朝日新聞「天声人語」への“筋違い”の批判ツイート。原文、ちゃんと読んでる?

―[取材は愛]―
◆激しいツイートは筋違いだった
《朝日新聞、狂ったか 「天声人語」も地に落ちた 私なんかに言われてどーすんのよ。ってか、ひどすぎる。》
ツイッターにずいぶん激しい書き込みを見つけました。このツイート主さんと面識はありません。
「だいぶキツくやられてるなあ。まあ言論機関だからいろんな批判があるのは宿命だよね」
そう思って同じ方の次のツイートを見ると……。
《だって、与党と野党を比べたら、「野党におきゅうをすえるべき」って言ってんでしょ? もう、わざと何かを曲げて書いてるとしか思えないよね。》
うん? これって11月13日の「天声人語」(『朝日新聞』朝刊1面に連載中のコラム)のこと? そんなこと書いてたっけ? 確かめてみると、こうでした。
《衆院選でおきゅうをすえられたのは、与党ではなく、共闘した野党だったのかもしれない。》
別に『朝日新聞』の味方をするつもりはありませんけど、これは意味が違うでしょう。ツイート主さん、違いますよ。「野党におきゅうをすえるべき」とは書いてなくて、選挙結果から見て、共闘した野党が「おきゅうをすえられたのかも」と書いています。
もちろん「おきゅうをすえられたという表現は適切ではない」という批判はあり得ますけど、相手が書いてもいないことを「書いている」と言って非難するのは筋違いです。
◆怒りのあまり意味を取り違えた?
このツイートに悪意はないと思います。ではなぜこんな誤解が起きたんでしょうか? 一つには、「天声人語」の趣旨が、衆院選で野党共闘が敗因だったとも読めるので、共闘を支持する人の強い反発を買ったのだと思われます。その思いのあまり、おきゅうを「すえられたのかも」という“分析”の言葉を、「すえるべき」という“主張”の言葉と取り違えたのかもしれません。
でもこれでは意味がすり替わってしまいます。それこそ「わざと何かを曲げて書いてる」ということになってしまいます。
それに「天声人語」を最後まで読むと、日々の地道な活動の大切さを語ったうえで「与野党伯仲も政権交代も、その先にしかありえない」と締めくくっています。おきゅうをすえる云々が結論ではありません。
◆原文を読まずに批判している?
さらに気になるのは、このツイートが《「野党におきゅうをすえるべき」って言ってんでしょ?》と書いている点です。「言ってんでしょ?」ということは、ご自身は元の文章を読んでいない、誰かからそう聞いて書いたようにも受け止められます。誰かが誤解したことをそのまま“受け売り”で拡散してしまったのでしょうか?
あるいは「この文章は野党におきゅうをすえるべきという意味なんでしょ」と指摘しているのかもしれません。しかし、この「天声人語」をそう読むのは、やはり誤解だと思います。
このツイート主さんはかなり多数の方からフォローされているので、普段からツイート内容が多くの方に支持されていると思います。それだけに誤った内容もツイートされると広く拡散してしまいます。実際に「新聞の購読をやめる」と反応している方もいます。
◆“誤解”と“受け売り”による誤情報を防ぐ
誤った情報は意図的に流されることもありますが、このように“誤解”と“受け売り”によって広がることも多いのではないかと感じます。批判は大いに結構なんです。野党共闘を支持する方が天声人語の主張を批判するのはまったく構わないと思うんですけど、まず元の文章にあたりませんか?
問題とされた「天声人語」はネット上では有料ですが、冒頭だけは無料で読めます。そして問題とされた部分は、その冒頭の無料部分に書かれています。
「批判するなら原文をきちんと読んでから」
これをネットのマナーとして常識化することで、誤った情報の拡散はある程度防げるのではないかと思います。
文・写真/相澤冬樹
―[取材は愛]―