてほしい』などと言われてしまって。
職場の人間関係もよかったですし、まだ若かったですからあまり家の中に閉じこもっているのも楽しくないから働いていたいと言ったら『どうせ大したキャリアじゃない』『遊びのような仕事だろう』と言われて傷つきましたね…確かに彼の会社のように大企業ではないですが、自分なりにやりがいを感じていたので。」
そのときのことを思い出したのか、A子さんの声が少し震えます。自分が楽しんでいた仕事を軽く見られたことはとても悔しかったでしょう。
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「それに…これはちょっと言いにくいのですが、結婚してから避妊も一切してくれなくなりました。二人の時間も楽しみたかったし仕事もあったので子どもはすぐには考えていなかったのですが、彼は全く協力してくれませんでした。でも拒否すると『俺を愛していないのか』とか『浮気してるのか』と怒鳴られたり、家の中で無視をされたり、冷たく当たられるので結局拒めず、最終的には彼の思い通り妊娠し、なし崩し的に仕事もやめることになりました。仕事をやめてからは、ますます彼の暴力性が増していきました。彼はものすごくコンプレックスが強くて、いつも自分より先に出世した同僚や、自分を評価しない上司の悪口ばかり言っていました。そして決まって『お前はいいよな、家で主婦やってたらいいんだから』と言われるのが、本当に悔しかったです。」A子さんは少し涙ぐみながら当時のことをお話しされます。自分が避妊をせずにセックスを強要し、それによって仕事を辞めさせておきながら、一方で主婦は楽だと言われるのはどんな気分だったでしょうか。実家のことを馬鹿にされる「彼のコンプレックスは、ダイレクトに子どもたちにも向きました。とにかく子どもの頃から勉強を徹底させられ、塾や習い事など、まさに詰め込み教育という感じです。私の実家はそういう感じではなかったので、びっくりしました。もっと、放課後友達と公園で遊んだり、趣味のことをしたり、自由に過ごさせてあげたかったのですが、私が何かいうと『低学歴にはわからない』『お前の家もレベルが低いからな』などと馬鹿にされ、まるで意見を聞いてもらえませんでした。」自分の実家のことを悪く言われることもとても嫌だったとA子さんは言います。ことあるごとに実家の「格」について意地悪なことを何度も言われたそうです。[PHOTO]iStock 「子どもたちには常に『勉強でもスポーツでも一番になれ』『人に負けないものを持て』と言い、成績が悪いとご飯のおかずを取り上げたり、お小遣いを減らしたり、スポーツの試合でミスをすると『下手くそ!』『おれの子とは思えない、恥ずかしい』なんて、本当に酷いことを言うんです。長期休みになると毎回遠出したがるのですが、子どもたちは本当に嫌がっていました。そもそも子どもたちの部活の都合を全て無視して、彼の仕事のスケジュール次第で日程を決め、絶対に変更を許しませんでした。友達とお祭りなどの行事にも参加できず、子どもたちには本当に悪いことをしました。それに、旅行の時に子どもたちが立てたプランに少しでも問題や間違いがあるとものすごく不機嫌になり、良い思い出が全然ない家族旅行でした。父親の喜びそうな旅行先のアクティビティや観光名所を考えている子どもたちの必死な表情を思い出します。やりたくもないピアノや水泳をやらされ、私もかわいそうなので子どもたちが休みたいと言うと連れていかず家でのんびりさせていたのですが、それをどこで知ったのか、彼は激怒して私は土下座させられました。悔しいのか悲しいのかわからず、涙も出てきませんでした……。」その時と違い、いまのA子さんは涙を流してその話を振り返ります。当時は泣くことすら許されない状況だったのでしょう。夫婦として対等に生きているはずが土下座をさせられるなんて、どれほど傷つき、泣いて良いほどの悲しみだったか。子どもたちを傷つけたことは許せないそんな状況なのに泣くことすらできなくなっていたなんて、いかに辛い環境だったか推し量れます。そこでA子さんの語気が強まりました。「それに、うちの長男も土下座させられたんです。目指していた高校に入ることができなかったとき『高校からは義務教育じゃない。これまでお前に使ってきた塾代などは全部無駄になった。働いて返してくれても良いんだぞ? お前がどうしてもレベルが低くても高校に行きたいなら、おれにちゃんとお願いしろ』と。これは絶対に許せません。うちは下の子の方が勉強が得意なのですが、目指していた名門中学に受かったこともあり、どんどん彼に似てきています。兄のことを馬鹿にして喧嘩になったり、私のことも『ママは頭が悪いから専業主婦なんだよね』と言われたことがあります。そういうことを言っても、父からは怒られず、むしろ気に入られるとわかって言っているのです。その残酷な表情を見て、これはもう本当にまずいと目が覚めました。私だけが傷つくならまだしも、子どもたちもどれほど傷ついたか。そして、それどころかこのままだと子どもたちが人を傷つける人間に育ってしまうとようやくわかったのです。」A子さんは、お子さんの話を始めると声の力が強くなりました。ご自身の感情はもうわからなくなっていた当時でさえ、お子さんのことを考えると勇気が湧いてきたと言います。[PHOTO]iStock 「いまは実家に身を寄せていますが、仕事も見つかったので早く働き始めようと思います。うちの実家にきて、子どもたちは2人とも気が緩んできたようです。日常的に比較されることがなくなったので兄弟仲も刺々しさがずっと減って、本当によかったです。これから離婚のために色々やっていかなければならないのですが、毅然とした対応で、自分の人生も取り戻していきたいと思います。今は昔と違って買い物1つ1つのレシートをチェックされるような息苦しさもなくなり、精神的にずっと楽になりました。GADHAで変わってくれればと思いますが、正直あまり期待はしていません。私は彼を変える責任も義務もないと、今は思えています。」そう言うA子さんは晴れ晴れとした様子でした。加害者と被害者で全く違って語られるストーリーモラハラ・DV加害者の視点からみると、彼らはまったく暴力を振るっていません。むしろ正しいこと、やるべきことをやっていると認識しています。しかし一度被害者側に視点を転じてみると、その「正しさ」は紛れもない暴力となって被害者を襲っていることがわかります。GADHAに参加する方々も、最初は「このくらいどこもやっている」「怒らせる方が悪い」「普通こうなのだ」と自分の加害性を認めたがりません。GADHAに参加したとしても、残念ながら全ての人が変容するわけではありません。しかし、そのきっかけの1つになるのが「自分と同じようなことをしていた人が」「自分の加害性を認めて反省していて」「それによって関係が改善しているのを見る」ときです。[PHOTO]iStock 加害者の多くは、うまくストーリーをねじ曲げ、自分には何も落ち度がないように相談できてしまいます。普通に友達に相談すると「それは奥さんも悪いね」とか「どっちもどっちだな」と言われたりして、自分の問題点に気づくことができないのです。「変わりたいと願う加害者」が集まるGADHAはそのような印象操作に騙されません。誰もが心当たりを持っているからです。「わかるよ、自分も…」と共感と共に加害を指摘し合う関係の中で、変容が進んでいくのです。多くの加害者は、生まれ育った家庭において被害を受けていたことも多いです。わかりやすい物理的な虐待だけに留まらず、まさに今回のA男さんがしているような「教育虐待」も典型的な事例です。A男さんもそのように育てられてきて、そして加害者となったのでしょう。GADHAでは、加害は連鎖するものと考えます。関わる人を不幸にし、それによって自分も孤独にしてしまう。この加害の連鎖に気づけた加害者たちが集まり、その連鎖を終わらせ、愛のある関係を築くことのできる人になることを目指してGADHAは活動しています。
「それに…これはちょっと言いにくいのですが、結婚してから避妊も一切してくれなくなりました。二人の時間も楽しみたかったし仕事もあったので子どもはすぐには考えていなかったのですが、彼は全く協力してくれませんでした。
でも拒否すると『俺を愛していないのか』とか『浮気してるのか』と怒鳴られたり、家の中で無視をされたり、冷たく当たられるので結局拒めず、最終的には彼の思い通り妊娠し、なし崩し的に仕事もやめることになりました。
仕事をやめてからは、ますます彼の暴力性が増していきました。彼はものすごくコンプレックスが強くて、いつも自分より先に出世した同僚や、自分を評価しない上司の悪口ばかり言っていました。そして決まって『お前はいいよな、家で主婦やってたらいいんだから』と言われるのが、本当に悔しかったです。」
A子さんは少し涙ぐみながら当時のことをお話しされます。
自分が避妊をせずにセックスを強要し、それによって仕事を辞めさせておきながら、一方で主婦は楽だと言われるのはどんな気分だったでしょうか。
「彼のコンプレックスは、ダイレクトに子どもたちにも向きました。とにかく子どもの頃から勉強を徹底させられ、塾や習い事など、まさに詰め込み教育という感じです。私の実家はそういう感じではなかったので、びっくりしました。
もっと、放課後友達と公園で遊んだり、趣味のことをしたり、自由に過ごさせてあげたかったのですが、私が何かいうと『低学歴にはわからない』『お前の家もレベルが低いからな』などと馬鹿にされ、まるで意見を聞いてもらえませんでした。」
自分の実家のことを悪く言われることもとても嫌だったとA子さんは言います。ことあるごとに実家の「格」について意地悪なことを何度も言われたそうです。
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「子どもたちには常に『勉強でもスポーツでも一番になれ』『人に負けないものを持て』と言い、成績が悪いとご飯のおかずを取り上げたり、お小遣いを減らしたり、スポーツの試合でミスをすると『下手くそ!』『おれの子とは思えない、恥ずかしい』なんて、本当に酷いことを言うんです。長期休みになると毎回遠出したがるのですが、子どもたちは本当に嫌がっていました。そもそも子どもたちの部活の都合を全て無視して、彼の仕事のスケジュール次第で日程を決め、絶対に変更を許しませんでした。友達とお祭りなどの行事にも参加できず、子どもたちには本当に悪いことをしました。それに、旅行の時に子どもたちが立てたプランに少しでも問題や間違いがあるとものすごく不機嫌になり、良い思い出が全然ない家族旅行でした。父親の喜びそうな旅行先のアクティビティや観光名所を考えている子どもたちの必死な表情を思い出します。やりたくもないピアノや水泳をやらされ、私もかわいそうなので子どもたちが休みたいと言うと連れていかず家でのんびりさせていたのですが、それをどこで知ったのか、彼は激怒して私は土下座させられました。悔しいのか悲しいのかわからず、涙も出てきませんでした……。」その時と違い、いまのA子さんは涙を流してその話を振り返ります。当時は泣くことすら許されない状況だったのでしょう。夫婦として対等に生きているはずが土下座をさせられるなんて、どれほど傷つき、泣いて良いほどの悲しみだったか。子どもたちを傷つけたことは許せないそんな状況なのに泣くことすらできなくなっていたなんて、いかに辛い環境だったか推し量れます。そこでA子さんの語気が強まりました。「それに、うちの長男も土下座させられたんです。目指していた高校に入ることができなかったとき『高校からは義務教育じゃない。これまでお前に使ってきた塾代などは全部無駄になった。働いて返してくれても良いんだぞ? お前がどうしてもレベルが低くても高校に行きたいなら、おれにちゃんとお願いしろ』と。これは絶対に許せません。うちは下の子の方が勉強が得意なのですが、目指していた名門中学に受かったこともあり、どんどん彼に似てきています。兄のことを馬鹿にして喧嘩になったり、私のことも『ママは頭が悪いから専業主婦なんだよね』と言われたことがあります。そういうことを言っても、父からは怒られず、むしろ気に入られるとわかって言っているのです。その残酷な表情を見て、これはもう本当にまずいと目が覚めました。私だけが傷つくならまだしも、子どもたちもどれほど傷ついたか。そして、それどころかこのままだと子どもたちが人を傷つける人間に育ってしまうとようやくわかったのです。」A子さんは、お子さんの話を始めると声の力が強くなりました。ご自身の感情はもうわからなくなっていた当時でさえ、お子さんのことを考えると勇気が湧いてきたと言います。[PHOTO]iStock 「いまは実家に身を寄せていますが、仕事も見つかったので早く働き始めようと思います。うちの実家にきて、子どもたちは2人とも気が緩んできたようです。日常的に比較されることがなくなったので兄弟仲も刺々しさがずっと減って、本当によかったです。これから離婚のために色々やっていかなければならないのですが、毅然とした対応で、自分の人生も取り戻していきたいと思います。今は昔と違って買い物1つ1つのレシートをチェックされるような息苦しさもなくなり、精神的にずっと楽になりました。GADHAで変わってくれればと思いますが、正直あまり期待はしていません。私は彼を変える責任も義務もないと、今は思えています。」そう言うA子さんは晴れ晴れとした様子でした。加害者と被害者で全く違って語られるストーリーモラハラ・DV加害者の視点からみると、彼らはまったく暴力を振るっていません。むしろ正しいこと、やるべきことをやっていると認識しています。しかし一度被害者側に視点を転じてみると、その「正しさ」は紛れもない暴力となって被害者を襲っていることがわかります。GADHAに参加する方々も、最初は「このくらいどこもやっている」「怒らせる方が悪い」「普通こうなのだ」と自分の加害性を認めたがりません。GADHAに参加したとしても、残念ながら全ての人が変容するわけではありません。しかし、そのきっかけの1つになるのが「自分と同じようなことをしていた人が」「自分の加害性を認めて反省していて」「それによって関係が改善しているのを見る」ときです。[PHOTO]iStock 加害者の多くは、うまくストーリーをねじ曲げ、自分には何も落ち度がないように相談できてしまいます。普通に友達に相談すると「それは奥さんも悪いね」とか「どっちもどっちだな」と言われたりして、自分の問題点に気づくことができないのです。「変わりたいと願う加害者」が集まるGADHAはそのような印象操作に騙されません。誰もが心当たりを持っているからです。「わかるよ、自分も…」と共感と共に加害を指摘し合う関係の中で、変容が進んでいくのです。多くの加害者は、生まれ育った家庭において被害を受けていたことも多いです。わかりやすい物理的な虐待だけに留まらず、まさに今回のA男さんがしているような「教育虐待」も典型的な事例です。A男さんもそのように育てられてきて、そして加害者となったのでしょう。GADHAでは、加害は連鎖するものと考えます。関わる人を不幸にし、それによって自分も孤独にしてしまう。この加害の連鎖に気づけた加害者たちが集まり、その連鎖を終わらせ、愛のある関係を築くことのできる人になることを目指してGADHAは活動しています。
「子どもたちには常に『勉強でもスポーツでも一番になれ』『人に負けないものを持て』と言い、成績が悪いとご飯のおかずを取り上げたり、お小遣いを減らしたり、スポーツの試合でミスをすると『下手くそ!』『おれの子とは思えない、恥ずかしい』なんて、本当に酷いことを言うんです。
長期休みになると毎回遠出したがるのですが、子どもたちは本当に嫌がっていました。そもそも子どもたちの部活の都合を全て無視して、彼の仕事のスケジュール次第で日程を決め、絶対に変更を許しませんでした。友達とお祭りなどの行事にも参加できず、子どもたちには本当に悪いことをしました。
それに、旅行の時に子どもたちが立てたプランに少しでも問題や間違いがあるとものすごく不機嫌になり、良い思い出が全然ない家族旅行でした。父親の喜びそうな旅行先のアクティビティや観光名所を考えている子どもたちの必死な表情を思い出します。
やりたくもないピアノや水泳をやらされ、私もかわいそうなので子どもたちが休みたいと言うと連れていかず家でのんびりさせていたのですが、それをどこで知ったのか、彼は激怒して私は土下座させられました。悔しいのか悲しいのかわからず、涙も出てきませんでした……。」
その時と違い、いまのA子さんは涙を流してその話を振り返ります。当時は泣くことすら許されない状況だったのでしょう。
夫婦として対等に生きているはずが土下座をさせられるなんて、どれほど傷つき、泣いて良いほどの悲しみだったか。
そんな状況なのに泣くことすらできなくなっていたなんて、いかに辛い環境だったか推し量れます。そこでA子さんの語気が強まりました。
「それに、うちの長男も土下座させられたんです。目指していた高校に入ることができなかったとき『高校からは義務教育じゃない。これまでお前に使ってきた塾代などは全部無駄になった。働いて返してくれても良いんだぞ? お前がどうしてもレベルが低くても高校に行きたいなら、おれにちゃんとお願いしろ』と。これは絶対に許せません。
うちは下の子の方が勉強が得意なのですが、目指していた名門中学に受かったこともあり、どんどん彼に似てきています。兄のことを馬鹿にして喧嘩になったり、私のことも『ママは頭が悪いから専業主婦なんだよね』と言われたことがあります。そういうことを言っても、父からは怒られず、むしろ気に入られるとわかって言っているのです。
その残酷な表情を見て、これはもう本当にまずいと目が覚めました。私だけが傷つくならまだしも、子どもたちもどれほど傷ついたか。そして、それどころかこのままだと子どもたちが人を傷つける人間に育ってしまうとようやくわかったのです。」
A子さんは、お子さんの話を始めると声の力が強くなりました。ご自身の感情はもうわからなくなっていた当時でさえ、お子さんのことを考えると勇気が湧いてきたと言います。
[PHOTO]iStock
「いまは実家に身を寄せていますが、仕事も見つかったので早く働き始めようと思います。うちの実家にきて、子どもたちは2人とも気が緩んできたようです。日常的に比較されることがなくなったので兄弟仲も刺々しさがずっと減って、本当によかったです。これから離婚のために色々やっていかなければならないのですが、毅然とした対応で、自分の人生も取り戻していきたいと思います。今は昔と違って買い物1つ1つのレシートをチェックされるような息苦しさもなくなり、精神的にずっと楽になりました。GADHAで変わってくれればと思いますが、正直あまり期待はしていません。私は彼を変える責任も義務もないと、今は思えています。」そう言うA子さんは晴れ晴れとした様子でした。加害者と被害者で全く違って語られるストーリーモラハラ・DV加害者の視点からみると、彼らはまったく暴力を振るっていません。むしろ正しいこと、やるべきことをやっていると認識しています。しかし一度被害者側に視点を転じてみると、その「正しさ」は紛れもない暴力となって被害者を襲っていることがわかります。GADHAに参加する方々も、最初は「このくらいどこもやっている」「怒らせる方が悪い」「普通こうなのだ」と自分の加害性を認めたがりません。GADHAに参加したとしても、残念ながら全ての人が変容するわけではありません。しかし、そのきっかけの1つになるのが「自分と同じようなことをしていた人が」「自分の加害性を認めて反省していて」「それによって関係が改善しているのを見る」ときです。[PHOTO]iStock 加害者の多くは、うまくストーリーをねじ曲げ、自分には何も落ち度がないように相談できてしまいます。普通に友達に相談すると「それは奥さんも悪いね」とか「どっちもどっちだな」と言われたりして、自分の問題点に気づくことができないのです。「変わりたいと願う加害者」が集まるGADHAはそのような印象操作に騙されません。誰もが心当たりを持っているからです。「わかるよ、自分も…」と共感と共に加害を指摘し合う関係の中で、変容が進んでいくのです。多くの加害者は、生まれ育った家庭において被害を受けていたことも多いです。わかりやすい物理的な虐待だけに留まらず、まさに今回のA男さんがしているような「教育虐待」も典型的な事例です。A男さんもそのように育てられてきて、そして加害者となったのでしょう。GADHAでは、加害は連鎖するものと考えます。関わる人を不幸にし、それによって自分も孤独にしてしまう。この加害の連鎖に気づけた加害者たちが集まり、その連鎖を終わらせ、愛のある関係を築くことのできる人になることを目指してGADHAは活動しています。
「いまは実家に身を寄せていますが、仕事も見つかったので早く働き始めようと思います。うちの実家にきて、子どもたちは2人とも気が緩んできたようです。日常的に比較されることがなくなったので兄弟仲も刺々しさがずっと減って、本当によかったです。
これから離婚のために色々やっていかなければならないのですが、毅然とした対応で、自分の人生も取り戻していきたいと思います。今は昔と違って買い物1つ1つのレシートをチェックされるような息苦しさもなくなり、精神的にずっと楽になりました。
GADHAで変わってくれればと思いますが、正直あまり期待はしていません。私は彼を変える責任も義務もないと、今は思えています。」
そう言うA子さんは晴れ晴れとした様子でした。
モラハラ・DV加害者の視点からみると、彼らはまったく暴力を振るっていません。むしろ正しいこと、やるべきことをやっていると認識しています。
しかし一度被害者側に視点を転じてみると、その「正しさ」は紛れもない暴力となって被害者を襲っていることがわかります。
GADHAに参加する方々も、最初は「このくらいどこもやっている」「怒らせる方が悪い」「普通こうなのだ」と自分の加害性を認めたがりません。
GADHAに参加したとしても、残念ながら全ての人が変容するわけではありません。しかし、そのきっかけの1つになるのが「自分と同じようなことをしていた人が」「自分の加害性を認めて反省していて」「それによって関係が改善しているのを見る」ときです。
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加害者の多くは、うまくストーリーをねじ曲げ、自分には何も落ち度がないように相談できてしまいます。普通に友達に相談すると「それは奥さんも悪いね」とか「どっちもどっちだな」と言われたりして、自分の問題点に気づくことができないのです。「変わりたいと願う加害者」が集まるGADHAはそのような印象操作に騙されません。誰もが心当たりを持っているからです。「わかるよ、自分も…」と共感と共に加害を指摘し合う関係の中で、変容が進んでいくのです。多くの加害者は、生まれ育った家庭において被害を受けていたことも多いです。わかりやすい物理的な虐待だけに留まらず、まさに今回のA男さんがしているような「教育虐待」も典型的な事例です。A男さんもそのように育てられてきて、そして加害者となったのでしょう。GADHAでは、加害は連鎖するものと考えます。関わる人を不幸にし、それによって自分も孤独にしてしまう。この加害の連鎖に気づけた加害者たちが集まり、その連鎖を終わらせ、愛のある関係を築くことのできる人になることを目指してGADHAは活動しています。
加害者の多くは、うまくストーリーをねじ曲げ、自分には何も落ち度がないように相談できてしまいます。普通に友達に相談すると「それは奥さんも悪いね」とか「どっちもどっちだな」と言われたりして、自分の問題点に気づくことができないのです。
「変わりたいと願う加害者」が集まるGADHAはそのような印象操作に騙されません。誰もが心当たりを持っているからです。「わかるよ、自分も…」と共感と共に加害を指摘し合う関係の中で、変容が進んでいくのです。
多くの加害者は、生まれ育った家庭において被害を受けていたことも多いです。わかりやすい物理的な虐待だけに留まらず、まさに今回のA男さんがしているような「教育虐待」も典型的な事例です。A男さんもそのように育てられてきて、そして加害者となったのでしょう。
GADHAでは、加害は連鎖するものと考えます。関わる人を不幸にし、それによって自分も孤独にしてしまう。この加害の連鎖に気づけた加害者たちが集まり、その連鎖を終わらせ、愛のある関係を築くことのできる人になることを目指してGADHAは活動しています。