「陛下との約束」叶えた美術館長を襲った悲劇 酔った消防士がガラス破壊、再開困難に…本人語る現状

泥酔した消防士らに玄関のガラスを壊され、営業が再開できない状況に追い込まれたとして、「古都奈良かんざし美術館」(奈良市)がツイッターで窮状を訴えている。
事件の発生からもうすぐ2年が経過しようとしているが、修繕費用をめぐる調停は平行線をたどり解決に至っていない。費用の問題で内装などの修復ができないため、閉館を余儀なくされ続けている。
2021年12月22日、館長の喜多浩子さんがJ-CASTニュースに詳細を語った。
古都奈良かんざし美術館は19年3月に開館した。かんざし収集家の喜多さんがひとりで運営している。喜多さんが所有する2000点のうち、300点ほどを展示しているという。
2年前に玄関ガラスを壊された影響で、現在も営業はできていない。ただ、友人の勧めもあり、21年12月15日からツイッターで事件を周知するための投稿をしている。発信は注目を集め、励ましの電話も受けたという。喜多さんは驚きを表しつつ「ありがたいです」と伝える。
喜多さんの話によれば、事件が発生したのは20年3月23日23時ごろ。彼女は当時、美術館の2階にある自宅にいた。
不審に思って警察に連絡しながら階下へ行くと、入口に酩酊状態の男性が立っていた。わずかに開いた自動ドアから、男性が逃げないように手をつかんだ。そのまま右に目をやると、美術館の正面ガラスが大破していた。厚さ6.8ミリだった。
電話先の警察官から「(男の)手を離さないように」と言われた喜多さんは、手を掴んだまま警察の到着を待った。現場には男性がもう1人。一旦はその場を去りかけるも呼びかけに応じて戻ってきた。
手をつなぎ留めていた男は、館内にいる喜多さんを外に出そうとして、人が通れるくらいまでに自動ドアをこじ開けた。ガラスの砕け落ちる音がしたという。
表へ出た喜多さんが記録用に男性らを撮影すると、写真を消去するよう声を荒げて求められたという。そのうちにパトカーが到着した。通報から5分ほどの出来事だった。
男性らは警察に反抗していたそうで、最終的に署まで同行させられる事態となった。喜多さんは、その場で簡単な事情聴取を受けるにとどまる。
パトカーが去ったのは23時半ごろ。ガラスが割れたままの入口をそのままにするわけにもいかず、美術品を守るために喜多さんはひとり、寒さを感じながら夜を明かしたという。
事件翌朝の24日10時ごろ、男性らは上司にあたる管理職2人とともに美術館へ謝罪に訪れた。この時に喜多さんは、男性らが奈良市消防局・南消防署に所属する消防士であるとわかったという。
酔いから醒めていた男性らは謝罪を繰り返していたと喜多さんは話す。損壊したガラスや美術品について男性らは、誠意をもって対応するとしていた、とも振り返る。
後日、喜多さんが修繕費用の件で男性らに連絡すると、保険会社と話し合うよう伝えられる。結果的に示談交渉の形となる。喜多さんによると、男性らは酔っていたことを認めながらも、ガラスの損壊は故意ではないというように主張しているという。
修繕費用を求めての交渉は始まったものの、美術館は事件以降、閉館を余儀なくさせられている。
喜多さんは、割られた玄関ガラスや故障した自動ドア、展示場の修理が終わり次第再開するつもりだった。しかし、修繕費用の交渉が長引いたことなどもあり、再開に向けた作業が難航したのだ。
ここから事態は停滞する。
喜多さんは9歳からかんざしの収集を始めたのだという。
美術館には、大和の神鹿信仰に基づいて制作された江戸時代の「鹿角かんざし」や、忍者が隠密活動に使用していたという細工付きの「隠密かんざし」など珍しい品が揃う。近くで鑑賞してもらうため額装で展示するといったひと工夫も。
かんざし以外にも豊臣秀吉公が制作させたという仏像「荼枳尼天」や、幕末に江戸城で大奥女中を務めた先祖から受け継いだ打掛などの古美術品を展示。また打掛の着用体験や歴史的な物語の語り聞かせも行っていた。
開館のきっかけには昭和天皇との出会いがあると、喜多さんは明かす。
もともと大の相撲好きで稽古場へスケッチに通うほどだったという喜多さん。母のふとした思いつきから、相撲ファンで知られる昭和天皇のため力士の絵を描いて宮内庁へ贈ることがあった。
すると昭和天皇が作品を気に入り、それから毎年誕生日にあわせて相撲絵をプレゼントするように。そして84年秋、第39回国民体育大会に伴って奈良入りされた昭和天皇と面会することとなった。
入江相政侍従長らが集まる面会の場で、喜多さんは前述の「鹿角かんざし」など2、3本の収集品を逸話とともに披露。美術館開館の夢を語ると、昭和天皇から前向きなお言葉を受けたという。
この経験もあって喜多さんにとって美術館を開館することは昭和天皇との「心の約束」となった。侍従長との交流は続き、朝日新聞社が刊行した「入江相政日記」にも喜多さんについての記述がみられる。
事件から半年以上が経っても、修繕費用をめぐる示談はまとまらなかった。
20年11月に初めて調停での解決を図るが、合意に至らず不成立。喜多館長は自動ドア、ガラスを含む外観、ガラス飛散により損傷したとみられる美術品の修理代などを望んでいる。
調停を重ねながらも特段の進展がないままだったが、21年12月17日。喜多さんがツイッターを始めたことで、動きがあった。朝日新聞・大阪本社近畿版の朝刊に事件に関する記事「酒に酔い警官に暴言、消防士2人処分」が掲載されたのだ。
記事では、当該男性2人が20年3月27日に市消防局から処分を受けていたと明かされた。
1人は警察官に暴言を吐いたとされ市消防長による訓戒処分に、もう1人は文書による厳重注意だったという。当時、市消防局では職員に対し酒類を伴う飲食は避けるよう伝えられていたとする。美術館のガラスを損壊したことも触れられているが、処分との直接的な関係は言及されていない。
喜多館長はこの報道によって男性らが処分されていたことを知った。
21年12月27日、奈良市消防局・総務課の担当者はJ-CASTニュースに、男性らの処分について喜多さんに「報告はしておりません」と答えた。市職員の懲戒処分などの公表基準に基づいた判断だとする。処分の理由に美術館を損壊したことは含まれるか尋ねたところ、こちらも市の公表基準に基づくものだとして、回答を控えた。
事件翌日に当該男性らの謝罪に上司が同行したのは、「公務外ではあるものの当該職員が市民にご迷惑をおかけしたため」だと説明。市消防局に所属する消防士らが美術館の損壊事件を起こしたことへの受け止めは、次のように伝えた。
事件が発生しておよそ2年が経とうとしている。
いまだに展示場には細かなガラスが残る。喜多さんによると、男性らが現場の修復のため訪れたことはないという。
損壊した正面ガラスなど大まかな外観修理は済んでいるものの、工務店の厚意で支払いは保留しているとする。故障した自動ドアに至っては費用が捻出できず、手動で開閉している状態だ。
修繕費用をめぐる調停の解決および、修復が完了しないことには美術館の再開は難しいとする。喜多さんは「本当に困っているんです」とこぼす。
21日には6回目の調停が不成立に終わった。来年春に再調停を控えている。業務妨害罪として告訴するかは検討している途中だという。