《写真多数》あのブームから15年…レッサーパンダ「風太くん」の“意外すぎる今”を追ってみた

すっくとした立ち姿で、人々を魅了したレッサーパンダがいたことを覚えているだろうか。
【胸キュン画像】子どもは10頭、孫は31頭…! いまでも可愛さ全開の「風太くん」の写真を全て見る(31枚) 千葉市動物公園(千葉市若葉区)のオス「風太」だ。新聞やテレビで取り上げられてブームとなり、缶コーヒーのテレビCMにまで起用された。同園には、ひと目見ようと大勢の人が押しかけた。 あれから約15年がたつ。 18歳という“高齢”になり、「飼育下のレッサーパンダの平均寿命は約12年」(日本動物園水族館協会)という中にあっては、かなり長生きの方だ。

 加齢による衰えは否めず、さすがに立ち姿を披露することはなくなった。右目は白内障でほぼ失明状態とみられ、今年は園内の動物病院に入院するほどの病気もした。それでも、かくしゃくとして過ごしており、「頑張って生きている姿に胸を打たれます」(60代の女性)などと生きざまに励まされる来園者もいる。 若き日はアイドル。老境にあっては「高齢社会の星」。老いたりといえども、やっぱり風太はスターなのだ。“風太くんブーム”への戸惑い 風太は2003年7月5日、静岡市の同市立日本平(にほんだいら)動物園で生まれた。千葉市動物公園へ移ったのは、約9カ月後の04年3月末だ。レッサーパンダに繁殖能力が備わって、大人の仲間入りをするのは生後約18カ月といい、当時の風太は人間で言えば中学生ぐらいの年頃だった。 翌05年度から2年間、飼育係としてレッサーパンダを担当した千葉茂さん(53)は「とても、やんちゃでした。活発に動き回って、ジャンプ力もすごかったですね」と振り返る。 担当になって間もない同年5月、新聞が「立てるんです」という見出しで風太を取り上げた。「レッサーパンダが立つのは珍しいことではありません。私達にとっては通常の光景でした」と千葉さんは話す。だが、この報道がきっかけとなり、多くのメディアが取り上げた。「なぜ、このような騒ぎになるのか」。千葉さんらの戸惑いをよそに、ブームはどんどん過熱した。2005年当時の風太。立ち姿が大人気だった 時事通信社「屋外の放飼場の周囲には幾重もの人だかりができ、飼育係が外から風太の様子を観察しようにも、見ることさえかないませんでした。来園者が歓声を上げるのを聞いて、『ああ、風太が立ったんだな』と知るような状態でした」と、千葉さんは苦笑する。「人の多さに疲れてしまわないか」。そう心配した千葉さんは、正午からの1時間を風太の“昼休み”にした。屋内の寝室に入れて、そっとしておいたのだ。午後1時になると、また放飼場に出した。「夜、寝室に入れてからも、あまり関わらないようにして、そーっと見守っていました」と語る。なぜ風太は立ち上がっていた? それにしても、なぜ風太は人の心を捉えたのだろう。「確かにきれいな立ち姿でした。胸を張るようにしていましたから」と、千葉さんは話す。 千葉さんの後任で、07年から12年間担当した濱田昌平(はまだ・まさひら)さん(59)は、風太の性格やその頃の放飼場の構造に秘密があったと考えている。「最初に担当になった時、風太は落ち着きのないやつだなと思いました。とにかく動き回る。好奇心が旺盛で、いろんなものを見たがりました。放飼場の外には大勢の人がいます。何だろうとあっちで立ち上がって外を見る。こっちに来てまた立ち上がる。 当時の放飼場は、今のように高所に小屋を設けていなかったので、外を見ようとすれば、立つしかありませんでした。頻繁に立って、しかもその時間が長いから、来園者は喜んで押しかけます。人に動じない風太はさらに興味を持ち、立ち姿で外を見ようとしました。そうした相乗効果で人気が出ていったのかもしれません」 風太ブームのおかげで、千葉市動物公園の入園者数は05年度、9年ぶりに80万人を超えた。06年には約88万人を記録した。レッサーパンダは絶滅危惧種 一躍スターになった風太だが、立ち姿以外にも画期的なレッサーパンダだった。 千葉市動物公園に初めて赤ちゃんをもたらしたのである。 1985年に開園した同園では、当初からレッサーパンダを飼ってきた。しかし、なかなか繁殖には結びつかなかった。 レッサーパンダはヒマラヤに近いインド、中国、ネパール、ブータン、ミャンマーの高地で暮らす。生息地や外見の特徴からシセンレッサーパンダとネパールレッサーパンダに分けられ、日本の動物園で飼育されているのは主にシセンレッサーパンダだ。日本動物園水族館協会によると、国内のシセンレッサーパンダの飼育頭数は2021年7月31日時点で264頭。世界では17年末時点で349頭といい、日本が最大の飼育国になっている。 野生では2500~1万頭しかいないとされる絶滅危惧種だ。こうした動物は自然界での保護の一方、動物園が「種の保存の場」と位置づけられており、近親交配にならないよう各園が個体を貸し借りして繁殖に力を入れている。園間の貸し借りのことをブリーディング・ローンという。 静岡生まれの風太が千葉へ来たのはそのためだった。結婚相手としてやってきたチィチィ 当時、千葉市動物公園には推定20歳というメスのレッサーパンダがいた。極めて高齢だったので、繁殖能力があるかどうか分からなかったが、それでも静岡市立日本平動物園が風太を婿に出したのは、このメスが中国生まれだったからだ。もし子が生まれたら、遺伝的な多様性を残すことができる。 だが、高齢のメスは体が衰えて園内の動物病院に入院し、死んでしまった。婿に来たのに婿入りできず、独身のまま過ごしていた風太には、結婚相手として新たなメスが来園した。 長野市茶臼山動物園のチィチィだ。風太より半月ほど前に生まれた同い年。千葉には風太に遅れること約1年で移って来た。 結婚相手はどのようにして選ばれているのか。日本では静岡市立日本平動物園が核になって、全個体の血統登録をしており、ソフトで各個体に受け継がれた遺伝特性を分析し、偏らないようにペアリング相手を選んでいる。当時はまだこの分析ソフトは導入されていなかったが、風太とチィチィはそれぞれ先祖をたどり、分析したうえでお見合いさせた。「ただ、オスとメスには相性があります」と濱田さんが指摘する。こうした相性はソフトでは分からない。しかも、ぱっと見ても仲が良さそうには見えないのだそうだ。「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。 2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。子が10頭、孫が31頭…… 2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。 この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。 風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。 風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。衰えが目立ち始めた風太 そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。 その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。 跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。 風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
千葉市動物公園(千葉市若葉区)のオス「風太」だ。新聞やテレビで取り上げられてブームとなり、缶コーヒーのテレビCMにまで起用された。同園には、ひと目見ようと大勢の人が押しかけた。
あれから約15年がたつ。
18歳という“高齢”になり、「飼育下のレッサーパンダの平均寿命は約12年」(日本動物園水族館協会)という中にあっては、かなり長生きの方だ。
加齢による衰えは否めず、さすがに立ち姿を披露することはなくなった。右目は白内障でほぼ失明状態とみられ、今年は園内の動物病院に入院するほどの病気もした。それでも、かくしゃくとして過ごしており、「頑張って生きている姿に胸を打たれます」(60代の女性)などと生きざまに励まされる来園者もいる。 若き日はアイドル。老境にあっては「高齢社会の星」。老いたりといえども、やっぱり風太はスターなのだ。“風太くんブーム”への戸惑い 風太は2003年7月5日、静岡市の同市立日本平(にほんだいら)動物園で生まれた。千葉市動物公園へ移ったのは、約9カ月後の04年3月末だ。レッサーパンダに繁殖能力が備わって、大人の仲間入りをするのは生後約18カ月といい、当時の風太は人間で言えば中学生ぐらいの年頃だった。 翌05年度から2年間、飼育係としてレッサーパンダを担当した千葉茂さん(53)は「とても、やんちゃでした。活発に動き回って、ジャンプ力もすごかったですね」と振り返る。 担当になって間もない同年5月、新聞が「立てるんです」という見出しで風太を取り上げた。「レッサーパンダが立つのは珍しいことではありません。私達にとっては通常の光景でした」と千葉さんは話す。だが、この報道がきっかけとなり、多くのメディアが取り上げた。「なぜ、このような騒ぎになるのか」。千葉さんらの戸惑いをよそに、ブームはどんどん過熱した。2005年当時の風太。立ち姿が大人気だった 時事通信社「屋外の放飼場の周囲には幾重もの人だかりができ、飼育係が外から風太の様子を観察しようにも、見ることさえかないませんでした。来園者が歓声を上げるのを聞いて、『ああ、風太が立ったんだな』と知るような状態でした」と、千葉さんは苦笑する。「人の多さに疲れてしまわないか」。そう心配した千葉さんは、正午からの1時間を風太の“昼休み”にした。屋内の寝室に入れて、そっとしておいたのだ。午後1時になると、また放飼場に出した。「夜、寝室に入れてからも、あまり関わらないようにして、そーっと見守っていました」と語る。なぜ風太は立ち上がっていた? それにしても、なぜ風太は人の心を捉えたのだろう。「確かにきれいな立ち姿でした。胸を張るようにしていましたから」と、千葉さんは話す。 千葉さんの後任で、07年から12年間担当した濱田昌平(はまだ・まさひら)さん(59)は、風太の性格やその頃の放飼場の構造に秘密があったと考えている。「最初に担当になった時、風太は落ち着きのないやつだなと思いました。とにかく動き回る。好奇心が旺盛で、いろんなものを見たがりました。放飼場の外には大勢の人がいます。何だろうとあっちで立ち上がって外を見る。こっちに来てまた立ち上がる。 当時の放飼場は、今のように高所に小屋を設けていなかったので、外を見ようとすれば、立つしかありませんでした。頻繁に立って、しかもその時間が長いから、来園者は喜んで押しかけます。人に動じない風太はさらに興味を持ち、立ち姿で外を見ようとしました。そうした相乗効果で人気が出ていったのかもしれません」 風太ブームのおかげで、千葉市動物公園の入園者数は05年度、9年ぶりに80万人を超えた。06年には約88万人を記録した。レッサーパンダは絶滅危惧種 一躍スターになった風太だが、立ち姿以外にも画期的なレッサーパンダだった。 千葉市動物公園に初めて赤ちゃんをもたらしたのである。 1985年に開園した同園では、当初からレッサーパンダを飼ってきた。しかし、なかなか繁殖には結びつかなかった。 レッサーパンダはヒマラヤに近いインド、中国、ネパール、ブータン、ミャンマーの高地で暮らす。生息地や外見の特徴からシセンレッサーパンダとネパールレッサーパンダに分けられ、日本の動物園で飼育されているのは主にシセンレッサーパンダだ。日本動物園水族館協会によると、国内のシセンレッサーパンダの飼育頭数は2021年7月31日時点で264頭。世界では17年末時点で349頭といい、日本が最大の飼育国になっている。 野生では2500~1万頭しかいないとされる絶滅危惧種だ。こうした動物は自然界での保護の一方、動物園が「種の保存の場」と位置づけられており、近親交配にならないよう各園が個体を貸し借りして繁殖に力を入れている。園間の貸し借りのことをブリーディング・ローンという。 静岡生まれの風太が千葉へ来たのはそのためだった。結婚相手としてやってきたチィチィ 当時、千葉市動物公園には推定20歳というメスのレッサーパンダがいた。極めて高齢だったので、繁殖能力があるかどうか分からなかったが、それでも静岡市立日本平動物園が風太を婿に出したのは、このメスが中国生まれだったからだ。もし子が生まれたら、遺伝的な多様性を残すことができる。 だが、高齢のメスは体が衰えて園内の動物病院に入院し、死んでしまった。婿に来たのに婿入りできず、独身のまま過ごしていた風太には、結婚相手として新たなメスが来園した。 長野市茶臼山動物園のチィチィだ。風太より半月ほど前に生まれた同い年。千葉には風太に遅れること約1年で移って来た。 結婚相手はどのようにして選ばれているのか。日本では静岡市立日本平動物園が核になって、全個体の血統登録をしており、ソフトで各個体に受け継がれた遺伝特性を分析し、偏らないようにペアリング相手を選んでいる。当時はまだこの分析ソフトは導入されていなかったが、風太とチィチィはそれぞれ先祖をたどり、分析したうえでお見合いさせた。「ただ、オスとメスには相性があります」と濱田さんが指摘する。こうした相性はソフトでは分からない。しかも、ぱっと見ても仲が良さそうには見えないのだそうだ。「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。 2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。子が10頭、孫が31頭…… 2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。 この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。 風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。 風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。衰えが目立ち始めた風太 そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。 その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。 跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。 風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
加齢による衰えは否めず、さすがに立ち姿を披露することはなくなった。右目は白内障でほぼ失明状態とみられ、今年は園内の動物病院に入院するほどの病気もした。それでも、かくしゃくとして過ごしており、「頑張って生きている姿に胸を打たれます」(60代の女性)などと生きざまに励まされる来園者もいる。
若き日はアイドル。老境にあっては「高齢社会の星」。老いたりといえども、やっぱり風太はスターなのだ。
風太は2003年7月5日、静岡市の同市立日本平(にほんだいら)動物園で生まれた。千葉市動物公園へ移ったのは、約9カ月後の04年3月末だ。レッサーパンダに繁殖能力が備わって、大人の仲間入りをするのは生後約18カ月といい、当時の風太は人間で言えば中学生ぐらいの年頃だった。
翌05年度から2年間、飼育係としてレッサーパンダを担当した千葉茂さん(53)は「とても、やんちゃでした。活発に動き回って、ジャンプ力もすごかったですね」と振り返る。
担当になって間もない同年5月、新聞が「立てるんです」という見出しで風太を取り上げた。
「レッサーパンダが立つのは珍しいことではありません。私達にとっては通常の光景でした」と千葉さんは話す。だが、この報道がきっかけとなり、多くのメディアが取り上げた。「なぜ、このような騒ぎになるのか」。千葉さんらの戸惑いをよそに、ブームはどんどん過熱した。
2005年当時の風太。立ち姿が大人気だった 時事通信社
「屋外の放飼場の周囲には幾重もの人だかりができ、飼育係が外から風太の様子を観察しようにも、見ることさえかないませんでした。来園者が歓声を上げるのを聞いて、『ああ、風太が立ったんだな』と知るような状態でした」と、千葉さんは苦笑する。
「人の多さに疲れてしまわないか」。そう心配した千葉さんは、正午からの1時間を風太の“昼休み”にした。屋内の寝室に入れて、そっとしておいたのだ。午後1時になると、また放飼場に出した。「夜、寝室に入れてからも、あまり関わらないようにして、そーっと見守っていました」と語る。
それにしても、なぜ風太は人の心を捉えたのだろう。
「確かにきれいな立ち姿でした。胸を張るようにしていましたから」と、千葉さんは話す。
千葉さんの後任で、07年から12年間担当した濱田昌平(はまだ・まさひら)さん(59)は、風太の性格やその頃の放飼場の構造に秘密があったと考えている。
「最初に担当になった時、風太は落ち着きのないやつだなと思いました。とにかく動き回る。好奇心が旺盛で、いろんなものを見たがりました。放飼場の外には大勢の人がいます。何だろうとあっちで立ち上がって外を見る。こっちに来てまた立ち上がる。
当時の放飼場は、今のように高所に小屋を設けていなかったので、外を見ようとすれば、立つしかありませんでした。頻繁に立って、しかもその時間が長いから、来園者は喜んで押しかけます。人に動じない風太はさらに興味を持ち、立ち姿で外を見ようとしました。そうした相乗効果で人気が出ていったのかもしれません」
風太ブームのおかげで、千葉市動物公園の入園者数は05年度、9年ぶりに80万人を超えた。06年には約88万人を記録した。レッサーパンダは絶滅危惧種 一躍スターになった風太だが、立ち姿以外にも画期的なレッサーパンダだった。 千葉市動物公園に初めて赤ちゃんをもたらしたのである。 1985年に開園した同園では、当初からレッサーパンダを飼ってきた。しかし、なかなか繁殖には結びつかなかった。 レッサーパンダはヒマラヤに近いインド、中国、ネパール、ブータン、ミャンマーの高地で暮らす。生息地や外見の特徴からシセンレッサーパンダとネパールレッサーパンダに分けられ、日本の動物園で飼育されているのは主にシセンレッサーパンダだ。日本動物園水族館協会によると、国内のシセンレッサーパンダの飼育頭数は2021年7月31日時点で264頭。世界では17年末時点で349頭といい、日本が最大の飼育国になっている。 野生では2500~1万頭しかいないとされる絶滅危惧種だ。こうした動物は自然界での保護の一方、動物園が「種の保存の場」と位置づけられており、近親交配にならないよう各園が個体を貸し借りして繁殖に力を入れている。園間の貸し借りのことをブリーディング・ローンという。 静岡生まれの風太が千葉へ来たのはそのためだった。結婚相手としてやってきたチィチィ 当時、千葉市動物公園には推定20歳というメスのレッサーパンダがいた。極めて高齢だったので、繁殖能力があるかどうか分からなかったが、それでも静岡市立日本平動物園が風太を婿に出したのは、このメスが中国生まれだったからだ。もし子が生まれたら、遺伝的な多様性を残すことができる。 だが、高齢のメスは体が衰えて園内の動物病院に入院し、死んでしまった。婿に来たのに婿入りできず、独身のまま過ごしていた風太には、結婚相手として新たなメスが来園した。 長野市茶臼山動物園のチィチィだ。風太より半月ほど前に生まれた同い年。千葉には風太に遅れること約1年で移って来た。 結婚相手はどのようにして選ばれているのか。日本では静岡市立日本平動物園が核になって、全個体の血統登録をしており、ソフトで各個体に受け継がれた遺伝特性を分析し、偏らないようにペアリング相手を選んでいる。当時はまだこの分析ソフトは導入されていなかったが、風太とチィチィはそれぞれ先祖をたどり、分析したうえでお見合いさせた。「ただ、オスとメスには相性があります」と濱田さんが指摘する。こうした相性はソフトでは分からない。しかも、ぱっと見ても仲が良さそうには見えないのだそうだ。「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。 2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。子が10頭、孫が31頭…… 2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。 この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。 風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。 風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。衰えが目立ち始めた風太 そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。 その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。 跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。 風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
風太ブームのおかげで、千葉市動物公園の入園者数は05年度、9年ぶりに80万人を超えた。06年には約88万人を記録した。
一躍スターになった風太だが、立ち姿以外にも画期的なレッサーパンダだった。
千葉市動物公園に初めて赤ちゃんをもたらしたのである。
1985年に開園した同園では、当初からレッサーパンダを飼ってきた。しかし、なかなか繁殖には結びつかなかった。
レッサーパンダはヒマラヤに近いインド、中国、ネパール、ブータン、ミャンマーの高地で暮らす。生息地や外見の特徴からシセンレッサーパンダとネパールレッサーパンダに分けられ、日本の動物園で飼育されているのは主にシセンレッサーパンダだ。日本動物園水族館協会によると、国内のシセンレッサーパンダの飼育頭数は2021年7月31日時点で264頭。世界では17年末時点で349頭といい、日本が最大の飼育国になっている。
野生では2500~1万頭しかいないとされる絶滅危惧種だ。こうした動物は自然界での保護の一方、動物園が「種の保存の場」と位置づけられており、近親交配にならないよう各園が個体を貸し借りして繁殖に力を入れている。園間の貸し借りのことをブリーディング・ローンという。 静岡生まれの風太が千葉へ来たのはそのためだった。結婚相手としてやってきたチィチィ 当時、千葉市動物公園には推定20歳というメスのレッサーパンダがいた。極めて高齢だったので、繁殖能力があるかどうか分からなかったが、それでも静岡市立日本平動物園が風太を婿に出したのは、このメスが中国生まれだったからだ。もし子が生まれたら、遺伝的な多様性を残すことができる。 だが、高齢のメスは体が衰えて園内の動物病院に入院し、死んでしまった。婿に来たのに婿入りできず、独身のまま過ごしていた風太には、結婚相手として新たなメスが来園した。 長野市茶臼山動物園のチィチィだ。風太より半月ほど前に生まれた同い年。千葉には風太に遅れること約1年で移って来た。 結婚相手はどのようにして選ばれているのか。日本では静岡市立日本平動物園が核になって、全個体の血統登録をしており、ソフトで各個体に受け継がれた遺伝特性を分析し、偏らないようにペアリング相手を選んでいる。当時はまだこの分析ソフトは導入されていなかったが、風太とチィチィはそれぞれ先祖をたどり、分析したうえでお見合いさせた。「ただ、オスとメスには相性があります」と濱田さんが指摘する。こうした相性はソフトでは分からない。しかも、ぱっと見ても仲が良さそうには見えないのだそうだ。「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。 2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。子が10頭、孫が31頭…… 2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。 この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。 風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。 風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。衰えが目立ち始めた風太 そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。 その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。 跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。 風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
野生では2500~1万頭しかいないとされる絶滅危惧種だ。こうした動物は自然界での保護の一方、動物園が「種の保存の場」と位置づけられており、近親交配にならないよう各園が個体を貸し借りして繁殖に力を入れている。園間の貸し借りのことをブリーディング・ローンという。
静岡生まれの風太が千葉へ来たのはそのためだった。
当時、千葉市動物公園には推定20歳というメスのレッサーパンダがいた。極めて高齢だったので、繁殖能力があるかどうか分からなかったが、それでも静岡市立日本平動物園が風太を婿に出したのは、このメスが中国生まれだったからだ。もし子が生まれたら、遺伝的な多様性を残すことができる。
だが、高齢のメスは体が衰えて園内の動物病院に入院し、死んでしまった。婿に来たのに婿入りできず、独身のまま過ごしていた風太には、結婚相手として新たなメスが来園した。
長野市茶臼山動物園のチィチィだ。風太より半月ほど前に生まれた同い年。千葉には風太に遅れること約1年で移って来た。
結婚相手はどのようにして選ばれているのか。日本では静岡市立日本平動物園が核になって、全個体の血統登録をしており、ソフトで各個体に受け継がれた遺伝特性を分析し、偏らないようにペアリング相手を選んでいる。当時はまだこの分析ソフトは導入されていなかったが、風太とチィチィはそれぞれ先祖をたどり、分析したうえでお見合いさせた。「ただ、オスとメスには相性があります」と濱田さんが指摘する。こうした相性はソフトでは分からない。しかも、ぱっと見ても仲が良さそうには見えないのだそうだ。「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。 2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。子が10頭、孫が31頭…… 2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。 この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。 風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。 風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。衰えが目立ち始めた風太 そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。 その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。 跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。 風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
結婚相手はどのようにして選ばれているのか。日本では静岡市立日本平動物園が核になって、全個体の血統登録をしており、ソフトで各個体に受け継がれた遺伝特性を分析し、偏らないようにペアリング相手を選んでいる。当時はまだこの分析ソフトは導入されていなかったが、風太とチィチィはそれぞれ先祖をたどり、分析したうえでお見合いさせた。
「ただ、オスとメスには相性があります」と濱田さんが指摘する。こうした相性はソフトでは分からない。しかも、ぱっと見ても仲が良さそうには見えないのだそうだ。
「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。
2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。
2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。
この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。
風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。
風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。衰えが目立ち始めた風太 そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。 その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。 跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。 風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。
そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。
「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。
その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。
跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。
風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。 右目が白内障になった。「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。 2020年12月にはエサが食べられなくなった。 園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。展示再開後は走ると転ぶような状態だった 動物はエサが食べられないと命に関わる。 今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。 ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。
右目が白内障になった。
「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。
2020年12月にはエサが食べられなくなった。
園内の獣医が診察すると、歯ぐきの奥の方にうみがたまっていた。なかなか治らないので同園の動物病院に入院し、切開してうみを出す外科手術を行った。縫合した糸を抜くまで時間がかかっているうちに、今度は皮膚病になった。また入院治療が必要になった。
動物はエサが食べられないと命に関わる。
今春担当になった水上恭男さん(55)は「一時はかなり残していました。口が痛いし、体力も弱っていたのでしょう。7kgあった体重は6kgに落ちてしまいました」と話す。そのまま食べられなければ衰弱しかねない。水上さんは心配した。ところが、退院させてレッサーパンダ舎に連れて戻ると、エサを完食するようになった。
「これはイケルぞ。風太には生命力がある」。水上さんは確信した。
ただし、体力の衰えが著しく、よたよたとしか歩けなかった。
「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。 今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」 今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。 国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。 レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
「あまり動こうとしませんでした。無理にでも動かないと寝たきりになってしまうことがあります。そこで風太がゆっくり歩いている時には、私が後ろを付いて歩きました。風太が応えて歩いてくれるような気がしたからです。少し良くなると、私が小走りしました。すると風太も一緒に走ります。そうして少しずつ体力を取り戻していきました。それでも展示再開から1~2カ月は走ると転ぶような状態でした」と、水上さんは話す。
今は普通に走れるようになったものの、動きは一段と緩慢になった。サッサと歩いていたのが、ペタペタとしか歩けなくなったのだ。放飼場の高所にある小屋にも上らなくなった。
今、風太は放飼場のお気に入りのコースを行ったり来たりして散歩するのが日課だ。疲れると丸まって寝る。自由に出入りできる寝室で眠ることもあり、「昼寝は他のレッサーパンダより1~2時間長いでしょうか。やっぱりお歳ですから」と水上さんは言う。
国内で飼育されているレッサーパンダの最高齢は多摩動物公園のファンファン(メス)、22歳だ。「近年は20歳ぐらいまで生きる個体もいる」(日本動物園水族館協会)とはいうものの、18歳の風太は長老に近い。2021年12月20日時点で高齢な方から10番目だ。
「もちろん国内最年長を目指して、風太と一緒に頑張っていきたいと思います」と水上さんは語る。それにはいくつかのポイントがある。
レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。 これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。食べ物の好き嫌いも風太だけ激しい さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。 これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。 12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。 レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
レッサーパンダはヒマラヤに近い標高1500~4000mの高冷地が生息域であることから、毛がふさふさしていて寒さに強い。しかし、暑さには弱く、近年の日本の猛暑には気をつけてやらなければならない。
これ以外にも風太特有の気配りが必要になる。
「風太はレッサーパンダの中でも少し変わっている」。千葉さん、濱田さん、水上さんの歴代飼育員は声をそろえる。例えば、本来は強いはずの寒さに弱い。「寒いと丸まって寝ていることもあります」と水上さんは話す。このため他の個体と違って、寒さにも気をつける必要がある。
さらに、長生きの最大のポイントは何と言っても食事だろう。
これについても、風太は他の個体とやや違う。好き嫌いが激しいのだ。
12年間担当し、風太の隅々まで知っている濱田さんは「リンゴが大好きで、他の個体は食べられないような酸っぱいのでも食べてしまいます。一方、他の個体が喜ぶブドウは品種によって好き嫌いがあり、デラウエアや巨峰は食べますが、マスカットは苦手です。ミカンもあまり好きじゃありません。柿は風太だけ食べませんでした」と話す。
レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。誇り高く、自分なりの生き方を貫く ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。 高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。 レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。 ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
レッサーパンダは竹を主食としているほかは、何でも食べる雑食動物だ。濱田さんらは、そうした野生の食性をできるだけ維持させようと、いろんな食べ物を与えてきた。東日本大震災の発生時にリンゴを入手しにくかった時期があり、災害時にも生き延びられるよう、日頃から馴らしておきたいという考えもあった。しかし、風太の好き嫌いの多さには神経を使ったようだ。「最後は完食してくれましたけどね」と濱田さんは苦笑いする。
ただ、こうして我が道を行くのも、風太流の長生きの秘訣なのかもしれない。
高齢化してからの風太は、なんと主食の竹をあまり食べなくなった。このため、水上さんは笹をミキサーにかけ、細かく裁断してエサに振りかけている。
レッサーパンダには歯周病がつきものだ。「竹を食べるので、笹の粉が歯の間に詰まるなどするのです」と水上さんは説明する。
ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。 風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。 かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
ならば、口内のチェックも長生きには必要なのだろうが、「プライドの高い風太は、他のレッサーパンダと違ってなかなか飼育員に触らせてくれません。見えない右目の方から手を伸ばしても、左目で見えた途端にフーッと怒ります。口の中の状態は確認できないのが現状です」と水上さんは話す。
風太は獣医の処置で、既に5本の歯を抜いており、他にも自然に抜けてしまった歯があるという。残る歯をどう維持していくかが課題なのだろうが、なかなか触らせてくれなければ、人が手を出しにくい。
「むしろ、私達に体を触らせるようになった時の方が危ないかもしれません」と水上さんは見ている。いよいよ弱った時だからだ。
かくしゃくとして、誇り高く、自分なりの生き方を貫く風太。それは強い生命力の裏返しなのかもしれない。どうか長生きをして、日本のレッサーパンダ界の最長老になり、またメディアの注目を浴びてほしい。
撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
撮影=葉上太郎(葉上 太郎)
(葉上 太郎)