北京五輪「外交的ボイコット」なしなら森会長辞任は何だったのか

北京オリンピックタワーの頂上にある五輪マークと五星紅旗(写真:ロイター/アフロ)(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎) 来年2月4日に開幕する北京冬季オリンピックまで2カ月余り。 ここへきて米国のバイデン大統領は「外交的ボイコット」を検討していることを明らかにした。中国の人権問題を理由に、選手団とは別に政府関係者を一切派遣しないというものだ。 最初にワシントン・ポストが報じると、18日に記者からの質問にバイデン大統領が「検討している」と明言した。つまり、選手は送るがあとは勝手にやれ、国として相手にしない、という意向を示すものだ。

 バイデン大統領の発言に呼応するように、英国でもジョンソン首相が外交的ボイコットを検討していることを、地元メディアが報じている。 では日本はというと、19日に岸田文雄首相が官邸で記者団の質問に答えて、「それぞれの国でそれぞれの立場、考えがある。日本は日本の立場で物事を考えていきたい」と言及するに留まっている。[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]人権侵害の加害者を制裁する規定、G7の中でないのは日本だけ 米国では今年1月19日、トランプ政権の最終日に当時のポンペオ国務長官が、中国の新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒少数民族への「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を認定。バイデン政権もその姿勢を変えていない。 米国議会ではその直後に、開催地の変更を求める決議案や、IOC(国際オリンピック委員会)が応じないのなら米国のボイコットを求める決議案の提出が相次ぎ、5月には民主党のペロシ下院議長が各国に外交的ボイコットへの賛同を呼びかけていた。 それどころか昨年のうちから、世界各地の160以上の人権団体がIOCに北京開催の見直しを求める共同書簡を送っているとされ、英国、カナダ、オーストラリアでも政治家がボイコットについて言及。今年7月には、欧州議会や英国議会が、中国が人権問題を改善する姿勢を示さない場合は外交的ボイコットをすべきとの決議や動議を採択していた。 米国には「マグニツキー法」がある。2009年にロシアの税務弁護士だったセルゲイ・マグニツキーが、ロシアの税務当局の2億3000万ドルの不正を調査したあと投獄されて死亡したことをきっかけに、2012年に米国で成立。人権侵害を犯した外国の個人や当局者に、資産凍結やビザ発給の制限、米国人との取引の禁止などの制裁を科す。ウイグル問題をめぐっては、トランプ政権下の昨年7月に同自治区トップの共産党委員会書記ら当局者4人に制裁を発動している。 同様の法律はEU(欧州連合)や英国、カナダにもある。すでに対中制裁もはじめている。 G7(主要7カ国)で「マグニツキー法」がないのは、日本だけだ。日本は中国に制裁も科していない。人権問題対応で遅れとった日本、挽回のために起用された中谷元首相補佐官 こうした遅れを取り戻すべく、岸田首相は9月の総裁選で国際的な人権問題を担当する首相補佐官を新設する方針を公言。総選挙を経た今月10日の第2次岸田内閣発足にあわせて、中谷元・元防衛相を任命している。 第2次政権発足後の記者会見で岸田首相は、人権問題担当の首相補佐官の新設について、記者からの質問にこう答えている。「基本的に我が国において、外交のみならず様々な課題において普遍的な価値、自由や民主主義と共にこうした人権、こういったものをしっかり遵守しながら取り組みを進めていく、こうした基本的な方針は大変重要だと思っています。 ご指摘のように人権の課題は外務省や一定の役所だけではなくして、法務省を始め様々な役所にまたがる課題です。そういった幅広い課題について、人権担当の補佐官にはしっかりと各省庁とも連携しながら、全体を見つつ、あるべき政府の方針について考えてもらう、それを補佐してもらう、こうしたことを期待しているところであります」スピード感なき人権問題対応 中谷氏は日本版「マグニツキー法」の制定を目指す超党派の議員連盟共同会長を務めるなど、中国の人権問題に積極的に取り組んできただけに適役のはずだった。 ところが、15日に出演したテレビ番組で中谷氏は同法の制定について「簡単にはいかない」と発言。周囲を然とさせたばかりでなく、バイデン大統領の発言を受けての岸田首相の対応は前述の通りだ。首相が就任以来、繰り返し口にしている政策実行の「スピード感」などもどこかにぶっ飛んでいる。昨年7月29日、超党派の議員有志で設立された「対中政策に関する国会議員連盟」の共同代表となり挨拶する中谷元氏。第二次岸田内閣で人権問題担当の首相補佐官になったが、人権侵害行為に制裁を科す法整備については慎重な姿勢を示している(写真:アフロ) 人権問題はもはや経済安全保障にも直結する。日本のユニクロのシャツの輸入を米国が差し止めたのは今年1月のことだった。新疆ウイグル自治区の強制労働によって生産された綿製品を使っていると疑われたことが理由だった。もはやサプライチェーンにまで人権侵害の排除が求められ、疑いを払拭できなければ制裁の対象となる。裏を返せば、思わぬ人権侵害が経済に強烈な悪影響を及ぼしかねない。いわゆる「人権デューデリジェンス」が価値観を共にする各国の常識になりつつある。そこへいくと、日本の対応の遅れどころか、声かけと実際の行動がまったく伴わない。 しかし、日本は北京オリンピックのボイコットについては、法整備を待つまでもなく、なにも躊躇う必要はないはずだ。 なぜなら、東京オリンピック開催前の今年2月に、当時の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視ともジェンダー差別とも受け取れる発言に、国内外から猛烈な批判が集中して、辞任に追い込んでいるからだ。それでいて北京オリンピックをボイコットしないのはおかしい、ということは当時も書いた。(参考)森が女性蔑視で辞任なら北京五輪はボイコットが筋https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64170 新疆ウイグル自治区については、2018年に国連の人種差別撤廃委員会が100万人のウイグル人が強制収容所に入れられていることを報告したことにはじまり、強制労働の実態や、収容所でウイグル人女性が組織的に強姦され拷問されていること、多数の女性が強制的に不妊手術を受けさせられていることなど、世界各国の組織や報道機関によって報告が相次いでいる。米国が「ジェノサイド」と呼んでいるように、忌憚なくいえば、人種差別、迫害は、森氏の発言どころの比ではない。 あるいは、東京オリンピックでの女子サッカー。英国チームがキックオフ前に片膝をついて人種差別に抗議の姿勢を表明すると、各国のチームがこれに賛同した。予選リーグで英国と対戦した日本チームもはやり、片膝をついて人種差別に抗議を示している。 その日本が、北京オリンピックに笑顔で選手を送り出すことからして、もはやおかしい。あの強烈な森バッシングは、まさかただの「森嫌い」によるものだったのか なでしこジャパンが片膝をついたこともただのパフォーマンスだったり、森氏への批判がただの“森嫌い”に由来する感情的なものだったりしたら、それこそ人権軽視も甚だしい。信義にもとる。 岸田首相が「日本は日本の立場で物事を考えていきたい」というのなら、外交的ボイコットの同調を求められる以前に、率先して表明すべきことだ。選手団の派遣の是非についての議論があってもおかしくはない。 そうでなければ、覇権主義に対峙して民主主義を尊ぶいわゆる同盟国や友好国からの笑いものもいいところで、もはや爪弾きものである。筆者:青沼 陽一郎
(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎) 来年2月4日に開幕する北京冬季オリンピックまで2カ月余り。 ここへきて米国のバイデン大統領は「外交的ボイコット」を検討していることを明らかにした。中国の人権問題を理由に、選手団とは別に政府関係者を一切派遣しないというものだ。 最初にワシントン・ポストが報じると、18日に記者からの質問にバイデン大統領が「検討している」と明言した。つまり、選手は送るがあとは勝手にやれ、国として相手にしない、という意向を示すものだ。

 バイデン大統領の発言に呼応するように、英国でもジョンソン首相が外交的ボイコットを検討していることを、地元メディアが報じている。 では日本はというと、19日に岸田文雄首相が官邸で記者団の質問に答えて、「それぞれの国でそれぞれの立場、考えがある。日本は日本の立場で物事を考えていきたい」と言及するに留まっている。[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]人権侵害の加害者を制裁する規定、G7の中でないのは日本だけ 米国では今年1月19日、トランプ政権の最終日に当時のポンペオ国務長官が、中国の新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒少数民族への「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を認定。バイデン政権もその姿勢を変えていない。 米国議会ではその直後に、開催地の変更を求める決議案や、IOC(国際オリンピック委員会)が応じないのなら米国のボイコットを求める決議案の提出が相次ぎ、5月には民主党のペロシ下院議長が各国に外交的ボイコットへの賛同を呼びかけていた。 それどころか昨年のうちから、世界各地の160以上の人権団体がIOCに北京開催の見直しを求める共同書簡を送っているとされ、英国、カナダ、オーストラリアでも政治家がボイコットについて言及。今年7月には、欧州議会や英国議会が、中国が人権問題を改善する姿勢を示さない場合は外交的ボイコットをすべきとの決議や動議を採択していた。 米国には「マグニツキー法」がある。2009年にロシアの税務弁護士だったセルゲイ・マグニツキーが、ロシアの税務当局の2億3000万ドルの不正を調査したあと投獄されて死亡したことをきっかけに、2012年に米国で成立。人権侵害を犯した外国の個人や当局者に、資産凍結やビザ発給の制限、米国人との取引の禁止などの制裁を科す。ウイグル問題をめぐっては、トランプ政権下の昨年7月に同自治区トップの共産党委員会書記ら当局者4人に制裁を発動している。 同様の法律はEU(欧州連合)や英国、カナダにもある。すでに対中制裁もはじめている。 G7(主要7カ国)で「マグニツキー法」がないのは、日本だけだ。日本は中国に制裁も科していない。人権問題対応で遅れとった日本、挽回のために起用された中谷元首相補佐官 こうした遅れを取り戻すべく、岸田首相は9月の総裁選で国際的な人権問題を担当する首相補佐官を新設する方針を公言。総選挙を経た今月10日の第2次岸田内閣発足にあわせて、中谷元・元防衛相を任命している。 第2次政権発足後の記者会見で岸田首相は、人権問題担当の首相補佐官の新設について、記者からの質問にこう答えている。「基本的に我が国において、外交のみならず様々な課題において普遍的な価値、自由や民主主義と共にこうした人権、こういったものをしっかり遵守しながら取り組みを進めていく、こうした基本的な方針は大変重要だと思っています。 ご指摘のように人権の課題は外務省や一定の役所だけではなくして、法務省を始め様々な役所にまたがる課題です。そういった幅広い課題について、人権担当の補佐官にはしっかりと各省庁とも連携しながら、全体を見つつ、あるべき政府の方針について考えてもらう、それを補佐してもらう、こうしたことを期待しているところであります」スピード感なき人権問題対応 中谷氏は日本版「マグニツキー法」の制定を目指す超党派の議員連盟共同会長を務めるなど、中国の人権問題に積極的に取り組んできただけに適役のはずだった。 ところが、15日に出演したテレビ番組で中谷氏は同法の制定について「簡単にはいかない」と発言。周囲を然とさせたばかりでなく、バイデン大統領の発言を受けての岸田首相の対応は前述の通りだ。首相が就任以来、繰り返し口にしている政策実行の「スピード感」などもどこかにぶっ飛んでいる。昨年7月29日、超党派の議員有志で設立された「対中政策に関する国会議員連盟」の共同代表となり挨拶する中谷元氏。第二次岸田内閣で人権問題担当の首相補佐官になったが、人権侵害行為に制裁を科す法整備については慎重な姿勢を示している(写真:アフロ) 人権問題はもはや経済安全保障にも直結する。日本のユニクロのシャツの輸入を米国が差し止めたのは今年1月のことだった。新疆ウイグル自治区の強制労働によって生産された綿製品を使っていると疑われたことが理由だった。もはやサプライチェーンにまで人権侵害の排除が求められ、疑いを払拭できなければ制裁の対象となる。裏を返せば、思わぬ人権侵害が経済に強烈な悪影響を及ぼしかねない。いわゆる「人権デューデリジェンス」が価値観を共にする各国の常識になりつつある。そこへいくと、日本の対応の遅れどころか、声かけと実際の行動がまったく伴わない。 しかし、日本は北京オリンピックのボイコットについては、法整備を待つまでもなく、なにも躊躇う必要はないはずだ。 なぜなら、東京オリンピック開催前の今年2月に、当時の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視ともジェンダー差別とも受け取れる発言に、国内外から猛烈な批判が集中して、辞任に追い込んでいるからだ。それでいて北京オリンピックをボイコットしないのはおかしい、ということは当時も書いた。(参考)森が女性蔑視で辞任なら北京五輪はボイコットが筋https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64170 新疆ウイグル自治区については、2018年に国連の人種差別撤廃委員会が100万人のウイグル人が強制収容所に入れられていることを報告したことにはじまり、強制労働の実態や、収容所でウイグル人女性が組織的に強姦され拷問されていること、多数の女性が強制的に不妊手術を受けさせられていることなど、世界各国の組織や報道機関によって報告が相次いでいる。米国が「ジェノサイド」と呼んでいるように、忌憚なくいえば、人種差別、迫害は、森氏の発言どころの比ではない。 あるいは、東京オリンピックでの女子サッカー。英国チームがキックオフ前に片膝をついて人種差別に抗議の姿勢を表明すると、各国のチームがこれに賛同した。予選リーグで英国と対戦した日本チームもはやり、片膝をついて人種差別に抗議を示している。 その日本が、北京オリンピックに笑顔で選手を送り出すことからして、もはやおかしい。あの強烈な森バッシングは、まさかただの「森嫌い」によるものだったのか なでしこジャパンが片膝をついたこともただのパフォーマンスだったり、森氏への批判がただの“森嫌い”に由来する感情的なものだったりしたら、それこそ人権軽視も甚だしい。信義にもとる。 岸田首相が「日本は日本の立場で物事を考えていきたい」というのなら、外交的ボイコットの同調を求められる以前に、率先して表明すべきことだ。選手団の派遣の是非についての議論があってもおかしくはない。 そうでなければ、覇権主義に対峙して民主主義を尊ぶいわゆる同盟国や友好国からの笑いものもいいところで、もはや爪弾きものである。筆者:青沼 陽一郎
来年2月4日に開幕する北京冬季オリンピックまで2カ月余り。
ここへきて米国のバイデン大統領は「外交的ボイコット」を検討していることを明らかにした。中国の人権問題を理由に、選手団とは別に政府関係者を一切派遣しないというものだ。
最初にワシントン・ポストが報じると、18日に記者からの質問にバイデン大統領が「検討している」と明言した。つまり、選手は送るがあとは勝手にやれ、国として相手にしない、という意向を示すものだ。
バイデン大統領の発言に呼応するように、英国でもジョンソン首相が外交的ボイコットを検討していることを、地元メディアが報じている。
では日本はというと、19日に岸田文雄首相が官邸で記者団の質問に答えて、「それぞれの国でそれぞれの立場、考えがある。日本は日本の立場で物事を考えていきたい」と言及するに留まっている。
[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]人権侵害の加害者を制裁する規定、G7の中でないのは日本だけ 米国では今年1月19日、トランプ政権の最終日に当時のポンペオ国務長官が、中国の新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒少数民族への「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を認定。バイデン政権もその姿勢を変えていない。 米国議会ではその直後に、開催地の変更を求める決議案や、IOC(国際オリンピック委員会)が応じないのなら米国のボイコットを求める決議案の提出が相次ぎ、5月には民主党のペロシ下院議長が各国に外交的ボイコットへの賛同を呼びかけていた。 それどころか昨年のうちから、世界各地の160以上の人権団体がIOCに北京開催の見直しを求める共同書簡を送っているとされ、英国、カナダ、オーストラリアでも政治家がボイコットについて言及。今年7月には、欧州議会や英国議会が、中国が人権問題を改善する姿勢を示さない場合は外交的ボイコットをすべきとの決議や動議を採択していた。 米国には「マグニツキー法」がある。2009年にロシアの税務弁護士だったセルゲイ・マグニツキーが、ロシアの税務当局の2億3000万ドルの不正を調査したあと投獄されて死亡したことをきっかけに、2012年に米国で成立。人権侵害を犯した外国の個人や当局者に、資産凍結やビザ発給の制限、米国人との取引の禁止などの制裁を科す。ウイグル問題をめぐっては、トランプ政権下の昨年7月に同自治区トップの共産党委員会書記ら当局者4人に制裁を発動している。 同様の法律はEU(欧州連合)や英国、カナダにもある。すでに対中制裁もはじめている。 G7(主要7カ国)で「マグニツキー法」がないのは、日本だけだ。日本は中国に制裁も科していない。人権問題対応で遅れとった日本、挽回のために起用された中谷元首相補佐官 こうした遅れを取り戻すべく、岸田首相は9月の総裁選で国際的な人権問題を担当する首相補佐官を新設する方針を公言。総選挙を経た今月10日の第2次岸田内閣発足にあわせて、中谷元・元防衛相を任命している。 第2次政権発足後の記者会見で岸田首相は、人権問題担当の首相補佐官の新設について、記者からの質問にこう答えている。「基本的に我が国において、外交のみならず様々な課題において普遍的な価値、自由や民主主義と共にこうした人権、こういったものをしっかり遵守しながら取り組みを進めていく、こうした基本的な方針は大変重要だと思っています。 ご指摘のように人権の課題は外務省や一定の役所だけではなくして、法務省を始め様々な役所にまたがる課題です。そういった幅広い課題について、人権担当の補佐官にはしっかりと各省庁とも連携しながら、全体を見つつ、あるべき政府の方針について考えてもらう、それを補佐してもらう、こうしたことを期待しているところであります」スピード感なき人権問題対応 中谷氏は日本版「マグニツキー法」の制定を目指す超党派の議員連盟共同会長を務めるなど、中国の人権問題に積極的に取り組んできただけに適役のはずだった。 ところが、15日に出演したテレビ番組で中谷氏は同法の制定について「簡単にはいかない」と発言。周囲を然とさせたばかりでなく、バイデン大統領の発言を受けての岸田首相の対応は前述の通りだ。首相が就任以来、繰り返し口にしている政策実行の「スピード感」などもどこかにぶっ飛んでいる。昨年7月29日、超党派の議員有志で設立された「対中政策に関する国会議員連盟」の共同代表となり挨拶する中谷元氏。第二次岸田内閣で人権問題担当の首相補佐官になったが、人権侵害行為に制裁を科す法整備については慎重な姿勢を示している(写真:アフロ) 人権問題はもはや経済安全保障にも直結する。日本のユニクロのシャツの輸入を米国が差し止めたのは今年1月のことだった。新疆ウイグル自治区の強制労働によって生産された綿製品を使っていると疑われたことが理由だった。もはやサプライチェーンにまで人権侵害の排除が求められ、疑いを払拭できなければ制裁の対象となる。裏を返せば、思わぬ人権侵害が経済に強烈な悪影響を及ぼしかねない。いわゆる「人権デューデリジェンス」が価値観を共にする各国の常識になりつつある。そこへいくと、日本の対応の遅れどころか、声かけと実際の行動がまったく伴わない。 しかし、日本は北京オリンピックのボイコットについては、法整備を待つまでもなく、なにも躊躇う必要はないはずだ。 なぜなら、東京オリンピック開催前の今年2月に、当時の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視ともジェンダー差別とも受け取れる発言に、国内外から猛烈な批判が集中して、辞任に追い込んでいるからだ。それでいて北京オリンピックをボイコットしないのはおかしい、ということは当時も書いた。(参考)森が女性蔑視で辞任なら北京五輪はボイコットが筋https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64170 新疆ウイグル自治区については、2018年に国連の人種差別撤廃委員会が100万人のウイグル人が強制収容所に入れられていることを報告したことにはじまり、強制労働の実態や、収容所でウイグル人女性が組織的に強姦され拷問されていること、多数の女性が強制的に不妊手術を受けさせられていることなど、世界各国の組織や報道機関によって報告が相次いでいる。米国が「ジェノサイド」と呼んでいるように、忌憚なくいえば、人種差別、迫害は、森氏の発言どころの比ではない。 あるいは、東京オリンピックでの女子サッカー。英国チームがキックオフ前に片膝をついて人種差別に抗議の姿勢を表明すると、各国のチームがこれに賛同した。予選リーグで英国と対戦した日本チームもはやり、片膝をついて人種差別に抗議を示している。 その日本が、北京オリンピックに笑顔で選手を送り出すことからして、もはやおかしい。あの強烈な森バッシングは、まさかただの「森嫌い」によるものだったのか なでしこジャパンが片膝をついたこともただのパフォーマンスだったり、森氏への批判がただの“森嫌い”に由来する感情的なものだったりしたら、それこそ人権軽視も甚だしい。信義にもとる。 岸田首相が「日本は日本の立場で物事を考えていきたい」というのなら、外交的ボイコットの同調を求められる以前に、率先して表明すべきことだ。選手団の派遣の是非についての議論があってもおかしくはない。 そうでなければ、覇権主義に対峙して民主主義を尊ぶいわゆる同盟国や友好国からの笑いものもいいところで、もはや爪弾きものである。筆者:青沼 陽一郎
米国では今年1月19日、トランプ政権の最終日に当時のポンペオ国務長官が、中国の新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒少数民族への「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を認定。バイデン政権もその姿勢を変えていない。
米国議会ではその直後に、開催地の変更を求める決議案や、IOC(国際オリンピック委員会)が応じないのなら米国のボイコットを求める決議案の提出が相次ぎ、5月には民主党のペロシ下院議長が各国に外交的ボイコットへの賛同を呼びかけていた。
それどころか昨年のうちから、世界各地の160以上の人権団体がIOCに北京開催の見直しを求める共同書簡を送っているとされ、英国、カナダ、オーストラリアでも政治家がボイコットについて言及。今年7月には、欧州議会や英国議会が、中国が人権問題を改善する姿勢を示さない場合は外交的ボイコットをすべきとの決議や動議を採択していた。
米国には「マグニツキー法」がある。2009年にロシアの税務弁護士だったセルゲイ・マグニツキーが、ロシアの税務当局の2億3000万ドルの不正を調査したあと投獄されて死亡したことをきっかけに、2012年に米国で成立。人権侵害を犯した外国の個人や当局者に、資産凍結やビザ発給の制限、米国人との取引の禁止などの制裁を科す。ウイグル問題をめぐっては、トランプ政権下の昨年7月に同自治区トップの共産党委員会書記ら当局者4人に制裁を発動している。
同様の法律はEU(欧州連合)や英国、カナダにもある。すでに対中制裁もはじめている。
G7(主要7カ国)で「マグニツキー法」がないのは、日本だけだ。日本は中国に制裁も科していない。
こうした遅れを取り戻すべく、岸田首相は9月の総裁選で国際的な人権問題を担当する首相補佐官を新設する方針を公言。総選挙を経た今月10日の第2次岸田内閣発足にあわせて、中谷元・元防衛相を任命している。
第2次政権発足後の記者会見で岸田首相は、人権問題担当の首相補佐官の新設について、記者からの質問にこう答えている。
「基本的に我が国において、外交のみならず様々な課題において普遍的な価値、自由や民主主義と共にこうした人権、こういったものをしっかり遵守しながら取り組みを進めていく、こうした基本的な方針は大変重要だと思っています。
ご指摘のように人権の課題は外務省や一定の役所だけではなくして、法務省を始め様々な役所にまたがる課題です。そういった幅広い課題について、人権担当の補佐官にはしっかりと各省庁とも連携しながら、全体を見つつ、あるべき政府の方針について考えてもらう、それを補佐してもらう、こうしたことを期待しているところであります」
中谷氏は日本版「マグニツキー法」の制定を目指す超党派の議員連盟共同会長を務めるなど、中国の人権問題に積極的に取り組んできただけに適役のはずだった。
ところが、15日に出演したテレビ番組で中谷氏は同法の制定について「簡単にはいかない」と発言。周囲を然とさせたばかりでなく、バイデン大統領の発言を受けての岸田首相の対応は前述の通りだ。首相が就任以来、繰り返し口にしている政策実行の「スピード感」などもどこかにぶっ飛んでいる。
昨年7月29日、超党派の議員有志で設立された「対中政策に関する国会議員連盟」の共同代表となり挨拶する中谷元氏。第二次岸田内閣で人権問題担当の首相補佐官になったが、人権侵害行為に制裁を科す法整備については慎重な姿勢を示している(写真:アフロ) 人権問題はもはや経済安全保障にも直結する。日本のユニクロのシャツの輸入を米国が差し止めたのは今年1月のことだった。新疆ウイグル自治区の強制労働によって生産された綿製品を使っていると疑われたことが理由だった。もはやサプライチェーンにまで人権侵害の排除が求められ、疑いを払拭できなければ制裁の対象となる。裏を返せば、思わぬ人権侵害が経済に強烈な悪影響を及ぼしかねない。いわゆる「人権デューデリジェンス」が価値観を共にする各国の常識になりつつある。そこへいくと、日本の対応の遅れどころか、声かけと実際の行動がまったく伴わない。 しかし、日本は北京オリンピックのボイコットについては、法整備を待つまでもなく、なにも躊躇う必要はないはずだ。 なぜなら、東京オリンピック開催前の今年2月に、当時の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視ともジェンダー差別とも受け取れる発言に、国内外から猛烈な批判が集中して、辞任に追い込んでいるからだ。それでいて北京オリンピックをボイコットしないのはおかしい、ということは当時も書いた。(参考)森が女性蔑視で辞任なら北京五輪はボイコットが筋https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64170 新疆ウイグル自治区については、2018年に国連の人種差別撤廃委員会が100万人のウイグル人が強制収容所に入れられていることを報告したことにはじまり、強制労働の実態や、収容所でウイグル人女性が組織的に強姦され拷問されていること、多数の女性が強制的に不妊手術を受けさせられていることなど、世界各国の組織や報道機関によって報告が相次いでいる。米国が「ジェノサイド」と呼んでいるように、忌憚なくいえば、人種差別、迫害は、森氏の発言どころの比ではない。 あるいは、東京オリンピックでの女子サッカー。英国チームがキックオフ前に片膝をついて人種差別に抗議の姿勢を表明すると、各国のチームがこれに賛同した。予選リーグで英国と対戦した日本チームもはやり、片膝をついて人種差別に抗議を示している。 その日本が、北京オリンピックに笑顔で選手を送り出すことからして、もはやおかしい。あの強烈な森バッシングは、まさかただの「森嫌い」によるものだったのか なでしこジャパンが片膝をついたこともただのパフォーマンスだったり、森氏への批判がただの“森嫌い”に由来する感情的なものだったりしたら、それこそ人権軽視も甚だしい。信義にもとる。 岸田首相が「日本は日本の立場で物事を考えていきたい」というのなら、外交的ボイコットの同調を求められる以前に、率先して表明すべきことだ。選手団の派遣の是非についての議論があってもおかしくはない。 そうでなければ、覇権主義に対峙して民主主義を尊ぶいわゆる同盟国や友好国からの笑いものもいいところで、もはや爪弾きものである。筆者:青沼 陽一郎
人権問題はもはや経済安全保障にも直結する。日本のユニクロのシャツの輸入を米国が差し止めたのは今年1月のことだった。新疆ウイグル自治区の強制労働によって生産された綿製品を使っていると疑われたことが理由だった。もはやサプライチェーンにまで人権侵害の排除が求められ、疑いを払拭できなければ制裁の対象となる。裏を返せば、思わぬ人権侵害が経済に強烈な悪影響を及ぼしかねない。いわゆる「人権デューデリジェンス」が価値観を共にする各国の常識になりつつある。そこへいくと、日本の対応の遅れどころか、声かけと実際の行動がまったく伴わない。
しかし、日本は北京オリンピックのボイコットについては、法整備を待つまでもなく、なにも躊躇う必要はないはずだ。
なぜなら、東京オリンピック開催前の今年2月に、当時の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視ともジェンダー差別とも受け取れる発言に、国内外から猛烈な批判が集中して、辞任に追い込んでいるからだ。それでいて北京オリンピックをボイコットしないのはおかしい、ということは当時も書いた。
(参考)森が女性蔑視で辞任なら北京五輪はボイコットが筋https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64170
新疆ウイグル自治区については、2018年に国連の人種差別撤廃委員会が100万人のウイグル人が強制収容所に入れられていることを報告したことにはじまり、強制労働の実態や、収容所でウイグル人女性が組織的に強姦され拷問されていること、多数の女性が強制的に不妊手術を受けさせられていることなど、世界各国の組織や報道機関によって報告が相次いでいる。米国が「ジェノサイド」と呼んでいるように、忌憚なくいえば、人種差別、迫害は、森氏の発言どころの比ではない。
あるいは、東京オリンピックでの女子サッカー。英国チームがキックオフ前に片膝をついて人種差別に抗議の姿勢を表明すると、各国のチームがこれに賛同した。予選リーグで英国と対戦した日本チームもはやり、片膝をついて人種差別に抗議を示している。
その日本が、北京オリンピックに笑顔で選手を送り出すことからして、もはやおかしい。
なでしこジャパンが片膝をついたこともただのパフォーマンスだったり、森氏への批判がただの“森嫌い”に由来する感情的なものだったりしたら、それこそ人権軽視も甚だしい。信義にもとる。
岸田首相が「日本は日本の立場で物事を考えていきたい」というのなら、外交的ボイコットの同調を求められる以前に、率先して表明すべきことだ。選手団の派遣の是非についての議論があってもおかしくはない。
そうでなければ、覇権主義に対峙して民主主義を尊ぶいわゆる同盟国や友好国からの笑いものもいいところで、もはや爪弾きものである。
筆者:青沼 陽一郎