「この男の子は僕。一生、一生忘れない」児童精神科マンガを描く作者が明かした“過去のトラウマ”《児童虐待の実態》

「描いている僕も苦しい」“辛い境遇の子ども”を描く児童精神科マンガ『リエゾン』作者の使命感《児童虐待、ヤングケアラー、知的障害、親子の死別…》 から続く
子どもを巡る問題の中でも深刻なのが、児童虐待だ。厚生労働省によると、2020年に18歳未満の子どもが虐待を受けて児童相談所が対応した件数は、過去最高の20万5029件に上る。児童精神科を描くマンガ『リエゾン―こどものこころ診療所―』(講談社・モーニングで連載中)の最新刊7巻(12月23日発売)にも、虐待についてのエピソードが収録されている。著者のヨンチャン氏は、虐待事件をどう見ているのか。(全2回の2回目/前編を読む)
【画像】「悪いことしたら…お腹じゅってするの」女の子の虐待火傷に使われた“ある日用品”
ヨンチャン氏は韓国出身。幼少期から日本のマンガを読んで育ち、日本で最初にマンガ学部を置いた京都精華大学に留学生として来日。2017年にモーニング新人賞で大賞を獲得し、デビュー。2018年に初連載『ベストエイト』を開始(全4巻)。2020年からモーニング本誌で『リエゾン』の連載を始める。
◆◆◆
──『リエゾン』では児童虐待や非行、不登校など、子どもにまつわるさまざまな問題を扱っています。ヨンチャンさんが実際のニュースや事件で特に関心を寄せたものは何ですか?
ヨンチャン 2018年に起きた、東京都目黒区の船戸結愛ちゃん虐待死事件です。『リエゾン』が始まる前の事件ですが、やはり衝撃的でした。「虐待と通告」というエピソード(単行本7巻に収録)は、結愛ちゃんの事件の影響も受けています。
このエピソードを描くにあたり、日本子ども虐待医学会が結愛ちゃんの事件を時間軸で分析した検証報告書を読んだんですが、辛いという表現しかできない内容でした。多くの支援につながっていたにもかかわらず、結愛ちゃんは亡くなるという最悪な結果になったので。
──あの事件では、児童相談所も虐待について把握していたんですよね。
ヨンチャン 結愛ちゃんを支援する人たちは全力を尽くしたと言ってもいいぐらい、できることはやったと僕は思うんですよ。それでも救えなかった。
あの事件のニュースを見て嫌な気持ちになった人たちは、児童相談所や役所に苦情を言うのかもしれないですが、それだけでは解決しないですよね。僕は社会全体の問題だと思っています。
──結愛ちゃんのように虐待を受けている子は世の中にまだいるかもしれませんね。
ヨンチャン 結愛ちゃんのように虐待を受けている子は世の中にまだいて、表には見えないだけかもしれない。これは虐待児支援に関わる何人か、何十人かだけが頑張る問題ではないです。 だから、社会全体が意識を向けることが、唯一の解決方法だと思うんです。こういう事件を耳にしたら、状況や問題を整理して、自分は何ができるかをまず考えるべきだろうと。 僕はマンガ家なので、作品を通して自分が社会に何ができるのか、どう変えられるかを考えています。作品のテーマとして事件を扱ったり、取材をしてみて、より一層そう感じます。──「虐待と通告」のエピソードでは、親から虐待を受けた女の子は最後に保護されて、両親が逮捕されていますね。ヨンチャン だけど、現実の事件は必ずしもよい結果では終わりません。被害者は結局亡くなってしまう事件が結構ありますね。 結愛ちゃんのケースでは、児童相談所が彼女を一時保護していますし、父親も2度書類送検されているんですよ。でもその後、状況が改善されたと判断されて、結愛ちゃんは両親の元に戻されます。その後、児童相談所が訪問しても彼女には会えなくなり、ついに亡くなる。 だから、「虐待と通告」のエピソードを結愛ちゃん事件の時間軸で見ると、途中までしか描いていないことになるんです。──では、ヨンチャンさんの中では、「虐待と通告」のエピソードはまだ終わっていない?ヨンチャン あのラストシーンの後がどうなるかは、読者の皆さんに考えていただければと思います。 ただ、現実には隠されている問題がたくさんあって、僕たちは見ていないだけなんです。だから、隣の家で子どもが虐待されていないか、子どもが一人で外に出ていたら、何かおかしい部分はないかなど、意識を向けて見てみる。そして、気になったらすぐに行政に報告するという社会の雰囲気をつくるのが、僕たちの責任じゃないかと思っています。描くなかで蘇った「自分のトラウマ」──『リエゾン』の最初のエピソード「でこぼこ研修医のカルテ」(単行本1巻に収録)には、《医療従事者は患者の診察をきっかけに、忘れようとした辛い記憶の蓋が開くことがある》というシーンがあります。 ヨンチャンさんが『リエゾン』を描く中で、ご自身のさまざまな辛い記憶が甦ることもあると思います。プロのマンガ家として、それを作品にどう昇華させているのでしょうか。ヨンチャン 僕には4歳上の兄がいるんですが、親が共働きだったので、子どもだけで過ごす時間が長かったんですね。 兄は暴力的で、幼少期の僕はかなり辛い思いをしました。2人きりでいると、自分の居場所がないと感じることもあって。そのときの「誰にも頼れない」という状況は五感で記憶していて、今も鮮明に甦ります。 だから『リエゾン』で虐待や孤独を描くときは、自分の経験がかなり役に立っているところはあります。──たとえばどのエピソードに反映されているのでしょうか。ヨンチャン 「虐待の連鎖」(単行本2巻に収録)では、中学1年生の男子の回想として、幼児期にパンツ一丁にされて廊下へ追い出されるシーンが出てきます。これ、僕の経験なんですよ。──この男の子は、ヨンチャンさんご自身なんですね。兄の仕打ちは「本当に……一生、一生忘れない」ヨンチャン そうです。その記憶はただ追い出されただけではなくて、パンツにちょっとおしっこが漏れてしまっていて、染みているその気持ち悪さや、廊下に響いている自分の泣き声まですべて。本当に……一生、一生忘れないと思うんですね。 子どもの頃の記憶は、生涯にわたって自己のアイデンティティに影響していくんだなと、身をもって感じます。だからこそ、どうしたら子どもに幸せな記憶、もしくは幸せな環境を与えられるかを、すごく考えるようになったのかもしれません。──「非行少年」(単行本3巻に収録)では、母親がバッヂのピンを小学生の少年の太ももにぐっと押し込むシーンがありました。母親は彼氏といたいから、少年に帰宅してほしくない。すぐに帰ってくるなという警告の意味でピンを刺す。 本来、味方であるはずの親や兄弟からそういう攻めを受けると、もう逃げ場がない、どうしたらいいんだよという気持ちが伝わってきて、胸がグラグラしました。これは想像だけでは描けないだろうと。ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。 子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。 兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
ヨンチャン 結愛ちゃんのように虐待を受けている子は世の中にまだいて、表には見えないだけかもしれない。これは虐待児支援に関わる何人か、何十人かだけが頑張る問題ではないです。 だから、社会全体が意識を向けることが、唯一の解決方法だと思うんです。こういう事件を耳にしたら、状況や問題を整理して、自分は何ができるかをまず考えるべきだろうと。 僕はマンガ家なので、作品を通して自分が社会に何ができるのか、どう変えられるかを考えています。作品のテーマとして事件を扱ったり、取材をしてみて、より一層そう感じます。──「虐待と通告」のエピソードでは、親から虐待を受けた女の子は最後に保護されて、両親が逮捕されていますね。ヨンチャン だけど、現実の事件は必ずしもよい結果では終わりません。被害者は結局亡くなってしまう事件が結構ありますね。 結愛ちゃんのケースでは、児童相談所が彼女を一時保護していますし、父親も2度書類送検されているんですよ。でもその後、状況が改善されたと判断されて、結愛ちゃんは両親の元に戻されます。その後、児童相談所が訪問しても彼女には会えなくなり、ついに亡くなる。 だから、「虐待と通告」のエピソードを結愛ちゃん事件の時間軸で見ると、途中までしか描いていないことになるんです。──では、ヨンチャンさんの中では、「虐待と通告」のエピソードはまだ終わっていない?ヨンチャン あのラストシーンの後がどうなるかは、読者の皆さんに考えていただければと思います。 ただ、現実には隠されている問題がたくさんあって、僕たちは見ていないだけなんです。だから、隣の家で子どもが虐待されていないか、子どもが一人で外に出ていたら、何かおかしい部分はないかなど、意識を向けて見てみる。そして、気になったらすぐに行政に報告するという社会の雰囲気をつくるのが、僕たちの責任じゃないかと思っています。描くなかで蘇った「自分のトラウマ」──『リエゾン』の最初のエピソード「でこぼこ研修医のカルテ」(単行本1巻に収録)には、《医療従事者は患者の診察をきっかけに、忘れようとした辛い記憶の蓋が開くことがある》というシーンがあります。 ヨンチャンさんが『リエゾン』を描く中で、ご自身のさまざまな辛い記憶が甦ることもあると思います。プロのマンガ家として、それを作品にどう昇華させているのでしょうか。ヨンチャン 僕には4歳上の兄がいるんですが、親が共働きだったので、子どもだけで過ごす時間が長かったんですね。 兄は暴力的で、幼少期の僕はかなり辛い思いをしました。2人きりでいると、自分の居場所がないと感じることもあって。そのときの「誰にも頼れない」という状況は五感で記憶していて、今も鮮明に甦ります。 だから『リエゾン』で虐待や孤独を描くときは、自分の経験がかなり役に立っているところはあります。──たとえばどのエピソードに反映されているのでしょうか。ヨンチャン 「虐待の連鎖」(単行本2巻に収録)では、中学1年生の男子の回想として、幼児期にパンツ一丁にされて廊下へ追い出されるシーンが出てきます。これ、僕の経験なんですよ。──この男の子は、ヨンチャンさんご自身なんですね。兄の仕打ちは「本当に……一生、一生忘れない」ヨンチャン そうです。その記憶はただ追い出されただけではなくて、パンツにちょっとおしっこが漏れてしまっていて、染みているその気持ち悪さや、廊下に響いている自分の泣き声まですべて。本当に……一生、一生忘れないと思うんですね。 子どもの頃の記憶は、生涯にわたって自己のアイデンティティに影響していくんだなと、身をもって感じます。だからこそ、どうしたら子どもに幸せな記憶、もしくは幸せな環境を与えられるかを、すごく考えるようになったのかもしれません。──「非行少年」(単行本3巻に収録)では、母親がバッヂのピンを小学生の少年の太ももにぐっと押し込むシーンがありました。母親は彼氏といたいから、少年に帰宅してほしくない。すぐに帰ってくるなという警告の意味でピンを刺す。 本来、味方であるはずの親や兄弟からそういう攻めを受けると、もう逃げ場がない、どうしたらいいんだよという気持ちが伝わってきて、胸がグラグラしました。これは想像だけでは描けないだろうと。ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。 子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。 兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
ヨンチャン 結愛ちゃんのように虐待を受けている子は世の中にまだいて、表には見えないだけかもしれない。これは虐待児支援に関わる何人か、何十人かだけが頑張る問題ではないです。
だから、社会全体が意識を向けることが、唯一の解決方法だと思うんです。こういう事件を耳にしたら、状況や問題を整理して、自分は何ができるかをまず考えるべきだろうと。
僕はマンガ家なので、作品を通して自分が社会に何ができるのか、どう変えられるかを考えています。作品のテーマとして事件を扱ったり、取材をしてみて、より一層そう感じます。
──「虐待と通告」のエピソードでは、親から虐待を受けた女の子は最後に保護されて、両親が逮捕されていますね。
ヨンチャン だけど、現実の事件は必ずしもよい結果では終わりません。被害者は結局亡くなってしまう事件が結構ありますね。 結愛ちゃんのケースでは、児童相談所が彼女を一時保護していますし、父親も2度書類送検されているんですよ。でもその後、状況が改善されたと判断されて、結愛ちゃんは両親の元に戻されます。その後、児童相談所が訪問しても彼女には会えなくなり、ついに亡くなる。 だから、「虐待と通告」のエピソードを結愛ちゃん事件の時間軸で見ると、途中までしか描いていないことになるんです。──では、ヨンチャンさんの中では、「虐待と通告」のエピソードはまだ終わっていない?ヨンチャン あのラストシーンの後がどうなるかは、読者の皆さんに考えていただければと思います。 ただ、現実には隠されている問題がたくさんあって、僕たちは見ていないだけなんです。だから、隣の家で子どもが虐待されていないか、子どもが一人で外に出ていたら、何かおかしい部分はないかなど、意識を向けて見てみる。そして、気になったらすぐに行政に報告するという社会の雰囲気をつくるのが、僕たちの責任じゃないかと思っています。描くなかで蘇った「自分のトラウマ」──『リエゾン』の最初のエピソード「でこぼこ研修医のカルテ」(単行本1巻に収録)には、《医療従事者は患者の診察をきっかけに、忘れようとした辛い記憶の蓋が開くことがある》というシーンがあります。 ヨンチャンさんが『リエゾン』を描く中で、ご自身のさまざまな辛い記憶が甦ることもあると思います。プロのマンガ家として、それを作品にどう昇華させているのでしょうか。ヨンチャン 僕には4歳上の兄がいるんですが、親が共働きだったので、子どもだけで過ごす時間が長かったんですね。 兄は暴力的で、幼少期の僕はかなり辛い思いをしました。2人きりでいると、自分の居場所がないと感じることもあって。そのときの「誰にも頼れない」という状況は五感で記憶していて、今も鮮明に甦ります。 だから『リエゾン』で虐待や孤独を描くときは、自分の経験がかなり役に立っているところはあります。──たとえばどのエピソードに反映されているのでしょうか。ヨンチャン 「虐待の連鎖」(単行本2巻に収録)では、中学1年生の男子の回想として、幼児期にパンツ一丁にされて廊下へ追い出されるシーンが出てきます。これ、僕の経験なんですよ。──この男の子は、ヨンチャンさんご自身なんですね。兄の仕打ちは「本当に……一生、一生忘れない」ヨンチャン そうです。その記憶はただ追い出されただけではなくて、パンツにちょっとおしっこが漏れてしまっていて、染みているその気持ち悪さや、廊下に響いている自分の泣き声まですべて。本当に……一生、一生忘れないと思うんですね。 子どもの頃の記憶は、生涯にわたって自己のアイデンティティに影響していくんだなと、身をもって感じます。だからこそ、どうしたら子どもに幸せな記憶、もしくは幸せな環境を与えられるかを、すごく考えるようになったのかもしれません。──「非行少年」(単行本3巻に収録)では、母親がバッヂのピンを小学生の少年の太ももにぐっと押し込むシーンがありました。母親は彼氏といたいから、少年に帰宅してほしくない。すぐに帰ってくるなという警告の意味でピンを刺す。 本来、味方であるはずの親や兄弟からそういう攻めを受けると、もう逃げ場がない、どうしたらいいんだよという気持ちが伝わってきて、胸がグラグラしました。これは想像だけでは描けないだろうと。ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。 子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。 兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
ヨンチャン だけど、現実の事件は必ずしもよい結果では終わりません。被害者は結局亡くなってしまう事件が結構ありますね。
結愛ちゃんのケースでは、児童相談所が彼女を一時保護していますし、父親も2度書類送検されているんですよ。でもその後、状況が改善されたと判断されて、結愛ちゃんは両親の元に戻されます。その後、児童相談所が訪問しても彼女には会えなくなり、ついに亡くなる。
だから、「虐待と通告」のエピソードを結愛ちゃん事件の時間軸で見ると、途中までしか描いていないことになるんです。
──では、ヨンチャンさんの中では、「虐待と通告」のエピソードはまだ終わっていない?
ヨンチャン あのラストシーンの後がどうなるかは、読者の皆さんに考えていただければと思います。
ただ、現実には隠されている問題がたくさんあって、僕たちは見ていないだけなんです。だから、隣の家で子どもが虐待されていないか、子どもが一人で外に出ていたら、何かおかしい部分はないかなど、意識を向けて見てみる。そして、気になったらすぐに行政に報告するという社会の雰囲気をつくるのが、僕たちの責任じゃないかと思っています。
──『リエゾン』の最初のエピソード「でこぼこ研修医のカルテ」(単行本1巻に収録)には、《医療従事者は患者の診察をきっかけに、忘れようとした辛い記憶の蓋が開くことがある》というシーンがあります。
ヨンチャンさんが『リエゾン』を描く中で、ご自身のさまざまな辛い記憶が甦ることもあると思います。プロのマンガ家として、それを作品にどう昇華させているのでしょうか。
ヨンチャン 僕には4歳上の兄がいるんですが、親が共働きだったので、子どもだけで過ごす時間が長かったんですね。 兄は暴力的で、幼少期の僕はかなり辛い思いをしました。2人きりでいると、自分の居場所がないと感じることもあって。そのときの「誰にも頼れない」という状況は五感で記憶していて、今も鮮明に甦ります。 だから『リエゾン』で虐待や孤独を描くときは、自分の経験がかなり役に立っているところはあります。──たとえばどのエピソードに反映されているのでしょうか。ヨンチャン 「虐待の連鎖」(単行本2巻に収録)では、中学1年生の男子の回想として、幼児期にパンツ一丁にされて廊下へ追い出されるシーンが出てきます。これ、僕の経験なんですよ。──この男の子は、ヨンチャンさんご自身なんですね。兄の仕打ちは「本当に……一生、一生忘れない」ヨンチャン そうです。その記憶はただ追い出されただけではなくて、パンツにちょっとおしっこが漏れてしまっていて、染みているその気持ち悪さや、廊下に響いている自分の泣き声まですべて。本当に……一生、一生忘れないと思うんですね。 子どもの頃の記憶は、生涯にわたって自己のアイデンティティに影響していくんだなと、身をもって感じます。だからこそ、どうしたら子どもに幸せな記憶、もしくは幸せな環境を与えられるかを、すごく考えるようになったのかもしれません。──「非行少年」(単行本3巻に収録)では、母親がバッヂのピンを小学生の少年の太ももにぐっと押し込むシーンがありました。母親は彼氏といたいから、少年に帰宅してほしくない。すぐに帰ってくるなという警告の意味でピンを刺す。 本来、味方であるはずの親や兄弟からそういう攻めを受けると、もう逃げ場がない、どうしたらいいんだよという気持ちが伝わってきて、胸がグラグラしました。これは想像だけでは描けないだろうと。ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。 子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。 兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
ヨンチャン 僕には4歳上の兄がいるんですが、親が共働きだったので、子どもだけで過ごす時間が長かったんですね。
兄は暴力的で、幼少期の僕はかなり辛い思いをしました。2人きりでいると、自分の居場所がないと感じることもあって。そのときの「誰にも頼れない」という状況は五感で記憶していて、今も鮮明に甦ります。
だから『リエゾン』で虐待や孤独を描くときは、自分の経験がかなり役に立っているところはあります。
──たとえばどのエピソードに反映されているのでしょうか。
ヨンチャン 「虐待の連鎖」(単行本2巻に収録)では、中学1年生の男子の回想として、幼児期にパンツ一丁にされて廊下へ追い出されるシーンが出てきます。これ、僕の経験なんですよ。
──この男の子は、ヨンチャンさんご自身なんですね。
兄の仕打ちは「本当に……一生、一生忘れない」ヨンチャン そうです。その記憶はただ追い出されただけではなくて、パンツにちょっとおしっこが漏れてしまっていて、染みているその気持ち悪さや、廊下に響いている自分の泣き声まですべて。本当に……一生、一生忘れないと思うんですね。 子どもの頃の記憶は、生涯にわたって自己のアイデンティティに影響していくんだなと、身をもって感じます。だからこそ、どうしたら子どもに幸せな記憶、もしくは幸せな環境を与えられるかを、すごく考えるようになったのかもしれません。──「非行少年」(単行本3巻に収録)では、母親がバッヂのピンを小学生の少年の太ももにぐっと押し込むシーンがありました。母親は彼氏といたいから、少年に帰宅してほしくない。すぐに帰ってくるなという警告の意味でピンを刺す。 本来、味方であるはずの親や兄弟からそういう攻めを受けると、もう逃げ場がない、どうしたらいいんだよという気持ちが伝わってきて、胸がグラグラしました。これは想像だけでは描けないだろうと。ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。 子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。 兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
ヨンチャン そうです。その記憶はただ追い出されただけではなくて、パンツにちょっとおしっこが漏れてしまっていて、染みているその気持ち悪さや、廊下に響いている自分の泣き声まですべて。本当に……一生、一生忘れないと思うんですね。
子どもの頃の記憶は、生涯にわたって自己のアイデンティティに影響していくんだなと、身をもって感じます。だからこそ、どうしたら子どもに幸せな記憶、もしくは幸せな環境を与えられるかを、すごく考えるようになったのかもしれません。
──「非行少年」(単行本3巻に収録)では、母親がバッヂのピンを小学生の少年の太ももにぐっと押し込むシーンがありました。母親は彼氏といたいから、少年に帰宅してほしくない。すぐに帰ってくるなという警告の意味でピンを刺す。
本来、味方であるはずの親や兄弟からそういう攻めを受けると、もう逃げ場がない、どうしたらいいんだよという気持ちが伝わってきて、胸がグラグラしました。これは想像だけでは描けないだろうと。
ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。 子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。 兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
ヨンチャン 想像だけでは描けないです。《家族問題》とひと言で済ませるのは簡単ですが、子どもにとっては、家族は自分のすべてなんですよ。
子ども時代の僕は学校から家に帰る途中、いつも「今日はお兄ちゃんがいませんように」と祈るんです。家に兄がいなかったらマジでバンザイ、ハッピーみたいな。そういう記憶は今もリアルに引き出せるので、マンガのいろいろな部分に僕の記憶を入れています。
──お兄さんとの関係は、現在はいかがですか。
ヨンチャン 兄とは長年、絶縁状態で。親も心配するので、先日僕から電話をかけて、数年ぶりに話したんですよ。といっても社交辞令ぐらいで、すぐ終わったんですが。
兄弟仲はよくあるべきなんでしょうが、今までのことを水に流して仲良くするのは、なかなか難しいです。
──そうですね。でも、問題がまったくない家族のほうが珍しい気もします。
ヨンチャン 僕自身が今も家族問題を抱えているので、『リエゾン』は他人事として描けないんです。だから皆さんが読むときにも、自分自身の話、もしくはすぐ近くにいる人の話かもしれないと感じてもらえれば、世の中が少しプラスの方向に進むかなと思います。
【マンガ】知的障害を持つ女の子が“3カ月前のママの事故死”を受け入れるまで「子どもが大人と同じ反応をみせるとは限らない」 へ続く
(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))