「誰にもばれずに出産したいです」そう告げた19歳女性は、なぜ「内密出産」をやめたのか

国内で初となる「内密出産」を希望する女性を、熊本の慈恵病院が保護して24日が経過していた。
【画像】「秘密は守ります」慈恵病院の入り口 内密出産とは、妊婦が特定の関係者以外に身元を明かさず出産すること。法律に規定はない。病院は女性の身元を把握していたが、このままでは出生届には母親の名前を記さずに提出することになる。その場合、出生届は受理されず、医師が公正証書原本不実記載罪(刑法157条)に問われるなどの可能性がある。出生の届出は2週間以内と戸籍法第49条で定められているが、受理されなければ、決着するまで赤ちゃんは無戸籍の状態になることもあり得る。病院内は緊張状態が続いていた。

 急転直下、女性が翻意したのは出産後、退院前日の朝だった。家族に連絡し、赤ちゃんを産んだことを伝えたのだ。11月10日(水)、病院は内密出産が回避されたことを公表した。女性が赤ちゃんと一緒に生きることにしたのはなぜだったのか。そもそも、なぜ、女性は内密出産を迫られるほどに追い込まれたのか。どうやって慈恵病院につながったのか。始まりは1本のメールだった。◆ ◆ ◆アキさんは頷き、ぽろぽろと涙を流した「誰にもばれずに出産したいです」 わずか1行のメールを慈恵病院の「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」が受信したのは10月2日(土)未明だった。 確認した相談員が「勇気を出してメールをくださり本当にありがとうございます」と返信。相談員は女性と慎重にやり取りを重ね、50本近いメールの往復で、暮らしている地域、年齢、家族構成、職業、そして出産のために熊本に来る意思を確認した。 それから約2週間後、18日(月)の夕刻、女性が新幹線の熊本駅に降り立った。改札の外には慈恵病院の職員が出迎えのため待機していた。降車客の波が改札を通り終えた後、最後に女性が現れた。職員が声をかけた。「アキさんですか? 慈恵病院です」(アキさんは仮名) アキさんは頷き、ぽろぽろと涙を流した。 アキさんは病院内の保護室に通された。ベッドルームとキッチン、トイレがついた部屋で出産までを過ごすことになる。異性関係に厳しい父、言い出せなかった妊娠 予期せぬ妊娠に悩み果てて慈恵病院を訪れる事例は年間10例ほど。女性たちは慈恵病院で出産後、赤ちゃんを特別養子縁組に託す、あるいは自分で育てるなどの選択をすることになる。アキさんは19歳だった。実母が未成年で未婚の場合、その親が生まれてくる子の親権を行うこととなるが、アキさんは親に知られたくないという。特別養子縁組の手続きをすれば親権者に対して家庭裁判所が審査を行うことになり、知られてしまう。どうしても親に知られたくないとなると、内密出産しかない。 これまでにも内密出産を希望する女性はいたが、慈恵病院であたたかく迎えられ、話を聞いてもらううちに身元を明かし、病院が親や関係者に連絡をとり、無事に赤ちゃんと一緒に退院している。 ところが、保険証は示したものの、アキさんは自分の父親に知られることを恐れた。両親は小学生の頃に離婚し、父がアキさんと弟を育てた。普段は友達のような楽しい関係だが、怒ると父は手が出ることがあった。異性関係には特に厳しく妊娠はとても言い出せなかった。妊娠の相手は高校時代に別れた恋人。妊娠を伝えるとLINEをブロックされ、責任ある対応はなかった。1人で受診した産婦人科は中絶手術を行わない病院だった。友人には相談できず、中絶費用も用意できなかった。アキさんについて院長が気になったこと 内密出産に関して国は具体的な方針を示していない。慈恵病院を管理する熊本市は、現行法に抵触する可能性があるとして、2020年12月に慈恵病院に対して内密出産の実施を控えるよう要請している。だが、保護して10日以上が経ってもアキさんは意思を変えなかった。内密出産が現実味を帯びてきた10月29日(金)、病院は現状を明らかにする記者会見を行った。その日の夕方、テレビや新聞が報道し、翌日、熊本市は大西一史市長名で「母子の安全を守るために引き続き病院と連携したい」との文書を出した。著者提供 院長の蓮田健医師はアキさんについて気になる点があった。ゆっくりとした話し方で、質問に対する答えが噛み合わないことが少なくない。戸籍や出生届といった制度についても理解が追いついていなかった。蓮田医師は発達症の疑いを持ち、11月1日(月)、本人の了解を得て救急車で精神科医に搬送した。検査の結果、軽度の知的発達症であることがわかった。知的な能力を客観的に評価する参考になる知能指数(IQ)の平均は100であるが、軽度知的発達症はだいたい50~75に位置することが多い。複雑な情報を処理したり、先行きを見越して行動したり、問題を解決したりする能力に苦手さを持つ。そのために学習・仕事・お金の管理・子どもの養育など社会生活上の苦労を抱えやすい。また知的発達症のグレーゾーンである境界知能(知能指数で70~85に位置することが多い)の人たちも同じ苦手さを持つことがよくある。 診断した精神科専門病院・吉田病院(人吉市)の興野康也医師は長く地域医療に携わってきた。軽度知的発達症や境界知能の女性の妊娠や出産後の困難な状況をたくさん見ている。本人の性格のせいにされてしまう「境界知能」の問題「軽度知的発達症の人や境界知能の人は、中等度の知的発達症の人のようには、周囲から気づかれることが少ないです。一見、普通の人と変わらない生活を送っています。ですが物事の判断に苦手さがあり、計画を持たずに妊娠してしまったり、妊娠しても産婦人科受診ができないとか、妊婦健診に通えないとか、赤ちゃんのお世話が十分にできないことがよくあります。それが、だらしない、生活習慣ができていないなど、本人の性格のせいにされてしまいがちです」 境界知能の人が軽犯罪を起こす確率は高いと言われるが、女性の場合、それが妊娠に関する問題になってしまうことがあると興野医師は指摘する。「そもそも軽度知的発達症の人は人口の1%弱になり、境界知能は人口の14パーセントほどにもなります。こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)に預け入れる女性も、安易な預け入れなどではなく、ほとんどがこうした発達症や精神疾患の問題が背景にあり、SOSがうまく出せずに孤立して追い詰められた状態にあるのではないかと私はみています」 境界知能の人は日本に約1700万人いると考えられている。意識が朦朧とするなか、祖母の電話番号を伝え… 胎児の大きさから計算すると予定日は11月15日(月)だったが、11月初旬の夜、予定日より早く陣痛が始まった。小柄なアキさんの体格に比べて胎児は大きい。負担の大きなお産が予想された。深夜、子宮口が10センチまで全開した。これから先は狭い産道を通るために胎児は苦しくなる。まもなく胎児の心拍数が下がった。帝王切開の可能性が高まった。アキさんに赤ちゃんの状態を説明すると、意識が朦朧とするなか、アキさんは携帯電話の画面で祖母の番号を示した。 蓮田医師は事前にアキさんに、帝王切開の可能性があること、手術は命にも関わること、万一のときのためにせめて父親でなくとも家族の連絡先を教えてほしいことをわかりやすい言葉を選んで説明していた。頑なだったアキさんも、「死にそうになったら連絡してくれていい」と、祖母の携帯番号を伝えることまでは同意していた。 その頃、仮眠室で蓮田医師は赤ちゃんが頭蓋骨が割れた状態で生まれた夢を見た。母体に万一のことがあれば、家族にどう説明をしたらいいのか。しかも母親は未成年だ。赤ちゃんが仮死状態で生まれればNICU(新生児集中治療室)で治療する必要があるが、慈恵病院からNICUのある病院に搬送するとしても、母親の情報がわからない赤ちゃんを受け入れてもらえるか。法的な担保がない状態で内密出産を実施し、母子の健康が損なわれるような事態となれば、慈恵病院は批判されるだろう。声を出さず出産の痛みに耐えたアキさん さまざまな思いが行き来するなか幸いなことに胎児の心拍数が持ち直し、帝王切開は回避できそうな見通しとなった。蓮田医師は赤ちゃんの頭にカップを取り付けて吸引する準備をしたが、そうするまでもなく母体の若い力に押し出されるように、早朝、赤ちゃんは生まれた。3500グラム弱の女の子だった。保護から3週間が過ぎていた。 出産に立ち会った相談員によると、アキさんは声を出さず痛みに耐えた。生まれてきた赤ちゃんを愛おしそうに見つめ、赤ちゃんが小さな指でアキさんの指を握るとうれしそうな顔をした。助産師がおっぱいを吸わせてみるかと尋ねると頷き、おっぱいを咥えさせたという。 内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。 アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。自分で育てるのか、社会的養護に託すのか 膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。 1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。 蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。なぜアキさんは翻意したのか その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。 アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師) 数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。 予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
内密出産とは、妊婦が特定の関係者以外に身元を明かさず出産すること。法律に規定はない。病院は女性の身元を把握していたが、このままでは出生届には母親の名前を記さずに提出することになる。その場合、出生届は受理されず、医師が公正証書原本不実記載罪(刑法157条)に問われるなどの可能性がある。出生の届出は2週間以内と戸籍法第49条で定められているが、受理されなければ、決着するまで赤ちゃんは無戸籍の状態になることもあり得る。病院内は緊張状態が続いていた。
急転直下、女性が翻意したのは出産後、退院前日の朝だった。家族に連絡し、赤ちゃんを産んだことを伝えたのだ。11月10日(水)、病院は内密出産が回避されたことを公表した。女性が赤ちゃんと一緒に生きることにしたのはなぜだったのか。そもそも、なぜ、女性は内密出産を迫られるほどに追い込まれたのか。どうやって慈恵病院につながったのか。始まりは1本のメールだった。◆ ◆ ◆アキさんは頷き、ぽろぽろと涙を流した「誰にもばれずに出産したいです」 わずか1行のメールを慈恵病院の「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」が受信したのは10月2日(土)未明だった。 確認した相談員が「勇気を出してメールをくださり本当にありがとうございます」と返信。相談員は女性と慎重にやり取りを重ね、50本近いメールの往復で、暮らしている地域、年齢、家族構成、職業、そして出産のために熊本に来る意思を確認した。 それから約2週間後、18日(月)の夕刻、女性が新幹線の熊本駅に降り立った。改札の外には慈恵病院の職員が出迎えのため待機していた。降車客の波が改札を通り終えた後、最後に女性が現れた。職員が声をかけた。「アキさんですか? 慈恵病院です」(アキさんは仮名) アキさんは頷き、ぽろぽろと涙を流した。 アキさんは病院内の保護室に通された。ベッドルームとキッチン、トイレがついた部屋で出産までを過ごすことになる。異性関係に厳しい父、言い出せなかった妊娠 予期せぬ妊娠に悩み果てて慈恵病院を訪れる事例は年間10例ほど。女性たちは慈恵病院で出産後、赤ちゃんを特別養子縁組に託す、あるいは自分で育てるなどの選択をすることになる。アキさんは19歳だった。実母が未成年で未婚の場合、その親が生まれてくる子の親権を行うこととなるが、アキさんは親に知られたくないという。特別養子縁組の手続きをすれば親権者に対して家庭裁判所が審査を行うことになり、知られてしまう。どうしても親に知られたくないとなると、内密出産しかない。 これまでにも内密出産を希望する女性はいたが、慈恵病院であたたかく迎えられ、話を聞いてもらううちに身元を明かし、病院が親や関係者に連絡をとり、無事に赤ちゃんと一緒に退院している。 ところが、保険証は示したものの、アキさんは自分の父親に知られることを恐れた。両親は小学生の頃に離婚し、父がアキさんと弟を育てた。普段は友達のような楽しい関係だが、怒ると父は手が出ることがあった。異性関係には特に厳しく妊娠はとても言い出せなかった。妊娠の相手は高校時代に別れた恋人。妊娠を伝えるとLINEをブロックされ、責任ある対応はなかった。1人で受診した産婦人科は中絶手術を行わない病院だった。友人には相談できず、中絶費用も用意できなかった。アキさんについて院長が気になったこと 内密出産に関して国は具体的な方針を示していない。慈恵病院を管理する熊本市は、現行法に抵触する可能性があるとして、2020年12月に慈恵病院に対して内密出産の実施を控えるよう要請している。だが、保護して10日以上が経ってもアキさんは意思を変えなかった。内密出産が現実味を帯びてきた10月29日(金)、病院は現状を明らかにする記者会見を行った。その日の夕方、テレビや新聞が報道し、翌日、熊本市は大西一史市長名で「母子の安全を守るために引き続き病院と連携したい」との文書を出した。著者提供 院長の蓮田健医師はアキさんについて気になる点があった。ゆっくりとした話し方で、質問に対する答えが噛み合わないことが少なくない。戸籍や出生届といった制度についても理解が追いついていなかった。蓮田医師は発達症の疑いを持ち、11月1日(月)、本人の了解を得て救急車で精神科医に搬送した。検査の結果、軽度の知的発達症であることがわかった。知的な能力を客観的に評価する参考になる知能指数(IQ)の平均は100であるが、軽度知的発達症はだいたい50~75に位置することが多い。複雑な情報を処理したり、先行きを見越して行動したり、問題を解決したりする能力に苦手さを持つ。そのために学習・仕事・お金の管理・子どもの養育など社会生活上の苦労を抱えやすい。また知的発達症のグレーゾーンである境界知能(知能指数で70~85に位置することが多い)の人たちも同じ苦手さを持つことがよくある。 診断した精神科専門病院・吉田病院(人吉市)の興野康也医師は長く地域医療に携わってきた。軽度知的発達症や境界知能の女性の妊娠や出産後の困難な状況をたくさん見ている。本人の性格のせいにされてしまう「境界知能」の問題「軽度知的発達症の人や境界知能の人は、中等度の知的発達症の人のようには、周囲から気づかれることが少ないです。一見、普通の人と変わらない生活を送っています。ですが物事の判断に苦手さがあり、計画を持たずに妊娠してしまったり、妊娠しても産婦人科受診ができないとか、妊婦健診に通えないとか、赤ちゃんのお世話が十分にできないことがよくあります。それが、だらしない、生活習慣ができていないなど、本人の性格のせいにされてしまいがちです」 境界知能の人が軽犯罪を起こす確率は高いと言われるが、女性の場合、それが妊娠に関する問題になってしまうことがあると興野医師は指摘する。「そもそも軽度知的発達症の人は人口の1%弱になり、境界知能は人口の14パーセントほどにもなります。こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)に預け入れる女性も、安易な預け入れなどではなく、ほとんどがこうした発達症や精神疾患の問題が背景にあり、SOSがうまく出せずに孤立して追い詰められた状態にあるのではないかと私はみています」 境界知能の人は日本に約1700万人いると考えられている。意識が朦朧とするなか、祖母の電話番号を伝え… 胎児の大きさから計算すると予定日は11月15日(月)だったが、11月初旬の夜、予定日より早く陣痛が始まった。小柄なアキさんの体格に比べて胎児は大きい。負担の大きなお産が予想された。深夜、子宮口が10センチまで全開した。これから先は狭い産道を通るために胎児は苦しくなる。まもなく胎児の心拍数が下がった。帝王切開の可能性が高まった。アキさんに赤ちゃんの状態を説明すると、意識が朦朧とするなか、アキさんは携帯電話の画面で祖母の番号を示した。 蓮田医師は事前にアキさんに、帝王切開の可能性があること、手術は命にも関わること、万一のときのためにせめて父親でなくとも家族の連絡先を教えてほしいことをわかりやすい言葉を選んで説明していた。頑なだったアキさんも、「死にそうになったら連絡してくれていい」と、祖母の携帯番号を伝えることまでは同意していた。 その頃、仮眠室で蓮田医師は赤ちゃんが頭蓋骨が割れた状態で生まれた夢を見た。母体に万一のことがあれば、家族にどう説明をしたらいいのか。しかも母親は未成年だ。赤ちゃんが仮死状態で生まれればNICU(新生児集中治療室)で治療する必要があるが、慈恵病院からNICUのある病院に搬送するとしても、母親の情報がわからない赤ちゃんを受け入れてもらえるか。法的な担保がない状態で内密出産を実施し、母子の健康が損なわれるような事態となれば、慈恵病院は批判されるだろう。声を出さず出産の痛みに耐えたアキさん さまざまな思いが行き来するなか幸いなことに胎児の心拍数が持ち直し、帝王切開は回避できそうな見通しとなった。蓮田医師は赤ちゃんの頭にカップを取り付けて吸引する準備をしたが、そうするまでもなく母体の若い力に押し出されるように、早朝、赤ちゃんは生まれた。3500グラム弱の女の子だった。保護から3週間が過ぎていた。 出産に立ち会った相談員によると、アキさんは声を出さず痛みに耐えた。生まれてきた赤ちゃんを愛おしそうに見つめ、赤ちゃんが小さな指でアキさんの指を握るとうれしそうな顔をした。助産師がおっぱいを吸わせてみるかと尋ねると頷き、おっぱいを咥えさせたという。 内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。 アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。自分で育てるのか、社会的養護に託すのか 膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。 1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。 蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。なぜアキさんは翻意したのか その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。 アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師) 数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。 予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
急転直下、女性が翻意したのは出産後、退院前日の朝だった。家族に連絡し、赤ちゃんを産んだことを伝えたのだ。11月10日(水)、病院は内密出産が回避されたことを公表した。女性が赤ちゃんと一緒に生きることにしたのはなぜだったのか。そもそも、なぜ、女性は内密出産を迫られるほどに追い込まれたのか。どうやって慈恵病院につながったのか。始まりは1本のメールだった。
◆ ◆ ◆
「誰にもばれずに出産したいです」
わずか1行のメールを慈恵病院の「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」が受信したのは10月2日(土)未明だった。
確認した相談員が「勇気を出してメールをくださり本当にありがとうございます」と返信。相談員は女性と慎重にやり取りを重ね、50本近いメールの往復で、暮らしている地域、年齢、家族構成、職業、そして出産のために熊本に来る意思を確認した。
それから約2週間後、18日(月)の夕刻、女性が新幹線の熊本駅に降り立った。改札の外には慈恵病院の職員が出迎えのため待機していた。降車客の波が改札を通り終えた後、最後に女性が現れた。職員が声をかけた。
「アキさんですか? 慈恵病院です」(アキさんは仮名)
アキさんは頷き、ぽろぽろと涙を流した。
アキさんは病院内の保護室に通された。ベッドルームとキッチン、トイレがついた部屋で出産までを過ごすことになる。
予期せぬ妊娠に悩み果てて慈恵病院を訪れる事例は年間10例ほど。女性たちは慈恵病院で出産後、赤ちゃんを特別養子縁組に託す、あるいは自分で育てるなどの選択をすることになる。アキさんは19歳だった。実母が未成年で未婚の場合、その親が生まれてくる子の親権を行うこととなるが、アキさんは親に知られたくないという。特別養子縁組の手続きをすれば親権者に対して家庭裁判所が審査を行うことになり、知られてしまう。どうしても親に知られたくないとなると、内密出産しかない。
これまでにも内密出産を希望する女性はいたが、慈恵病院であたたかく迎えられ、話を聞いてもらううちに身元を明かし、病院が親や関係者に連絡をとり、無事に赤ちゃんと一緒に退院している。 ところが、保険証は示したものの、アキさんは自分の父親に知られることを恐れた。両親は小学生の頃に離婚し、父がアキさんと弟を育てた。普段は友達のような楽しい関係だが、怒ると父は手が出ることがあった。異性関係には特に厳しく妊娠はとても言い出せなかった。妊娠の相手は高校時代に別れた恋人。妊娠を伝えるとLINEをブロックされ、責任ある対応はなかった。1人で受診した産婦人科は中絶手術を行わない病院だった。友人には相談できず、中絶費用も用意できなかった。アキさんについて院長が気になったこと 内密出産に関して国は具体的な方針を示していない。慈恵病院を管理する熊本市は、現行法に抵触する可能性があるとして、2020年12月に慈恵病院に対して内密出産の実施を控えるよう要請している。だが、保護して10日以上が経ってもアキさんは意思を変えなかった。内密出産が現実味を帯びてきた10月29日(金)、病院は現状を明らかにする記者会見を行った。その日の夕方、テレビや新聞が報道し、翌日、熊本市は大西一史市長名で「母子の安全を守るために引き続き病院と連携したい」との文書を出した。著者提供 院長の蓮田健医師はアキさんについて気になる点があった。ゆっくりとした話し方で、質問に対する答えが噛み合わないことが少なくない。戸籍や出生届といった制度についても理解が追いついていなかった。蓮田医師は発達症の疑いを持ち、11月1日(月)、本人の了解を得て救急車で精神科医に搬送した。検査の結果、軽度の知的発達症であることがわかった。知的な能力を客観的に評価する参考になる知能指数(IQ)の平均は100であるが、軽度知的発達症はだいたい50~75に位置することが多い。複雑な情報を処理したり、先行きを見越して行動したり、問題を解決したりする能力に苦手さを持つ。そのために学習・仕事・お金の管理・子どもの養育など社会生活上の苦労を抱えやすい。また知的発達症のグレーゾーンである境界知能(知能指数で70~85に位置することが多い)の人たちも同じ苦手さを持つことがよくある。 診断した精神科専門病院・吉田病院(人吉市)の興野康也医師は長く地域医療に携わってきた。軽度知的発達症や境界知能の女性の妊娠や出産後の困難な状況をたくさん見ている。本人の性格のせいにされてしまう「境界知能」の問題「軽度知的発達症の人や境界知能の人は、中等度の知的発達症の人のようには、周囲から気づかれることが少ないです。一見、普通の人と変わらない生活を送っています。ですが物事の判断に苦手さがあり、計画を持たずに妊娠してしまったり、妊娠しても産婦人科受診ができないとか、妊婦健診に通えないとか、赤ちゃんのお世話が十分にできないことがよくあります。それが、だらしない、生活習慣ができていないなど、本人の性格のせいにされてしまいがちです」 境界知能の人が軽犯罪を起こす確率は高いと言われるが、女性の場合、それが妊娠に関する問題になってしまうことがあると興野医師は指摘する。「そもそも軽度知的発達症の人は人口の1%弱になり、境界知能は人口の14パーセントほどにもなります。こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)に預け入れる女性も、安易な預け入れなどではなく、ほとんどがこうした発達症や精神疾患の問題が背景にあり、SOSがうまく出せずに孤立して追い詰められた状態にあるのではないかと私はみています」 境界知能の人は日本に約1700万人いると考えられている。意識が朦朧とするなか、祖母の電話番号を伝え… 胎児の大きさから計算すると予定日は11月15日(月)だったが、11月初旬の夜、予定日より早く陣痛が始まった。小柄なアキさんの体格に比べて胎児は大きい。負担の大きなお産が予想された。深夜、子宮口が10センチまで全開した。これから先は狭い産道を通るために胎児は苦しくなる。まもなく胎児の心拍数が下がった。帝王切開の可能性が高まった。アキさんに赤ちゃんの状態を説明すると、意識が朦朧とするなか、アキさんは携帯電話の画面で祖母の番号を示した。 蓮田医師は事前にアキさんに、帝王切開の可能性があること、手術は命にも関わること、万一のときのためにせめて父親でなくとも家族の連絡先を教えてほしいことをわかりやすい言葉を選んで説明していた。頑なだったアキさんも、「死にそうになったら連絡してくれていい」と、祖母の携帯番号を伝えることまでは同意していた。 その頃、仮眠室で蓮田医師は赤ちゃんが頭蓋骨が割れた状態で生まれた夢を見た。母体に万一のことがあれば、家族にどう説明をしたらいいのか。しかも母親は未成年だ。赤ちゃんが仮死状態で生まれればNICU(新生児集中治療室)で治療する必要があるが、慈恵病院からNICUのある病院に搬送するとしても、母親の情報がわからない赤ちゃんを受け入れてもらえるか。法的な担保がない状態で内密出産を実施し、母子の健康が損なわれるような事態となれば、慈恵病院は批判されるだろう。声を出さず出産の痛みに耐えたアキさん さまざまな思いが行き来するなか幸いなことに胎児の心拍数が持ち直し、帝王切開は回避できそうな見通しとなった。蓮田医師は赤ちゃんの頭にカップを取り付けて吸引する準備をしたが、そうするまでもなく母体の若い力に押し出されるように、早朝、赤ちゃんは生まれた。3500グラム弱の女の子だった。保護から3週間が過ぎていた。 出産に立ち会った相談員によると、アキさんは声を出さず痛みに耐えた。生まれてきた赤ちゃんを愛おしそうに見つめ、赤ちゃんが小さな指でアキさんの指を握るとうれしそうな顔をした。助産師がおっぱいを吸わせてみるかと尋ねると頷き、おっぱいを咥えさせたという。 内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。 アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。自分で育てるのか、社会的養護に託すのか 膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。 1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。 蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。なぜアキさんは翻意したのか その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。 アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師) 数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。 予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
これまでにも内密出産を希望する女性はいたが、慈恵病院であたたかく迎えられ、話を聞いてもらううちに身元を明かし、病院が親や関係者に連絡をとり、無事に赤ちゃんと一緒に退院している。
ところが、保険証は示したものの、アキさんは自分の父親に知られることを恐れた。両親は小学生の頃に離婚し、父がアキさんと弟を育てた。普段は友達のような楽しい関係だが、怒ると父は手が出ることがあった。異性関係には特に厳しく妊娠はとても言い出せなかった。妊娠の相手は高校時代に別れた恋人。妊娠を伝えるとLINEをブロックされ、責任ある対応はなかった。1人で受診した産婦人科は中絶手術を行わない病院だった。友人には相談できず、中絶費用も用意できなかった。
内密出産に関して国は具体的な方針を示していない。慈恵病院を管理する熊本市は、現行法に抵触する可能性があるとして、2020年12月に慈恵病院に対して内密出産の実施を控えるよう要請している。だが、保護して10日以上が経ってもアキさんは意思を変えなかった。内密出産が現実味を帯びてきた10月29日(金)、病院は現状を明らかにする記者会見を行った。その日の夕方、テレビや新聞が報道し、翌日、熊本市は大西一史市長名で「母子の安全を守るために引き続き病院と連携したい」との文書を出した。
著者提供
院長の蓮田健医師はアキさんについて気になる点があった。ゆっくりとした話し方で、質問に対する答えが噛み合わないことが少なくない。戸籍や出生届といった制度についても理解が追いついていなかった。蓮田医師は発達症の疑いを持ち、11月1日(月)、本人の了解を得て救急車で精神科医に搬送した。検査の結果、軽度の知的発達症であることがわかった。知的な能力を客観的に評価する参考になる知能指数(IQ)の平均は100であるが、軽度知的発達症はだいたい50~75に位置することが多い。複雑な情報を処理したり、先行きを見越して行動したり、問題を解決したりする能力に苦手さを持つ。そのために学習・仕事・お金の管理・子どもの養育など社会生活上の苦労を抱えやすい。また知的発達症のグレーゾーンである境界知能(知能指数で70~85に位置することが多い)の人たちも同じ苦手さを持つことがよくある。
診断した精神科専門病院・吉田病院(人吉市)の興野康也医師は長く地域医療に携わってきた。軽度知的発達症や境界知能の女性の妊娠や出産後の困難な状況をたくさん見ている。
「軽度知的発達症の人や境界知能の人は、中等度の知的発達症の人のようには、周囲から気づかれることが少ないです。一見、普通の人と変わらない生活を送っています。ですが物事の判断に苦手さがあり、計画を持たずに妊娠してしまったり、妊娠しても産婦人科受診ができないとか、妊婦健診に通えないとか、赤ちゃんのお世話が十分にできないことがよくあります。それが、だらしない、生活習慣ができていないなど、本人の性格のせいにされてしまいがちです」
境界知能の人が軽犯罪を起こす確率は高いと言われるが、女性の場合、それが妊娠に関する問題になってしまうことがあると興野医師は指摘する。
「そもそも軽度知的発達症の人は人口の1%弱になり、境界知能は人口の14パーセントほどにもなります。こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)に預け入れる女性も、安易な預け入れなどではなく、ほとんどがこうした発達症や精神疾患の問題が背景にあり、SOSがうまく出せずに孤立して追い詰められた状態にあるのではないかと私はみています」
境界知能の人は日本に約1700万人いると考えられている。
意識が朦朧とするなか、祖母の電話番号を伝え… 胎児の大きさから計算すると予定日は11月15日(月)だったが、11月初旬の夜、予定日より早く陣痛が始まった。小柄なアキさんの体格に比べて胎児は大きい。負担の大きなお産が予想された。深夜、子宮口が10センチまで全開した。これから先は狭い産道を通るために胎児は苦しくなる。まもなく胎児の心拍数が下がった。帝王切開の可能性が高まった。アキさんに赤ちゃんの状態を説明すると、意識が朦朧とするなか、アキさんは携帯電話の画面で祖母の番号を示した。 蓮田医師は事前にアキさんに、帝王切開の可能性があること、手術は命にも関わること、万一のときのためにせめて父親でなくとも家族の連絡先を教えてほしいことをわかりやすい言葉を選んで説明していた。頑なだったアキさんも、「死にそうになったら連絡してくれていい」と、祖母の携帯番号を伝えることまでは同意していた。 その頃、仮眠室で蓮田医師は赤ちゃんが頭蓋骨が割れた状態で生まれた夢を見た。母体に万一のことがあれば、家族にどう説明をしたらいいのか。しかも母親は未成年だ。赤ちゃんが仮死状態で生まれればNICU(新生児集中治療室)で治療する必要があるが、慈恵病院からNICUのある病院に搬送するとしても、母親の情報がわからない赤ちゃんを受け入れてもらえるか。法的な担保がない状態で内密出産を実施し、母子の健康が損なわれるような事態となれば、慈恵病院は批判されるだろう。声を出さず出産の痛みに耐えたアキさん さまざまな思いが行き来するなか幸いなことに胎児の心拍数が持ち直し、帝王切開は回避できそうな見通しとなった。蓮田医師は赤ちゃんの頭にカップを取り付けて吸引する準備をしたが、そうするまでもなく母体の若い力に押し出されるように、早朝、赤ちゃんは生まれた。3500グラム弱の女の子だった。保護から3週間が過ぎていた。 出産に立ち会った相談員によると、アキさんは声を出さず痛みに耐えた。生まれてきた赤ちゃんを愛おしそうに見つめ、赤ちゃんが小さな指でアキさんの指を握るとうれしそうな顔をした。助産師がおっぱいを吸わせてみるかと尋ねると頷き、おっぱいを咥えさせたという。 内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。 アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。自分で育てるのか、社会的養護に託すのか 膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。 1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。 蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。なぜアキさんは翻意したのか その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。 アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師) 数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。 予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
胎児の大きさから計算すると予定日は11月15日(月)だったが、11月初旬の夜、予定日より早く陣痛が始まった。小柄なアキさんの体格に比べて胎児は大きい。負担の大きなお産が予想された。深夜、子宮口が10センチまで全開した。これから先は狭い産道を通るために胎児は苦しくなる。まもなく胎児の心拍数が下がった。帝王切開の可能性が高まった。アキさんに赤ちゃんの状態を説明すると、意識が朦朧とするなか、アキさんは携帯電話の画面で祖母の番号を示した。
蓮田医師は事前にアキさんに、帝王切開の可能性があること、手術は命にも関わること、万一のときのためにせめて父親でなくとも家族の連絡先を教えてほしいことをわかりやすい言葉を選んで説明していた。頑なだったアキさんも、「死にそうになったら連絡してくれていい」と、祖母の携帯番号を伝えることまでは同意していた。
その頃、仮眠室で蓮田医師は赤ちゃんが頭蓋骨が割れた状態で生まれた夢を見た。母体に万一のことがあれば、家族にどう説明をしたらいいのか。しかも母親は未成年だ。赤ちゃんが仮死状態で生まれればNICU(新生児集中治療室)で治療する必要があるが、慈恵病院からNICUのある病院に搬送するとしても、母親の情報がわからない赤ちゃんを受け入れてもらえるか。法的な担保がない状態で内密出産を実施し、母子の健康が損なわれるような事態となれば、慈恵病院は批判されるだろう。
さまざまな思いが行き来するなか幸いなことに胎児の心拍数が持ち直し、帝王切開は回避できそうな見通しとなった。蓮田医師は赤ちゃんの頭にカップを取り付けて吸引する準備をしたが、そうするまでもなく母体の若い力に押し出されるように、早朝、赤ちゃんは生まれた。3500グラム弱の女の子だった。保護から3週間が過ぎていた。
出産に立ち会った相談員によると、アキさんは声を出さず痛みに耐えた。生まれてきた赤ちゃんを愛おしそうに見つめ、赤ちゃんが小さな指でアキさんの指を握るとうれしそうな顔をした。助産師がおっぱいを吸わせてみるかと尋ねると頷き、おっぱいを咥えさせたという。
内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。 アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。自分で育てるのか、社会的養護に託すのか 膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。 1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。 蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。なぜアキさんは翻意したのか その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。 アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師) 数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。 予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。
アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。
膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。
1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。
蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。なぜアキさんは翻意したのか その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。 アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師) 数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。 予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。
その場では表情を変えなかったアキさんだったが、1時間後、祖母に連絡することを了承した。蓮田医師が祖母に電話をかけた。祖母は状況を飲み込むと、「あの子が1人で熊本まで行ったんですか」「あんな小さな身体で産んだんですか」と号泣したという。アキさんに電話を替わると、アキさんは蓮田医師の前で初めて涙を流した。追って父親が慈恵病院に電話をかけてきた。父はたいそう驚いた様子で感謝の言葉を述べ、熊本まで新幹線で迎えに行きたいと話した。
アキさんが翻意したのはなぜだったのだろう。
「他人が育てても絆は深くなります。我が家の里子と私の関係を見て、自分の赤ちゃんが他の大人に取られてしまったらいやだと思ったのではないでしょうか」(蓮田医師)
数日後、朝一番で弟とともに迎えにきた父は、蓮田医師より説明を受けた。境界知能について聞かされると、日常生活でも思い当たる節があったと父は納得の表情を浮かべたという。他方、蓮田医師は、過去にアキさんを激しく叱った理由を父から聞き、娘の境界知能の問題を把握していなかったこととの関わりを察した。
予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。 孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」 熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。 アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。(三宅 玲子)
予期せぬ妊娠から孤立出産に突き進み、赤ちゃんを遺棄してしまう事件は後を絶たない。慈恵病院につながらなかったら、アキさんも孤立出産となったかもしれない。
孤立出産やそれに伴う遺棄事件が起きるたびに、なぜ周囲に相談しなかったのかと女性は責められる。だが、そうなってしまった背景には、妊娠を1人で背負った女性の困難な状態に対して周りの認識が足りていなかったという問題がある。精神科医・興野医師は次のように指摘した。
「軽度知的発達症や境界知能の人は身近に一定数います。ですがなかなか気づかれません。本人から助けを求めるのも苦手なことがよくあります。精神科受診や知能検査を受けることは、さらにハードルが高いです。なので妊娠、出産、育児の困難を抱えた女性に対するケアを手厚くする必要がありますし、特に誰にも助けを求められない人へのケアの方法を社会が持つことが大切です。こうのとりのゆりかごは、その1つの方法です」
熊本市とアキさんの地元の行政は母子健康手帳の交付手続きなどについて連携をはかり、アキさんの父には退院前に地元の児童相談所から連絡があったという。
アキさんと赤ちゃんの生活が始まった。初めての赤ちゃんを育てるのは誰にとっても不安で、周囲の助けがなくてはできないことだ。境界知能のアキさんにはさらにたくさんの支える手が必要だ。アキさんと赤ちゃんを守るのは家族だけではない。地域や社会の、認識し、支えあげる力にかかっている。
(三宅 玲子)